第131話
「まだ生きていたか。運がいい」
鼻で笑う男の声に、ロイヤードが歯を食いしばり剣を構える。
「囲いを作れ! 茶々さんを中心に!」
ウェンツの声が響くとイサミが右、リュートが左、エレンが後方から射線を確保。
地面に降ろされた茶々は懐刀を構え、ウェンツが盾を持ちロイヤードと前線を固めた。
「狙いは鬼人族の女だ! 生け捕りにしろ!」
刺客の声が飛ぶ。
声を大にし宣誓するように言ったのが引っかかったが、大勢の敵に囲まれた状況に現状打破の方を優先する茶々。
「ウェンツくん、ロイヤードくん、先鋒お願いねっ!」
「わかりました! ……ロイ、突破口を見つけたら、そこから一気に全員逃げるよ」
「任せろって! ……つっても、相手がゴキブリみたいなしつこい奴らだけどなっ」
双方が激突し、灰の中で血飛沫が風に舞う。
エレンとソータが後方の敵を矢と魔法で仕留めていくが、命を奪う一撃ではない。
ロイヤードとウェンツも無意識にだが手加減をしていた。
彼らが人と対峙するのは、あの隠れ里の事件以来だ。心のどこかで、命を奪う行為に対する忌避があった。
刺客たちも先ほどの戦いでそれがわかったため、敵は怯むことなく、嘲るように茶々たちを追い詰めていく。
連携の取れた動きで包囲を狭め、後退を余儀なくされる。
「クソッ、こんな数どこから湧いてきやがる!」
ロイヤードが怒鳴り、大剣を振る。
敵の後方、魔導士らしき者たちが詠唱を終え、空中に無数の火炎の球が形成される。
初めに気付いたソータが全体を守るための詠唱を始めるが、間に合わない。
放たれる前に魔導師をどうにかするしかないと、ロイヤードが跳躍するために腰を落とした。
「茶々さん! ここは俺が――!」
「動くな、ロイッ!」
ロイヤードを制止すると、ウェンツは剣を地面に突き立てた。周囲に淡い光輪が浮かび上がる。
地面に描かれた紋章が金色に輝き、空気が震えた。
「我、聖域を願う者なり。我が剣は祈り、我が血は楯となろう。
誓いの名のもとに、闇を拒む光よ――《ガーディアン・オース》!!」
聖騎士のスキルを発動させると、光が爆ぜた。
白金の翼のような残光が展開し、仲間全員を包み込む。
次の瞬間、敵の火球が降り注ぐ――が、光壁に触れた瞬間、弾けて消えた。
ウェンツのスキルは敵の攻撃を一斉に跳ね返したが、それでも押されている事に変わりはない。
「くっ……持たない、数が多すぎるっ!」
エレンが次々に矢を放つが、当たったとしても致命傷にならない。
意図的に急所を避けて命中させる。弓矢の腕がいい証明でもあるが、今はそれが邪魔になった。
頃合いとなったのか、刺客たちの中からそれを束ねる隊長の男が、灰煙を割って姿を現す。
その瞳は氷のように冷たく、背後の部下たちとは明らかに異質な存在感を放っていた。
「お前……! あの爆発の時の!」
ウェンツの声が怒りに震える。
「“素材実験体”の調整は成功だ。次は――その鬼人族の女を連れて帰る予定だったが……予想外の“素材”が混じっていたようだ」
隊長の視線が茶々へと向かい、そこからゆっくりと、ソータに目をやった。
その言葉と視線に、ロイヤードの血の気が引く。
「素材……だと……?」
「ああ。人間族にしては魔力適応率が高い。面白い素材だ」
「ふざけんなッ!」
ロイヤードが怒声を上げ、踏み込んだ。
大剣の軌跡が光を引き、男の胸を狙う。
しかし――。
「残念だ」
その刃は、無形の障壁に阻まれた。
鈍い衝撃。ロイヤードの腕が痺れ、それ以上、刃を押し込んでもびくともしない。
やれやれと男が指を鳴らすと、周囲の刺客たちの身体が光った。
「《リバース・リンク》、起動」
瞬間、刺客たちが異様な動きを見せた。筋肉が膨れ、目の色が赤く染まる。
