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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
王都の呼び声編
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第110話

王都にある冒険者ギルド本部は、いつも以上に慌ただしい雰囲気だった。

事は、貴族の飛行船が向かった先で到着予定地の摩天楼が崩壊しており、即座に引き返して調査依頼が入ったことが発端になる。


貴族からの緊急案件ということで、半日で調査団が編成され出発した。

目指した旧ミヤコの街道沿いでは、四日目の朝日が薄く差し込む頃、王都から派遣された調査団が困惑の表情を浮かべていた。普段なら整備の行き届いた街道も、今や荒れ放題。倒木や土砂崩れが道をふさぎ、モンスターの襲撃は増える一方で、人間族側の調査団は眉を顰め、険しい顔で進むしかなかった。


その途中、調査団の前に異様な光景が現れる。馬車の残骸。豪華な装飾や家紋から、すぐにホーク家のものであるとわかった。だが、馬車は完全に壊され、周囲には人間族の死体が散乱していた。その姿は、あまりにも無惨だった。腕や足は残るものの、ほぼ胴体は無く、唯一残った足の革靴に、ホーク家の家紋が光っていた。


「……これは……」調査団の一人が声を震わせる。

「エルネスト・ホーク……死亡と見て間違いないな」別の隊員が重々しく頷く。


報告は直ちに王都へ送られた。


そこから旧ミヤコにあるギルド支部へ事情聴取が行われ、浮上したのは鬼人族の男。

この騒ぎの発端と推定し、調べたところ冒険者ギルドに一件だけ照会が合致する者がいた。

一年以内、旧ミヤコからもほど近い位置の辺境のアルミルで色々と事件を解決している中心人物でもあることから、当たりをつけ招聘という強制的な命令に至ったわけだ。


ギルド本部内。石造りの会議室の中央には大きな魔導投影機が据えられ、各支部から送られてきた報告映像が映し出せるそれが起動させられた。


「旧ミヤコの件、アルミル支部から提出された資料を確認する」

議長格の老人が声を張り上げると、映像が再生された。


――巨大な大槌を片手に、鬼人族の男が摩天楼の下層を豪快に叩き抜く。

一階層全体が「スコーン」と抜け落ち、上の階層が自重でズドンと降りてくる。

さらに二撃、三撃。まさに、だるま落とし。


「……な、なんだこれは?」

「攻城戦術……いや、戦術と呼べるのか?」

「物理法則をどう説明する!? 魔法か!? いや、結界は無視されている……」


ざわめく会議室。次の瞬間、投影映像が切り替わった。

飛行船が逃げ出す。だが、その後方の魔導炉に一本の矢が突き刺さる。

魔導炉が火を噴いて黒煙が上がり船体が失速、浮遊の気体が漏れ、やがて墜落。


「……誰が、射った?」

「まさか、あの距離から……」

「弓術の域を超えている……」


だが、映像はまだ終わらない。

墜落後、罵声を飛ばした貴族エルネストに、橘花が一瞬で迫り――腕と脚の腱を正確に切り裂いた。

呻き叫ぶ貴族を冷徹に見下ろし、踵を返して去る鬼人族。


会議室の空気は凍りついた。

誰も息をしていないのではと思うほどの沈黙。


やがて議長が掠れ声で呟く。

「……これを……正式な記録に残すのか……?」


「残さねばならんだろう。虚偽の記録を出すわけにはいかん」

「だが、この戦法を真似しようとする者が出たらどうする!?」

「無理に決まっておろう! 誰も真似などできん!」


「……いや、問題はそこではない」

書記官の一人が青ざめた顔で口を開いた。

「……この映像、もし市民や各国の王侯に流れたらどうなると思う? 鬼人族ひとりで摩天楼を落とした――その恐怖が、どう伝わるか」


会議室に再び重苦しい沈黙が満ちた。

一人の上級冒険者が、唇を震わせながら言った。

「……だるま落とし攻城戦……禁止指定に加えておくべきでは?」


「当然だ!」

「二度とやらせるな!」


全員がうなずく中、ただ一人、映像を操作していた書記官がぼそりと呟いた。

「……しかし、これは……奇跡に近い芸当だ。戦術資料としては……宝だな」


全員が顔を覆い、頭を抱える。

アルミル支部から「映像を添付した」時点で、もう逃げ場はなかった。


――こうして、この記録は冒険者ギルドの「永久封印資料」として保管されることになる。

しかし皮肉なことに、ソータが「お宝映像だ!」と笑って持ち帰った編集前の映像は、別の形で外に流れ出し、後世に「摩天楼だるま落とし伝説」として広まってしまうのだが、それはまだ先の話である。



