第12話
その時、バタバタと駆け寄る複数の足音が石畳を震わせた。
「局長ッ!」
「おう、遅ぇぞ。騒ぎが起きてから五分だぞ。今まで何してやがった!」
「だったらメッセージ送ってくださいよ~!」
「今日は副長がお休みだからって、ひとりで良いとこ取りはズルいッス!」
「って、あー! 終わってるじゃん! せっかく腕前見せられると思ったのにぃー!」
「あーあ、また局長の悪い癖が出た」
後方から駆けつけてきたのは、浅葱色の羽織に袖口のダンダラ模様を白く抜いた、鬼人族の面々。
好き勝手に言うのは、全員が気心の知れた仲間だからだろう。
その光景を見ていた、最後に残った土人族の男はサッと顔色を変えた。
「ギ、ギルド長……?」
「あん? この国エリアは初めてか、小僧」
相手が自分を上回る実力者だと悟ったのか、男は戦意を失い、ただ縦に首を振るだけだ。
「今さらだが自己紹介しとくか。俺は古都の治安を預かる【ミブロ】のギルド長、マノタカだ」
そう言って懐から捕縛キットを抜き取り、残心の姿勢のまま抜刀。
一閃のあと、光の縄が土人族の身体を絡め取る。
「捕縛ッ!」
宙に浮かび上がった白い太文字が、一瞬輝いてからフェードアウトする。
これは【ミブロ】が大捕物を行った際に観衆のアバター達から好意で送られる拍手エモートとセットで表示される“恒例の演出”だ。
同時に、この文字は国外や他エリアへの逃走が不可能になった証でもある。
ゲーム世界では、逃亡者が条件を満たして突発クエストに巻き込まれ、他国に転送されることなど日常茶飯事だ。
まして広場や城内のゲートを介されたら、捕縛の功績ポイントは他ギルドのものになる。だからこそ、この場で縛り上げる必要があった。
土人族は、戦意喪失どころか呆然自失。自らの無知が招いた結末を噛みしめるしかない。
「えーなに、もしかして自警団のことも知らずに暴れてたの、この子」
「あ、収容者が三人。局長が刀抜いたってことは抵抗したんスね?」
「うっわぁ、無謀。よく立ち向かおうって気になれたな~」
「驚き通り越して、その無知はチャレンジャーとして尊敬するわ。ま、結果は無謀だけどな」
駆けつけたのは総勢二十四人。そのうちマノタカに話しかけているのは四人で、背後にはそれぞれが指揮する五~六人編成の戦闘要員NPCが控える。
黒から白に近い肌色まで様々な鬼人族たちは、着流しや袴など時代劇のような和装姿。額からは黒い一本角か、肌色の二本角が突き出ている。
(ちなみに鬼人族女性アバターは、額から小さな黒い角が二本だけ生えている)
同じ種族で数が揃えば、外見はどうしても似通ってしまう。
だが、彼らを見分けるのは名前よりも――髪の色だ。
赤、青、金、そして桃色。これさえ押さえておけば一目瞭然だ。
「つーか、局長はギルドの奥でどっしり構えててくれりゃいいんスよ!」
肩までの金髪を揺らし、黒みがかった肌と三白眼をギラつかせる二番隊長・茶豆が吠える。
「古都のど真ん中でヤラれたら、治安維持を任されてるギルドとして致命的ッス!」
「茶豆の言い分もわかる」
赤髪ショートの三番隊長、みみみ★みーみみが腕を組む。青い瞳が真剣だ。
「局長がデスペナを食らうような無茶はしないと思うが……念のため気をつけてほしい」
「その前に~、ぼくらにもちゃんとメッセージ送ってくれないと~」
八番隊長の東雲が間延びした声を上げる。濃い灰色の肌に青い短髪、エメラルドグリーンの瞳がきらめいた。
「これじゃ仕事にならないよ~」
「あと局長はNPCのお供がいないんだから、一人で見回りはダメ」
九番隊長の多聞は、花魁めいた衣装の裾を翻しながら桃色の髪を団子に結い上げた頭を揺らす。
「私たちから借りればいいでしょう? 何のために育てたと思ってるの」
――念のため付け加えておくが、外見は男でも中身は全員女性だ。
ギルド長・マノタカも例外ではない。オッサンキャラになりきる演技派で、リアルでも女性から告白されたことがあるほどだ。
ちなみに「◯番隊長」というのは隊列を組むときの呼び名で、年功序列などではない。
「で、お前ら。俺に文句言ってる間に――一件来てるぞ?」
その一言に、四人は慌ててコンソールウィンドウを開いた。
「あ、これ橘花からッスね?」
「ふむ、西地区で乱闘騒ぎ有り、か」
「フィールドに逃走後~、四番隊が半数捕縛。五番隊が残党追跡中~」
「街へ一人逃走、広場に向かったから即捕まえて、だって」
届いたのは三分前。沈黙が落ちる。
「既読スルーかって、橘花に言われるッス!」
「だが、こっちも仕事中だとわかってるはず」
「そ、そうだよ……多分……おそらく……」
「でも、あの時も捕まえ損ねて怒られたじゃん……ゲート前で逃げられたやつ」
「副長副長にも怒られたッスね……」
「こ、怖かったよね~」
副長と橘花の怒り顔を想像し、全員が青ざめる――その時。
ピコン。
――橘花さんからメッセージが届きました。
『逃走犯にトラが拉致られた』
「はは、逃走犯にトラが――……あ゛?」
「トラたんを……拐かしだと……!? どのバカだ! 戦争上等かコラ!」
「トラちゃん拉致……って、ぁんだとォ!? 命いらねぇのかコイツ!」
「トラちゃん誘拐……ぶっ殺すぞこの野郎ッ!」
次の瞬間――正義の味方は、血の気の多い武闘派集団へと変貌した。
 




