第130話
爆発の衝撃波と音が山腹を駆け、足元の地面が震える。
石や枝が飛び散り、空気を切る音が耳を突き抜ける。
木々は根元から折れ、炎に包まれて崩れ落ちる。黒煙が渦巻き、昼間の空は灰色のもやに覆われた。
遅れて山の中腹まで届いた烈風に乗って焦げた匂いが鼻腔を突き、呼吸するたびに咳が出るほどだ。
火花が空中で弾け、森の奥から小動物の悲鳴や枝が折れる音が重なり、耳鳴りのような轟音となる。
誰もが声を出せなかった。
茶々を抱くウェンツは、腕の中で身を硬くする茶々の体温を感じながら、足元の小石に気をつけつつ少し下にいる仲間の元へ駆け下りる。
「みんな、無事?」
茶々がウェンツの腕から下ろしてもらいながら、全員に声をかけた。
「……ぶ、無事、です」
「なんとか……、登ったけどっ、ウェンツあ……、あんた。後続も気にしな、さい、よっ!」
リュートとイサミが息を切らしながら側に来る。
抱き上げられていた茶々は大丈夫だったが、追いかけてきたリュートとイサミは突然のトレイルランニング状態に放り込まれ、必死についてきたのだ。
その後ろからはロイヤード、ソータ、エレンがついて来ており、ちょっと息切れはあるが三人は、リュートとイサミほど消耗してはいなかった。
「本来、人間族ってこんなに走れないし、スタミナだってないはずなのに。茶々を抱っこしたまま中腹まで駆け上がるってどういう事……? それに何よ、魔法職のあんたまで、なんで体力お化けなわけ?」
疑問をそのまま口にして息を整えつつ、魔法職のソータもまさかの軽い息切れのみの状態に愚痴るイサミ。
獣人族であるイサミとリュートは人間族より基本的な能力、特にスタミナは上のはずなのだが、初心者のブーストパックで中級者までキャラクターを育ててある四人は、この世界の人間族より規格外になっていた。
今更、「あ……」と四人が気づく。
その「あ」の理由に茶々は察しがついたが、この世界基準で生きているリュートとイサミに理解させるのは、今ではないと理由を別なものに切り替えた。
「それだけ橘花さんの訓練が的確で効率的だったから、若くしてこんな実力なのかしらね」
そのフォローで察した四人は、口々に「そうそう、それです」「橘花さん、スパルタだったからな」「ついてくの大変」「推しに習うと強くなるんですよ!」と合わせた。
全部、橘花のせいという便利な言い訳に使われている本人は、王都で拘束中だが。
本人が聞いていたら、「理不尽だ!」と叫んだだろう。
「それにしても、人間族にこんな技術があるなんて……」
切り替えて現状をみた茶々が、深刻な顔をする。
「あの、茶々さん。PAOの魔法や科学技術って、こちらの世界では飛躍的に進歩しているんですか?」
「まさか。五年前の鉄の侵略者戦でさえ異種族の私たちが中心の戦力だったのよ? こんな技術あったら敵を倒すためと言って堂々と利用してたはずだわ」
こっそりウェンツが聞くが、茶々は首を横に振った。
「なぁ、旧ミヤコで摩天楼が鉄の侵略者の残骸から作ったものなんだったら、他にも改良できる技術でも持ち帰って作ったんじゃないか?」
ロイヤードの何気ない一言に、茶々とイサミ、リュートが呆気に取られて口を開ける。
「そうね、その方が自然な考えね。化学反応なんて説明してもわからないような魔法の世界なのに、そこが理解できて、実行できるだけの資金がある者だったらできてしまうわ」
鉄の侵略者と呼ばれる理由は二つ。
鉄を集めるために襲撃を加えていた集団だったこと、これは被害にあった市民も知っている事実だ。
もう一つの理由。それは、体が全て鉄、それかそれに似た金属でできていたからだ。