王都査察官、ヘーゼル・カーヴィル。

仏頂面で知られるこの男が、報告を読み、映像を見て――声を漏らした。


「……ふ、ははっ」


周囲の書記官たちは一瞬ぎょっとした。

ヘーゼルが笑うなど、年に一度あるかないかの珍事だからだ。

本人にとっては軽い「ははっ」程度。しかし、その表情を見慣れた者からすれば――これは大爆笑に等しい。


「いやぁ、あの、のほほんとした大男を怒らせたか」

口端を緩ませながら、ヘーゼルは報告書をぱたんと閉じた。


思い出すのは、疫病騒ぎでアルミルを訪れた時のこと。

あの鬼人族――橘花。異種族でありながら、珍しく人間族相手に敵意を見せず、どこかのんびりとした雰囲気すら漂わせていた。

その彼が摩天楼を“だるま落とし”で叩き崩し、飛行船を射抜き、最後には貴族を私刑にした――。


普通なら天変地異の如き暴挙と糾弾されるべき出来事だ。

だがヘーゼルは、資料を丹念に読み、結論を出していた。


「……ここまで貶められて、それでこの程度の被害で済んだのが奇跡だな」


力ある者を辱め、怒らせればどうなるか。

下手をすれば――国そのものが灰燼に帰してもおかしくはなかった。

それを思えば、摩天楼の崩壊や飛行船の墜落など、まだ「軽い火傷」で済んだ方だ。


「橘花は我慢したのだろうな」

仏頂面のまま、小さく呟く。


怒りに身を委ねれば、簡単に血の海にできたはず。

だが彼はそうしなかった。殺さず、抑えた。

種族間の火種を増やさぬよう――未来を見据えた上で、だ。


「まったく、出来た御仁だ」


そう言いつつ、ヘーゼルの視線は机の端に積まれた王都甘味処の宣伝文に移る。

橘花が甘いものを好むと聞いた。

もし、王都に来ることがあるなら――是非案内してやろう。

査察官としての堅苦しい役割を少しだけ忘れ、心の中でそう思うヘーゼルであった。


ヘーゼルの査察報告は、王都にある評議の間へと届けられた。

重厚な机を囲むのは、王直属の文官や軍務卿、貴族院の代表たち。


まず読み上げられたのは、摩天楼の崩落。

「だるま落とし」という奇天烈極まりない戦法で、貴族の特権階級の象徴を一撃ごとに地へ落としていった光景。

続いて、飛行船の墜落。魔導炉を弓矢で射抜かれ、浮遊する力を失い失速したさま。

そして、最後に――旧ミヤコの貴族への“私刑”。


読み終えた瞬間、場はざわめきに包まれた。


「馬鹿な! そんな芸当が可能なものか!」

「信じがたい。だが……映像資料が添付されている」

「……これは、夢ではないのか」


上座に控える軍務卿は、報告に添えられた映像を食い入るように見つめ、顔色を変えた。

「この力……もし矛先を王都に向けられれば……」


一方、文官たちは別の視点で騒ぎ出した。

「橘花という異種族が、貴族に刃を向けたのですぞ! これは看過できん!」

「いや、報告を読め。あれは抑制の結果だ。殺さず、最小限に抑えている」

「最小限? 摩天楼が瓦礫と化しているのだぞ!」


賛否両論が飛び交う。

ある者は橘花を「国を揺るがす危険因子」と断じ、ある者は「むしろ国家が守るべき存在」と称えた。


その時、静かに口を開いたのは査察官ヘーゼルであった。

「彼が怒った理由は明白だ。五年前の約定を、我ら人間族の貴族が反故にした。それだけだ」


短い言葉が、議場に重く落ちる。

責任は橘花にあるのではない。約束を破り、異種族を追いやった――自分たちの側にある。


だが、それを素直に認められる者は少なかった。

「……この件は王に上申し、裁可を仰ぐべきだな」

「橘花の動向は、今後厳重に監視すべきだ」

「いや、懐柔せねばならぬ」


結論は出なかった。

だがひとつだけ確かなことがあった。

――橘花という存在は、もはや王都にとって無視できぬ“力”として認識された、ということだ。


評議の後、退出する際にヘーゼルは独りごちた。

「やれやれ……。彼を敵に回すのは、愚か者だけだろうな」


その仏頂面は、ほんのわずかに緩んでいた。

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