第12話
ようやく事態が動きます。
翌日、橘花は再び冒険者ギルドへ向かっていた。
昨日の話を聞いて気になったこともあり、一度あの隠れ里へ戻ることにしたのだ。
そのため宿屋に二、三日空けることを告げ、街で色々買い込んだ。
土壌に合う種が必要だろうと市場で普通に並んでいる種が取れそうな野菜や果実をいくつかと、獣除けの柵もボロボロになっていたようなので試作させてもらえるならと材料を購入してきた。
出店で売っていた『ドロップ飴』も何個かお土産として買った。候補として人形やおもちゃの剣など、ピックアップしておいた中からの選定に悩んだのは内緒だ。
ちょっとお出かけ程度なので、服はいつもの朱色の羽織袴。
装備も普段通りならばゲームでもバッサバッサ敵を斬り伏せるのに使い勝手がいい『蛍丸』を使いたいところだが、大太刀は森を歩く時や戦闘でも確実に邪魔になるため、今回のチョイスは『姫鶴一文字』にした。
旅支度を整えてから通いなれた冒険者ギルドに入っていくと、早朝だというのに少しでも割のいい依頼を受けようと掲示板に集まる冒険者達の姿があった。
入り口近くにいた数人が橘花に気付いて振り返った。ほとんどの視線はすぐに掲示板へ向き直るが、その中にもジッと橘花を見てくる者も存在する。
(やっぱり、ぶしつけに見てくるヤツはまだいるなぁ)
二週間ほどで橘花の姿を見慣れた冒険者達は今更騒いだりしないが、何人かはいまだに視線だけ寄越してくる。
そのうち一悶着ありそうな気がするのは、小説や漫画の先入観のせいだろう。
そもそも何もされていないのだから文句を言って火種を作る必要はないだろうと、溜息をついて受け付け窓口へ行こうとした時だった。
「ちょっといいかい、鬼人族の――橘花さん」
声をかけてきたのは、何度か視線を寄越している冒険者のひとりの男だった。視線を寄越してくる以外ほぼ接点もないため、誰なのかは知らない。
赤い短髪と瞳の人間族で、見た目は二十五歳ほどだろうか。背丈は橘花よりちょっとだけ高い。
装備は片手剣に、ショルダーガード付きの胸当てとガントレット、グリーブだけの防御装備。
一見ただの軽装備に見えるが、それなりに良い物のようので、わかるのは上位ランク者なのだろうという程度。
「ここ最近ずっと見てたんだけど、今E級だろ? 薬草採取の依頼がほとんどで、その腰の得物が使えてないんじゃないかと思ってさ。俺達のパーティーに入らないか? そうすりゃ上級ランクの依頼も受けられるよ」
「結構だ。間に合っている」
男は自分のパーティーだという後ろにいる三人を目で示すが、橘花は即座に断りを入れた。
昨日のレッサーラビット駆除依頼を受ける前ならば、異世界のお約束来キター!と喜んでいただろうが、今忙しいから後にしてという冷めた視線を向ける。
橘花が断りを入れると、周囲がざわついた。
コソコソしていたわけではないが、気付けば全員が聞き耳を立てていたのかと思うほど視線が集まっていた。
「おい。あれ、鬼人族に勧誘かけてるの、B級のシルヴァンだろ?」
「このアルミルの街じゃ実質、冒険者ギルド一の実力者だろ。断るなんて何考えてるんだ」
(野次馬の誰だか知らないけど、ありがとう。街の名前、今知った)
昔に来たことがあるよう含みを持たせて適当なことをラウトに言ったため下手に聞けなかったが、これでようやく街の名前が分かったと安堵する。
街の名前もわかったし、さて、と目の前で勧誘してくる男――シルヴァンの扱いを橘花は決めかねていた。
B級だというのなら初心者同然のE級に声をかける意味がわからない。態度からしてからかっているわけでもなさそうだが。
「やめときな、シルヴァン。やっぱり鬼人族は、お高くとまった奴が多いんだ」
「そうそう。武士だなんていって、自尊心の塊なんだよ~」
「今現在のパーティーで十分戦力は補えていると思うぞ。第一、E級だろう。足手まといだ」
(パーティーを組まないかと言ってきた割には、仲間から反対が出ているんだけど。独断で声かけてきたのか、この男は)
魔法職と射手らしき女二人に重戦士装備の男一人の言葉を受けて、橘花が今一度シルヴァンに視線を移すと苦笑していた。
「お仲間は反対だそうだ。これで話は終わりでいいな?」
「ちょっと待ってくれ。鬼人族の戦闘力を見込んでなんだ。今度ディルティア遺跡に行く予定で、重戦士と前衛の俺だけじゃ不安だから勧誘したかったのは本当。橘花さんは特攻タイプじゃないかって当たりをつけて声をかけたんだ!」
シルヴァンの言葉に、冗談じゃない!と言いたかった。
ディルティア遺跡といえば、モンスターがわんさか棲みついている遺跡だ。主にリザードマンが多く、HPが無駄に高くて倒すのに苦労した経験がある。
アバターレベルの上限引き上げアップデート後は楽勝だったが、それでも今の橘花からすれば勘弁してほしい遺跡だ。
へー、この近くなんだ。あの遺跡。今現在の状況であそこ行ったら確実に死ぬ、と橘花は遠い目になりかけた。
命大事、暴力反対、というか平和主義で行こうと思ってます、D級止まり目指してるのでお構いなく!
