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第14話

大捕り物から数時間が過ぎ、【ミブロ】のギルド団員たちはなおも後片付けに追われていた。


街のあちこちに封鎖の看板を立て、異常がないか細かく見回る。

何をしているのかと尋ねられれば、すぐに答える。

「安全確保のための仕事だ」


だが、後に判明したのは――あの違反コード使用者が走り抜けた場所すべてにバグを残していったという現実だった。

その悪質な痕跡が原因で、一般プレイヤーが巻き込まれないように通行止めを増やさざるを得なくなっていた。


こんな酷い被害は初めてのことだ。

【ミブロ】が結成されて以来、いやPAOが始まってからも初めての異常事態だった。


その日、GM本部から専門の処理担当者が派遣され、関係するアカウントごとのデータ削除が最も簡単な解決策だと告げられた。

しかし、冗談とはいえアカウント丸ごと削除の話に、【ミブロ】の面々は戦々恐々とした。

余計な仕事を増やすなという暗黙の圧力を感じながらも、現実的な対処に徹するしかなかった。


違反者と接触したプレイヤーは幸い少数に抑えられたため、作業はぎりぎりで絞られ、処理は比較的スムーズに終わった。


捕まったトラストラムは、完全な検査が済むまでアカウント使用禁止となり、PAOへの復帰は叶わない。

同様に、彼を直接受け止めた九番隊の多聞も検査対象に含まれていた。

一方、追跡に加わった橘花や茶豆は、武器や捕縛用の縄に触れたものの、捕縛システムの保護により簡単な検査で済んだ。


処理がひと段落し、GM担当者が引き上げた夜。

街は静かに時間を刻み、【ミブロ】のメンバーたちの活躍の余韻も薄れつつあった。


そんな時間帯、活動の邪魔にならない街角に、一人のアバターが佇んでいた。


「ああ……憂鬱だ」


コンソールウィンドウに映る今回の総ギルドポイント――三百ポイントの大幅減点。

その数字を前にして、橘花は深く息を吐いた。


本来なら、ここまでの減点はありえなかった。

だがGM担当者は指摘した。


――「なぜあそこで捕らえられなかったのか」


今回逃した相手は、リアルの世界でも裁判沙汰になるかもしれないほどの重罪人。

早期に敵の正体が判明していながらも、ギルドメンバーへの迅速な情報共有を怠ったことは橘花の大きな落ち度だった。


そのため、今回のGM本部からのポイント減点は例年にない厳しいものとなった。


もちろん、【ミブロ】はGMとの契約も給金もなく、完全にボランティアで活動している。

ポイント減点はリアルな損害にはならないが、ゲーム内での評価に響き、ギルド全体の士気を下げてしまう。


失敗がチーム全体に迷惑をかけることは、身内の間で微妙な軋轢を生みかねない。

そしてなにより――今回の結果は、トラストラムと多聞に対しての申し訳なさが橘花の胸に重くのしかかった。

それに、もう一つ気になることがあった。


「何を落ち込んでいる、橘花」


背後から静かな声。振り返ると、夜担当――ギルド長不在時に権限を預かる副長、しらす御飯がそこに立っていた。


本来は来る予定ではなかったが、事態の収拾にギルドのまとめ役が必要とされ、局長ギルド長から呼び出しがかかったのだ。

GMから処理担当者まで派遣されている中、誰かが指揮を執らねばならず、無理をして駆けつけてくれた。


副長以外に権限を一時譲渡できる者がいないのは、マノタカの管理不足でもあった。

GMからの依頼に関わるギルドは、ギルド長だけでなく権限譲渡者も厳重に審査されるため、その手続きは意外に面倒なのだ。


「過ぎたことはさておき」


しらす御飯のアバターは橘花とほぼ同じ姿。

ただ一つ違うのは、艶やかな黒髪を一本に結い、腰まで垂らした若武者のような風貌だ。

さらに副長である証として、黒地に袖口が白の段々模様に染め抜かれた羽織を身にまとっている。

先ほどまで指示を出していたはずの仕事モードから一転、今は少しだけ肩の力が抜けている。


「今回はレアケースだ。次は適切に対処できるよう、ギルドの教育に組み込め。教育指導の筆頭はお前だ。要点はまとめておけ……と言いたいところだが、今は仕事どころじゃないだろう。ログアウトして、家で休むのを勧めたいが」


