第15話
「は? で、橘花が拾った残骸って別ゲームのアイテムだったのか?」
「そうみたいだ。データもコードも違うし、どうしてPAOでバグらず再現できたのか、GMも頭を抱えてるだろうな」
ギルド【ミブロ】本部。
畳の部屋で正座しながら茶を啜るしらす御飯に、メールで報告を入れておいた件について、マノタカは胡坐をかき、煙管をくわえつつ詳しく話を聞いていた。
リアルでの仕事が立て込み、ログインできるまで丸三日。
事件翌日から休みに入る予定だったしらす御飯に丸投げしたせいで、後半はメールだけで間に合わず、ついにギルド長直々に出てくるようお達しが来てしまったのだ。
「で、検査が終わった後なのに、違反者の落とし物を拾った橘花はどうなった?」
「再検査が終わるまでギルド活動できず、アカウントは一時停止らしい」
「……あの馬鹿がっ」
マノタカは煙管の吸い口をガリッと噛みしめる。
今回の件はレアケース。だが、治安維持を担うギルドとして、基本的な教訓が活かされていない苛立ちもある。
“拾い食いするな”――
これは物理的な食事ではない。
自分のアバターにウイルスを取り込むな、という意味だ。
汚染アイテムをイベントリに入れれば感染する。
マノタカがそう表現したのは、そういうことだ。
最近はハッカーの侵入も減り、油断が緩んでいるのかもしれない。
「初心忘れるべからず、ってやつだなぁ」
真摯に治安維持に取り組む彼らには、先日GMから勧誘があった。
GM傘下の治安維持ギルド設立に加わらないかという話だ。
以前からGMは、特定のギルドだけが治安維持を担い、ポイントなど優遇を受けることに対し、内外からの反発を気にしていた。
そもそも【ミブロ】は治安維持ギルドではない。
鬼人族の侍ジョブ縛りプレイを目的に結成された攻略ギルドだ。
上下関係は厳しくないが、ネットマナーは最低限守るルールを掲げている。
「義に厚く、武士道をいつも心に!」
これを旗印に、メンバー同士や周囲の人を攻略以外の面でも助けることから活動は始まった。
古都『ミヤコ』ではアバター同士の喧嘩仲裁なども行い、結果的に非営利の治安維持団体のような存在になっている。
PAOが正式リリースされてから五年。
再稼働後に迷った新規プレイヤーの案内役を買って出たり、迷惑行為をする者を注意・対立したりして経験を積み重ねてきた。
今回のGMからの正式な勧誘は青天の霹靂だったが、彼らにとっては小遣い稼ぎ感覚の話でもある。
ただし、捕縛責任は絶対であることが重くのしかかる。
「どうすっかなあ。ギルドポイント以外に金銭が絡む話だから、全員の意向を聞かなきゃならねえけど……これ、絶対揉めるわ」
「GMが正式に治安維持ギルドを作るなら、それでいいんじゃないか? オレたちは気楽な攻略ギルドとして続ければいい。みんなも楽しみながら治安維持に協力してるしな。第一、局長のアンタが乗り気じゃないんだ、無理に引き受けなくていい」
「やっぱりそうか。わかってくれる? さすが副長。オレの嫁だけはある~!」
「何年相方やってると思ってんだ。てか……浮気がバレて、女房の機嫌を取る亭主みたいになってるぞアンタ」
迷い続けていたマノタカは吹っ切れたのか嬉しそうに、コミュニケーション用のアクションポーズからしらす御飯に向けて土下座。
赤い薔薇の花束を差し出し、ハートを飛ばし、投げキッスまでしている。
対してしらす御飯は呆れ顔。
しかし「はいはい」と手であしらう仕草は、相方ならではのやり取りだ。
ピコン。――GMから連絡が届く。
『橘花さんの再検査が終了しました。結果はオールグリーン。問題ありませんが、後日アバターやシステムに不具合があればご連絡ください』
『今回の騒動の今後の対策をご説明しますので、ギルド【ミブロ】のギルド長、または副ギルド長はセンターまでお越しください』
ちょうどいいタイミングだ。
「だそうだ、局長ギルド長」
「はぁ、とりあえず橘花のアバターを迎えに行くか。こっちの確認が済めばログインしてくるだろ」
「で、マノタカが戻るまで石でも抱かせて正座させとく?」
「……俺、お前の時々の発言怖いわー。てか石抱かせるとか鬼かよ」
「鬼だよ」
鬼人族だし、オレ。にこやかに言うしらす御飯。
アバターとはいえ石を抱かせて正座とは穏やかじゃない。冷静そうに見えて、今回仕事が増えた分、ちょっと怒っているのだ。
――しばらく畳の部屋は立ち入り禁止だな。
マノタカは心の中で橘花に「南無」と合掌した。