仲間内から反対が出ているパーティーに入る気はないと、無視を決め込んで受け付けの窓口へ向か……えなかった。
シルヴァンに腕を掴まれていた。
「橘花さんが【ミブロ】出身だって聞いたんだ。それだけの実力があるなら、パーティーを組んでもらいたい」
ざわり。
周囲の空気がさっきとは違う。
【ミブロ】という言葉に反応したようで、異様な空気がギルド内に充満する。
(ちょっと待て)
場の空気よりも気がついたことに、橘花の警戒が一気に膨れあがる。
この街に来てから【ミブロ】出身だとは、一言もいっていない。
ラウトにだってはっきりと【ミブロ】出身だと言った覚えはない。ただ五年前に活躍した鬼人族、そういう認識のはずだ。
それに、この男ははっきり言ったのだ。【ミブロ】出身だって聞いたんだ、と。
「誰から?」
声を低くし、スキル『威圧』をちょっとだけ試してみる。
危惧していたことの決定的な言質が取れるかもしれない。
だがしかし、お遊び程度のつもりで弱めにかけたのだが、効果は抜群だ!と喜べないほど周囲の人間族に委縮、というより恐怖を感じさせてしまった。
駆け出しのF級の冒険者は一斉に気絶し、その上のランクらしい冒険者達もガクブル震えながらへたり込んでしまった。
橘花の目の前にいたシルヴァンは、顔を青くしながらも笑みを崩さずに汗が一筋こめかみから流れた程度。さすがB級の実力者と言える。
『威圧』を発動させた橘花本人といえば周囲の状況を見て、やっちまったー!と慌てた。
冒険者ギルドに所属しても実力全くないですよー、平和主義者ですーと装う予定だったのに、騒動の種をばら撒いてしまったことに、内心めちゃくちゃ焦っていた。
解除、解除!と大慌てで『威圧』スキルを収めたのは言うまでもない。
「……すまない。これでも加減したんだが、修行が足りないらしい」
周囲に大打撃を与えておいて言うことはそれだけかよ、と責めないでほしい。橘花も思った以上の被害にパニック状態なのだ。
今度は相手を限定してかけるようにしよう、そうしよう絶対そうするっ、と心に誓う。
しんと嫌な沈黙が支配していた空間に、突然バンッと乱暴に扉が開かれる音がした。
意識がある者達の視線を集める。ギルドの奥から出てきたのは、初日にも見たことがある相談役のガンジだ。
「誰だ、こんなところで『威圧』をレベルMAXで発動した奴は!」
ガンジの怒号のような声にその場にいる全員の緊張の糸が切れ、凍り付いた空気が溶けだしたようだった。
へたり込んでいる冒険者達をよけて出てくれば、すぐに発信源は特定できただろう。
ガンジは、中央に立っている二人をギロリと睨む。
「鬼人族の、橘花といったな。何が気に食わなかったのか知らないが、子供じゃねぇんだ。場所をわきまえろ」
「悪かった」
「おい、シルヴァン。お前もナンパなら別な奴にしろ。女と見間違ったのかもしれねぇが、そいつは男だ」
「ち、違うってガンジ! 俺は勧誘……」
「いいから手ェ離せや。それともギルドにもめ事ととして処理されたいのか」
そういえば腕を掴まれたままだったと橘花もようやく思い出す。
一方、腕を掴んでいるシルヴァンといえば、折角捕まえた魚を逃がせと言われている子供みたいな表情だ。あんな目に遭ってよく手を離さないでいたとも思う。