残骸は腐ることはなく、それを片付けられる技術すらないこの世界には、鉄の侵略者の残骸は荷が重すぎる不法投棄物だった。
そこに目をつけたつけた者がいてもおかしくは無い。
純金属などは鉄の侵略者の残骸から取ってくれば事足りる。
こちらの世界にも鉄を作る技術はあるが、精密機械や半導体のようなレベルのものは無理と決めつけていた茶々。
もし、あの残骸からそうした技術を見つけて使える状態になっていたとしたら。
「生物を爆弾に変えるような魔法薬と化学をどうやって結びつけられるかなんて、考えるだけで頭が痛いわ」
頭を抱えてしまった茶々に、「とりあえず安全を確保したのちに山を下りましょう」とウェンツが苦笑する。
茶々は始め自力で下山を試みたが、やはり途中で足の古傷が限界を迎えて立ち止まってしまう。
そこを襲われでもしたら元も子もないとリュートとイサミが説得し、来た時と同じようにウェンツが茶々を抱え、他の仲間たちは周囲を警戒しつつ、山を下り始めた。
煙の中、視界は揺らぎ、茂みの向こうに何が潜んでいるか分からない。刺客の気配は消えているが、安全とは言い難い。
倒れた木や転がる石が道を塞ぎ、避けながら進むたびに不意に炎の光が反射して一瞬目を奪われる。
「なんだよこれ……なんでこんなことに……」
先を歩いていたロイヤードは言葉を失い、目の前で崩れた森と火の海を見つめるだけだった。
「昔、テレビでちらっと聞いたことがあるだけだけど……。人体って、体内の成分だけで爆弾みたいなものを作れるって……SFみたいな話をしてた」
ウェンツは口ごもりつつも、言葉を紡ぐ。その視線はまだ炎の揺らめく森に釘付けだ。
「じゃあ、あれって……あいつらが薬みたいなもので、獣人たちを爆弾に変えたってことか?」
「現実にできたとしたら……、とても強力な爆弾だよね」
ロイヤードの声は震え、言葉が喉の奥で詰まった。
ウェンツの口調は淡々としている。だが、その淡々さが、恐ろしい事実を受け入れようとする自制心の裏返しだった。
二人の間に沈黙が落ちる。焦げた匂いと煙の向こうで、膨れ上がった森の残骸が静かに揺れる。
現実の凄惨さが、ただ言葉だけでは理解しきれない恐怖を植え付けていた。
爆心地と言える被害が激しい場所まで来た。
ロイヤードたちがマーカーをつけておいた、簡易ゲート出現ポイントの森の中……だった場所だ。
爆風で周囲の木々は薙ぎ倒されて開けた場所となっている上、地面が抉れて亀裂も入り、どこからか流れてきた水が流れ込んでいる。
その場で最初に状況を察したのはエレンだった。
「なぁ……簡易ゲートの出現ポイント、さっっきので吹き飛んだんじゃないか?」
その一言に、ウェンツ、ロイヤード、ソータの三人は顔面が青ざめた。
マーカーをつけた位置は、大きな亀裂が入り、下手に近づくと崩れる可能性も考えられる状態になっている。
「せっかく見つけた、出現ポイントなのに……」
「橘花さんになんて言えばいいんだよ、これ……」
ウェンツの声はかすれ、口元が震えた。ロイヤードも声を落とし、視線を森の方へ落とす。
「簡易ゲートの出現ポイントって……?」
ゲーム『PAO』の知識を持つ茶々は、橘花やウェンツたちがこちらにどうやって到達したのか、そしてその“ポイント”がどこにあるのかまでは知らない。事情が理解できず、茶々は思わず聞き返した。
しかし、四人はそれぞれ現実の惨状に加え、希望を奪われた重みで押し黙ったまま。彼らの沈黙と表情が、状況の深刻さを雄弁に物語っていた。
「ねぇ、ウェンツくん……」
とりあえず、地面に下ろしてもらおうと、茶々が声をかけようとした刹那。
ザッと土をふむ音と共に先ほどの刺客たちが姿を現し、ロイヤードたちを取り囲んだ。