PAOでも演出として見たことがある、己のHPを燃料に身体能力と魔力を極限まで強化する技の発動時に見られる特徴だ。
しかし、それとは本能的に何かが違うと感じた。
「チッ……あの数で身体強化なんて厄介だ!」
エレンの矢が何本も刺さるが、倒れない。
イサミとリュートが斬りつけるが、鉄のような硬さで刀が弾かれる。
円陣だけは崩さず、ウェンツたちは奮闘。
茶々の隣でソータが、押される仲間を手助けするための魔法陣を展開した。
「《プロテクション・フィールド》!」
光が仲間を包む。淡い魔力の膜が広がる。
男の視線が、そこへ吸い寄せられた。
「見事だ。……やはりお前は、“それ”を使えるのか」
男の高揚した声に、ロイヤードは嫌な予感が、背骨を這い上がった。
「ソータ、下がれ!」
「兄さん、ぼくなら大丈夫――」
その瞬間、灰が舞いあげられ、視界が奪われる。
「本命は……そちらだ」
隊長である男の声とともに、刺客たちが一斉に突撃する。
ウェンツたちは茶々の防衛に集中しており、背後にわずかな死角ができていた。
「――ソータ!」
後方から茶々の悲鳴。
刺客たちを押し留めていたロイヤードがたちが視線を向けると、先ほどまで目の前にいたはずの男が転移のアイテムを手に持ったまま、ソータの肩を掴んでいた。
「やめろォォォッ!!」
ロイヤードが咆哮し、大剣を振り抜く。
その刃が隊長の男の肩を掠めたが、もう遅かった。
光が爆ぜ、風が吹き荒れ、灰が舞い上がる。
――そして、男とソータの姿が消えた。
「ソータぁぁぁぁッ!!!」
ロイヤードの叫びが、森に木霊した。
すぐに追いかけようとするが、他の刺客たちが数で押し寄せてくる。
仲間達が押し返しているが、この場に押し留められて動けない。
ぶつり、とロイヤードの中で何かが切れた。
「邪魔を、すんじゃねぇぇぇっ!!!」
怒りと共に薙ぎ払った一撃。
今までセーブしていた力を、そのまま解き放った。
目の前にいた敵の半数が、薙ぎ払われて豆腐を崩すように人の形を失って散らばった。
ゲームの演出が遠く及ばない、血の海が出来上がる。
突然の事に、仲間であるウェンツたちも呆然とするしかなかった。
あまりの力の差に、かろうじて生き残った刺客たちは散るように退却していく。
ロイヤードはそれを追いかけることができず、体の力が抜け、膝が地面に落ちる。
灰が舞い、血と涙が混じる。
ウェンツが駆け寄るが、ロイヤードは彼の手を振り払った。
「俺のせいだ……」
声が震えていた。
「俺が、あいつを……こんな世界に巻き込んだ。あの日、適当にゲートを潜ってなきゃ……!」
握りしめた拳が、灰に沈む。
「俺が解呪や回復魔法を使わせたせいで……目をつけられたんだ……“いい素材だ”なんて……!」
歯を食いしばり、涙が落ちる。
「俺のせいで……ソータが……!」
ウェンツはそっとロイヤードの肩に手を置いた。
「違う。お前のせいじゃない」
「じゃあ、誰のせいだ!? 俺が、俺がっ……!」
ロイヤードの拳が地面を打つたび、灰が舞い上がる。
茶々が静かに歩み寄り、膝をついた。
「ロイヤードくん……泣かないで」
その声は震えていたが、確かな強さを帯びていた。
「泣くのは、あの子を取り戻してからにしましょう」
イサミが唇を噛み締め、エレンが弓を拾い上げる。
「奴の転移、わずかだけれど痕跡が残ってる。追跡できるかもしれない」
リュートが刀を鞘に納めながら言う。
ウェンツが静かに立ち上がった。
「行こう。……全員でソータを助けるんだ」
ロイヤードは拳を握り、涙を拭ってしっかりと頷く。
「……絶対助けるからな、ソータ」
その声は震えていたが、確かな決意を帯びていた。