もたもたしている時間が長い分ガンジの眉間の皺が寄っていくのがわかり、それを見たシルヴァンはグッと我慢するような表情になって。
「……諦めないから」
ボソリと橘花だけに聞こえる声で言われた。
いや、諦めてください。てか、諦めろよ。懲りろ。
そう言う前に腕を放され、シルヴァンは仲間のところへ戻って行った。勧誘に関してはお断りしたいが、追いかけたら勘違いされそうだからやめておこう。
事は済んだとガンジは手を叩いて周囲の冒険者達に「依頼を受けたらとっとと行ってこい!」と喝を入れてくれたおかげで、その後のギルド業務に支障は出なかった。
ちなみに気絶したF級冒険者達もガンジの一喝が響くと、全員がちょうど目を覚ました。もしかして、条件反射だろうか。
窓口に行くとマリアやオルオにまでに委縮されつつ「橘花さんて【ミブロ】だったんですね」と言われて、「まぁ、所属はしてる」と肯定しておいた。嘘じゃない。
昨日言っていた依頼を受けた者達の話を詳しく聞きたいとマリアとオルオに尋ねると、二人はすんなりと話してくれた。『威圧』スキルを体感したせいで、疲れ切っているように見えたが。
事の始まりはこうだ。
モリフンの娘が夕方になっても森から帰らないという報告から、街にいる兵を総動員して捜索がされ、夜の帳が下りた頃に街から一番近い森の中の川辺で泣いているところを発見された。
あまりにも泥だらけだったため、どうしたのか問うと『万能草』を森の中で見つけ持ち帰ろうと街へ向かっていた時、賊が次々に襲ってきて命かながら逃げてきたと話したらしい。
自分の娘が襲われたというので大騒ぎしたモリフンがちょうど暇を持て余していたA級ランクに依頼を出し、襲われたという少女も涙を流してどれだけ恐ろしい思いをしたか語って討伐依頼を新人に頼んでいたという。
マリア曰く名演技。
あのウソ泣きで新人も騙されてましたわ、と鼻で笑った。女の涙は、女に効かないってやつだ。
今の会話からA級がいると知って「B級のシルヴァンがギルド一の実力者だったんじゃないのか?」と問うとオルオから「実力者ですよ」という回答をもらった。
……まぁ、そういうことなのだろう。世の中、実力が全てじゃないこともある。
ここで話が終わると思いきや、マリアの愚痴が続いた。
「それにしても横暴な態度だったんですのよ、その中のひとりの新人が特に。ほかの新人はまだマナーの範囲でしたけれど、いくらいい装備を持っているからと、周囲の人を人とも思わない発言はいかがかと思いましたわ」
「あれはなかったですよね。でも、だからあのA級の人に目をつけられたんだと思いますけど」
マリアの愚痴は新人にありがちな自信過剰な行動と思えたが、一方のA級ランクに対してのオルオの言い方に引っ掛かりを覚えた。
「オルオさん、その目をつけられたっていうのは、お灸をすえてやる的な行動のことか?」
「いいえ、その……本来ギルド役員である我々が口にしていいことではないのですが、橘花さんも彼が帰ってきたら気を付けてください」
「言い方が引っかかるな。その人、A級なのに問題児なのか?」
「当たりです、橘花さん!」
オルオが答える前にマリアが答えを出した。
「もう、何であんな人物がA級にいられるのかわかりませんわ。横柄な態度に依頼違反、新人潰しは日常茶飯事で、婦女暴行未遂まで起こしてるんですのよ。あれが貴族なのかと思うと……ハァ」
