表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
沈黙の盾編
127/148

第119話

穏やかで賑やかな日々が、もう少し続くと思っていた。


だがある朝、ギルドの情報員が駆け込んできた。

「街の外から来た連中が、茶々さんたちを嗅ぎ回ってる」と。

冒険者ギルドの受付奥にある小部屋で、その報告を聞いたウェンツたちの表情が引き締まる。

今わかっていることを全て聞くと、すぐに茶々たちのいる部屋へ向かった。


「貴族筋の捜索らしい。どこの家の命令かは伏せられてるが、時期的にも疑ってくれと言っているのと同じだな」


「問われた住民が口を割らないのが救いだけれど、おそらく時間の問題でしょう。金をちらつかせたり、身の危険を感じれば黙っていることは難しいですね」


ロイヤードが低く言い、ウェンツが言葉を引き継ぎ、状況を説明する。

その場にいた茶々は、手を膝の上で組みながら静かに頷いた。

心臓の鼓動が、いつもより少し早い。


「……橘花さんの懸念が当たった、ってことか」


ロイヤードが呟く。

ウェンツは眉をひそめ、少し考えてから言った。


「しばらく、茶々さんたちは街に出ないでください。ギルド宿舎に移動します。あそこなら、さすがに貴族でも下手な真似はできません」


ギルド宿舎――治安を担うギルドが、泊まる許可を出している宿舎だ。

許可なく探りを入れれば、ギルドへの信用否定とみなされる。

それは貴族にとっても致命的な汚点となる。

つまり、そこだけは“安全圏”だった。


茶々は小さく息をつき、深く頭を下げようとする。


「面倒を……かけてしまって」


その言葉を最後まで言わせなかったのは、ウェンツだった。


「――やめてください」


静かに、けれど強く。


「僕たちが橘花さんに助けられたのって、めちゃくちゃ面倒な時だったんですよ」


茶々が目を瞬かせる。

ウェンツは、少し遠くを見るように語り出した。


「僕たち、何も知らない未成年で……誰にも頼れなくて、騙されて悪事の片棒を担がされた時があるんです。下手すれば、一生、後悔する出来事でした。

それなのに後始末を任された橘花さんは、“面倒くさい”とか一言も言わなかった。当然のように助けて、当然のようにご飯を食べさせてくれて、当然のように叱って……笑ってくれたんです」


イサミが横で静かに頷き、リュートは主人の話をよく聞こうと耳をピンと立てる。


「だから、これは恩返しなんです」


ウェンツが微笑む。


「橘花さんが守ろうとした人を、今度は僕たちが守る番。――だから、茶々さんは気楽にしててください」


その言葉に、茶々は息を飲んだ。

胸の奥に温かいものが広がり、涙が込み上げる。

けれど彼女は、それをぐっと堪えた。


「……ありがとう」


それだけ言って、茶々は静かに微笑んだ。


窓の外では、街の夕陽がゆっくりと沈んでいく。

遠くで鐘が鳴る音がした。

その音が、まるで次の嵐の前触れのように、耳の奥に残った。



夜の帳がアルミルの街を包むころ、ギルド宿舎の灯がひとつ、またひとつと消えていった。

外では、衛兵の松明が街道を照らしている。

雨の前のような湿った風が、窓の隙間から入り込んだ。


茶々は寝台の上で、細い布団を整えながら、じっと天井を見上げていた。

昼間のウェンツの言葉が、まだ耳の奥で響いている。


ーー気楽にしててください。


あの優しい声を思い出すと、少しだけ心が温かくなる。


けれど同時に、胸の奥がきゅっと痛んだ。

(本当は、私なんかのために危険を冒してほしくないのに……)

そんな思いを抱えて、そっと目を閉じる。


その時、窓の外で気配がした。

茶々の耳がぴくりと動く。

誰かが宿舎の外壁に沿って歩いている。

足音は、二つ、三つ。

歩調を合わせて、周囲を巡回しているようだ。


(ギルドの警戒が強化された……? それとも――)


不安が胸を掠めたその時、コンコンと控えめなノック音。


「茶々さん、起きてますか?」


リュートの声だった。

扉を開けると、寝巻き姿のリュートがランプを手に立っていた。

狼耳を伏せて、申し訳なさそうな顔をしている。


「どうしたの、リュート?」

「……外、なんか変なんです。僕、巡回に行こうかと思って」

「だめよ」


すぐに茶々が首を振った。


「外はギルドの人に任せて。あなたが出たら、余計に誤解を招きます」


リュートは唇を噛み、しゅんと肩を落とした。


「……ご主人様がいたら、絶対、怒られますね」


小さな声でそう呟くリュート。

その言葉に、茶々の表情がふっと緩んだ。


「そうね。『また勝手に動くな』って、叱られるわね」


実装された初期、勝手に動くことがあったサポートAI。

その度に、橘花は「また勝手に動くな!」と慌ててリュートを拾いに行っていたことがあった。

二人の間に、小さな笑いが漏れる。

その声に、隣の部屋からイサミが顔を出した。


「リュート、夜更かし? 番犬する気?」

「僕は狼です!」

「はいはい、番“狼”ね。いいから寝なさい、明日も見張り交代あるんだから」

「うぅ……」


イサミに耳をつままれ、しょんぼり部屋に戻るリュート。

それを見て、茶々は静かに笑った。


ふと、窓の外に目をやる。

夜風がカーテンを揺らし、遠くの灯りがきらりと瞬いた。

――王都にいる橘花も、今頃こんな風に夜を過ごしているのだろうか。


胸の奥に浮かんだその問いに、自分でも苦笑が漏れた。


「橘花さん、早く帰ってきてくださいね……」


その囁きは、夜風に紛れて、静かな街に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