彼女は少し笑みを含んで付け加えた。

「今は仕事抜きの話にしよう。副長と呼ばなくていい」


「はぁ……ではお言葉に甘えて、しらす御飯さん」


二人はギルドの羽織を装備から外す。

するとGMに送られる業務ログも停止され、プライベートな会話が可能になる。

もちろん見つかればログは確認されるが、個人的な相談を隠すには十分だ。


「で、何を悩んでいる?」


「いや、悩みというわけではないんです。ちょっと昔の記憶なので断言できないんですが……追跡中に違反者が落としたモノがありまして」


「なんだ?」


「ポリゴンの塊みたいになってたんですけど、よく思い返すとあれ、メテリオブラストじゃなかったかと」


「……あのフレンドリーファイアも辞さなかったバランスブレイカーの武器か?」


メテリオブラスト。

五年前の事件の後、PAOのアップデートに伴って姿を消した伝説的な武器だ。


PAOには銃や狙撃手の職業があるが、メテリオブラストは軍事部門が作ったかのようなリボルバーカノンを模した威力特化の武器。

ファンタジー主体のPAO世界では異質であり、使用者間でバランス崩壊の原因となった。


最大の問題は、あの武器が放つ“フレンドリーファイア”、すなわち味方攻撃。

発射時に後方広範囲へ燃焼ガスを噴射し、味方を巻き込んで吹き飛ばす。

しかも残弾無制限、武器使用者は無傷で連射可能。


「昔の情報をそのまま使った可能性はあるな。しかし現PAOでは全面的な使用禁止、プロテクトが施されてる。持ち込みも不可。ハッカーがエリア改変でもしない限り」


「それを知らずに使った奴がいるのかもしれませんね。トラの職業は狙撃手なので、手頃な使い手として連れて行こうとしたとか」


「トラが拉致られたことで悪い方に考えてるようだが、今はトラにメテリオブラストのデータがあっても使えない。それくらいわかるだろう。それに、仲間でもない奴に渡すわけがない。反撃されて全滅の可能性もあるしな」


「私にはちょっと違和感があったんです。四、五番隊が捕縛した連中はハブ行為の注意から起きた騒動だったけど、こっちの違反者はトラ狙いというか、的確に動いてた感じがして」


「まぁ、トラは可愛い美少女アイドルだしな。ストーカーがいても不思議じゃない。実際、過去にトラに抱きついて連行された時、『ちちしりふとももー!』と叫んでた奴もいた」


「あれはみんなでボコった。主に精神的に。そして今回みたいな事がないよう、トラ自身に自衛手段を教えなきゃ……」


それでいいのか、治安維持ギルドの面々よ、とツッコミたくなるが、橘花ならば「手を出す方が悪い」と一蹴するだろう。

本人はドジっ子なトラを弄りつつも、実は無自覚のブラコンなのだ。

周囲の生温かい視線に気づいていないのもご愛嬌だ。


ピコン。――GMから連絡が届いた。


『今回の騒動でバグ保持者に接触したお二方の検査が終了しました。結果はオールグリーン。問題なし。もし不具合があればご連絡ください』


『追伸。最近、一般PCが捕縛時の騒動に巻き込まれる事例が多発しています。今後も注意を怠らず治安維持に努めてください』


「さて、GMからだ。多門達のアバターを迎えに行かねば」


「橘花、何か言い忘れていないか。今のうちだぞ」


「えーっと……すみません、ポリゴン化してバグってない違反者の残骸拾いました」


「それを早く言えぇぇぇっ!」


ピッシャアアン!

鬼の副長の雷が落ちた瞬間だった。

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