「聞いてるとすごい問題児だな。除名処分にならないのは、その人が貴族出身なのか」
「あの狸の親戚ですわ。もう、誰も手が付けられなくて……あ、橘花さんも気を付けてください! 綺麗な男性にも手を出すって噂が」
「あー……そういうのは斬ってしまってもいいか。私のところでは侍に対して無礼な態度を取ると、斬捨て御免といって斬り殺されても仕方ないという考えがあるんだが」
『え?』
マリアとオルオが異口同音で目を丸くした。二人揃って同じ反応というのは、なかなかないので面白い。
次第に顔面蒼白になって、ガクブルし始めたのはマリアだが。
「あ、あのワタクシの今までの行動は、そのええと……ご、ごめんなさいっ斬り捨てないで下さいぃ!」
「自分の行動を自覚してたのか、マリアさん。大丈夫、侍は誇りある武士。よほどのことがない限り、女子供に刃を向けたりはしない」
「でも、橘花さん本当に気を付けてください。新人を連れていって装備を奪ったりすることもあったそうです。朝連れて出てった新人の装備を、我が物顔で装備していたのを僕も見ていますから」
「くすん。礼にもらったって言っていましたけど、あとで聞いたらその新人は依頼中に大怪我したとかで冒険者ギルドを辞めていったんですわ」
(うわー、キナ臭い。関わりたくない)
二人の会話を聞いているとファンタジーでよくある話だ。
正直関わりたくないし、近づきたくもない。
だが、橘花も人だ。関わった人達がいる森に、そんな人物が新人を連れて入ったというのだから心配する。
それも討伐という名の下だ。
連れていかれた新人の心配はしていないが、下手をすると難癖つけて隠れ里を襲撃しかねない人物に思える。
そこまで馬鹿じゃないと思いたいが、今までの問題行動を考えると「俺、貴族だけど何か文句ある?」と笑顔で相手を踏みつけていそうだ。
「あー、それじゃ私も森へ行ってくるよ」
「今は奥に行かない方がいいですよ。もし本当に賊がいたら……」
「そうですわ。あのA級と鉢合わせでもすれば、橘花さんの装備や容姿を見て襲いかかってきてもおかしくはないと思いますわ」
「いや、どちらにしても心配なんだ。あの森に知り合いが住んでいるから」
とりあえず、森の中で鉢合わせしたした時のための言い訳として、橘花は薬草採取の依頼を受けておくことにした。
何もなかったらそれでいい。というか、何もないことを祈っている。
「あ、あの橘花さん。もしよろしければこれをお持ちください。映像として記録を取る道具ですの」
オルオが手続きしてくれている間いないと思ったら、マリアはこっそり何かを持って出てきた。彼女が奥から出してきたのは、橘花も知っているPAOでも使われていた手の平サイズの記録装置。
第三者の目線から撮れるビデオカメラで、セットすれば周囲を飛び回らせて好きな角度から撮影できる。
ゲームの時はボス戦などでの自分の縛りプレイをこれで自撮りしてネットに流す者も多数いたし、年末年始のお祭り騒ぎを共有するために生でネット配信したりと活躍したものだ。
「もしもの時です。橘花さんが困ったことにならないように持って行って下さいませ」
こんなものまであったのかと橘花は感心していたが、マリアが真剣な表情で差し出してきているのに気付いた。
(これってもしかして貴重な物で持ち出し禁止だったり、ギルド役員としてしちゃいけない行動なんじゃないか?)
オルオの方をチラリと盗み見ると、周囲を気にしてハラハラしているのがわかった。
その様子から橘花が何を危惧しているか、この二人は薄々感づいている。
そして何かあった場合、橘花が【ミブロ】であることを肯定したこともあって、その後の行動も予想がついているのだろう。
何とかしたくてもできないから、できる限りのことはしようと行動した結果がこれなのだ。
こうした協力的なところは、保身に走る奴より好感が持てる。
「ありがたく借りていく。サンキュー、マリアさん」
マリアから記憶装置を受け取ると、橘花は足早にギルドを後にした。
その足で街の南門へ向かう。
思っていたより時間を食ってしまったらしく、太陽が遠くに見える山の稜線より上に昇っていた。
街の外へ出る時は、必ず門兵に出入りの記録を取ってもらわなければいけない。
門のところで見知った相手を見つける。
「ラウト、おはよう。薬草採取で遠出するから記録取ってくれ」
「おはようございます、橘花さん。今日は薬草採取ですか? この前みたくレッサーラビットを山ほど取ってきてくれると思っていたんですが」
「肉が食いたいだけだろ」
「ええ、食糧供給って商人以外は冒険者の獲ってきてくれるモンスターの肉だけですから」
「じゃ、今回帰ってきたら前みたく焼肉パーティーしようか」
「本当ですか!」
「……現金だな、青年」
「早く帰ってきてくださいね!」
「わかったから、そう真剣な表情で手を握らないでくれ」
焼肉パーティーと聞いてラウトの目が子供のように輝く。
両手をぎゅーっと握りしめられて真剣に見つめられていると、他の通行人のいい見世物だ。門兵に両手握られて引き留められているなんて、何かしたのかと思われてもおかしくない。
一度、ストックしているレッサーラビットの肉で焼肉パーティーをしたら、こんな風にラウトに懐かれた。
ラウトを見ていると、育ち盛りだった時の弟・月を思い出す。
焼肉食いに行くぞと誘ったら橘花より背丈も体の面積もでかくなったくせに、子供の頃と変わらず喜々として後ろをついてきていた。
焼肉の約束をしたからかウキウキした様子のままだが、ようやく用紙に記入を始めてくれたラウト。
「ところで、どこまで行ってくるんですか?」
「ちょっと森の奥。走って片道二時間くらいのところ」
「え。二週間前くらいに賊が出たって聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だろう。私も同じ時期に森の奥から来たからな」
「無事に帰ってきてくださいね。焼肉パーティーしたいですし」
「心配は焼き肉の方か」
「ちゃんと橘花さんの心配もしてます! ミーシャも橘花さんが持ち込んでくれるモンスターの品を待ってるんですよ。毎回状態がいいって喜んでくれているじゃないですか」
「ラウトはミーシャちゃんを喜ばせたいんだもんな?」
「ち、違いますっ! 幼馴染として、頑張ってる彼女の応援をっ」
「はいはい、私も応援してるからガンバ♪」
頬を染めるラウトの肩をポンとひとつ叩き、森へ向かう。
「違いますからねっ!」と後ろから聞こえたが、橘花は「若いねぇ」とからかうだけだ。
「さて、ここから走ると着くのは見積もって二時間弱、昼前くらいか。本当、何もなければいいんだけどな」
† † † † † †
鬱蒼と茂る森の中。
空は雲ひとつなく晴れ渡り青空が広がっているが、木々の葉の色が濃く多いために光もあまり差し込まず、足元も暗いため木の根っこに躓きやすくなる。
そろそろ昼時になるというのに、まだ薄暗い森の中を五人の男達が歩いていた。
その中の四人は、元々パーティーを組んでいた。
漆黒という名が似合う全身黒甲冑と白銀のように輝く聖騎士の甲冑の男性、この二人が前衛。
魔法を使う専門職が好んで身に着けるマジックローブを着た少年と、折り畳み式の巨大ボウガンを持つ射手の青年、二人が後衛だ。
彼らは初めてギルドに登録してE級ランクを目指していた。
薬草探しも飽きてきて次はどうしようかと迷っていた時に、四人の先頭を行く厳つい真紅の甲冑に身を包んだ大男――A級ランクを名乗るベルゼ・ナトリューに声をかけられた。
何でも森に賊が出て、住処の捜索も兼ねて討伐をしにいくのだという。
それについてこないかと誘われた。
実力がなかったわけではないが、まだF級ランクを脱していない四人を誘うというのはおかしいと考えた。
だが、「やろうぜ! 受けるよそれ!」と安易に返事をしてしまった黒甲冑の男に、全員が溜息をついた。
依頼を受け付けで受諾されてしまってからのキャンセルは、違約金が発生する。
通常の依頼だったらやめてもよかったが、受けた依頼は特殊でギルドからのものだった。
ギルドからというのは緊急性や必要性があるものがほとんどのため、違約金の支払い額が跳ね上がる。
現在の四人の所持金は、合わせてもその違約金を払えるほどはない。つまり、やらざるを得ない状況。
被害者にも泣いて頼まれてしまって断れなかった。
勝手に返事をした黒甲冑の男は、「大丈夫、達成すれば問題ねぇって!」と自信満々だった。
しかしながら、二週間も探し回って見つからないのは、場所が間違っているのではないかと四人は思っていた。
不満も溜まってきていた。
夜の見張り役は組んだパーティー全員で、交代して負担を減らすのが常識だ。
なのに、A級というだけでその交代から外すように威圧し、依頼を受けられたのも自分が声をかけたお陰だと威張り、食べ物などの用意をすべて命じてくる。
貴族出身とは聞いていたが、それでも冒険者としてのマナーがなっていない。
次第に安請け合いをした黒甲冑の男も苛立ち、軽く衝突することも増えてきた。
心配なのは、それだけではない。
時折、みんなが寝静まった時にベルゼが近くまで来ていることが多々あるのに四人は気づく。
寝る位置が異様に近い時や、用足しに森へ入って独りになる時など。
「なんかおかしいよな、もしかして俺らの装備狙いか?」
「といっても、こっちは四人だよ。いくらA級だって言っても、相手にするには実力差がないと無理だと思う」
「そうそう。あの程度でA級ならオレ達もすぐにランクアップできるって。レッサーウルフに上位種混ざってた群れと遭遇した時、後方で回避してただけだぜアイツ」
「まぁ、実力を見せたから手を出してこないにしても、PKされるのは嫌だな」
四人がそれぞれ話し合っていると、先頭を歩いていたベルゼが声を上げた。
「こんなところに村だぁ?」
開けた場所に石造りの家々が見える。
黒甲冑の男が「いよいよか?」と息巻いているが、肩を掴んで静止したのは聖騎士の甲冑の男。
「見たところ、普通の村みたいですよ」
穏便に済ませたいので、前にいるベルゼに敬語で声をかける。
情報では賊はみすぼらしい恰好で剣を持っているというが、辿り着いた場所は長閑な村。
村の入り口に見張り役の青年がいるのが見えるが、持っている剣を遠目に見てもしばらく手入れをしていない鈍らだ。あれでは獣を追い払うくらいが関の山。
村の様子も大人達は畑を耕し、手伝いが終わったらしい子供達が遊んでいる。
誰がどう見ても普通の村だ。
「いいんだよ、ここで当たりだ」
ベルゼの言葉に全員がギョッとした。
いつの間にか大剣を握っていて、舌なめずりをしつつ戦闘態勢をとっている。
「お前らは初心者だから知らないだろうが、賊っていうのはな普段は大人しい振りして過ごしてるんだよ。襲う獲物がいた時に牙をむく。それにな、この周辺に村を作った報告はないし、この一帯はマーキアドの領地。そこに無断で住み着いて税も払わないのは無法者ということだ。わかるか?」
何に驚いているかわかっていないだろうが、ベルゼは四人の様子に満足しつつ、剣を肩に担いで村の入り口に向かっていく。
止めていいのかわからず全員が立ち尽くしていると、ひとり……黒甲冑の男が静かに剣を抜いた。
「まぁ、脱税ってことだろ。ならいいんじゃねぇーの? それが法なんだろ?」
「でもさ、超過した分を上乗せして徴収すればいい話じゃない? だいたい、今回の依頼は賊の討伐だよ?」
「あれがそうだってベルゼが言ってるだろ。オレ、もっとちゃんと盗賊です、みたいな洞穴とかにアジト作ってるとこに襲撃するのかと思ってた」
「ぼくも。……なんか気後れしちゃうな」
幼い子供が笑い声をあげて追いかけっこをしている長閑な村にしか見えない場所に、誰が襲撃すると思うだろうか。
「……ね、ねぇ、やっぱりベルゼさん止めよう。話し合いとかで済ませられないかな?」
「そうだよ。いくらなんでもこんな胸糞悪いクエストをやるなんて」
「一度、確認のために冒険者ギルドに問い合わせに戻った方が……」
「あー、それ無理っぽいわ」
黒甲冑の男の言葉で「え?」と顔をあげる三人。
気付いていない様子にバツが悪そうな顔をして、黒甲冑の男は村の入り口を顎をしゃくって示した。
何かを指し示す行為に三人は視線を辿らせ、瞠目する。
――ベルゼが見張りに立っていた村の青年を、笑いながら斬り殺していた。
現在意図的にフラグ3本ほど立ててありますが、全部気付いた方はいらっしゃいますかね。
(;'∀')気づかれるか気づかれないかドキドキ。(たぶん気付かれてる←)
読者様を楽しませる要素織り込んで書くって難しい。