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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
醜悪の巣窟編
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第97話

一方、廃寺の外。


夜風は冷たく、漂う空気は重苦しかった。

橘花が扉に触れたあと忽然と姿を消し、扉は固く閉ざされたまま。そこからは一切の物音も返ってこない。まるで世界ごと隔絶されたかのようだった。


「橘花さん! 聞こえますか!?」


ウェンツが声を張り上げる。だが返答はなく、木製の扉は不気味なほど沈黙を守り続けている。

時間が経つごとに、焦燥が胸を掻き乱し始める。


そんな時――。


「……後ろだ!」


その存在に気づいたロイヤードが鋭く言い放つ。反射的に三人も振り返った。

そこに立っていたのは、闇から浮かび上がる影。月光に照らされた姿は、しなやかな細身の体、頭頂から突き出した猫耳、鋭く光る瞳――。


三毛猫を思わせる毛色を纏う、獣人の女性だった。


この街は人間族至上主義を謳っている。偶然通りがかった、などというはずがない。

刹那。

猫獣人の女性は刀を抜き、刃先を月明かりに煌めかせながら吐き捨てるように言った。


「人間族って……ほんっと、野蛮!」


次の瞬間、軽やかで素早い踏み込み。

疾風と言ってもいいーー月光を纏う斬撃。一直線にロイヤードへ向かってきた。


「ッ――!」


咄嗟に大剣を盾代わりに掲げる。火花が散り、耳を打つ金属音。

だが衝撃は凄まじく、フルプレートのロイヤードですら体ごと後ろへ押し飛ばされる。


「……くっ、速い!」


間髪入れずウェンツが踏み込み、聖騎士の剣を突き込む。信仰を帯びた刃が弧を描き、猫獣人を押し返す。


その隙を狙って、エレンが弓を引いた。

三本の矢が連続して放たれ、正確に敵の急所を狙う。


しかし――猫獣人の女性は、驚くほど軽やかだった。

二本を刀で弾き、一歩退いて三本目を身を翻して避ける。短い髪が動きに合わせて美しく靡く。


「ちょこまかとっ!」


ロイヤードが低く唸る。


だが敵はすでに反撃に転じていた。

猫が鼠を仕留めるかのような鋭さで、後衛を狙い突っ込んできた。


「全体強化、重ねるよ!」


ソータの声が響き、光の環が仲間を包み込む。

筋力、敏捷、耐久――全てが底上げされ、四人の動きに鋭さが宿った。


「行くぞ!」

「任せろ!」


ウェンツとロイヤードが息を合わせ、同時に踏み込む。

盾と剣。鉄壁の守りと信仰の刃が、二重の壁となって猫獣人を押し込む。

二人相手は分が悪いと、体勢を立て直すため相手が引きかける。


「はッ!」

「逃さねえ!」


攻撃に転じたロイヤードの剣が、相手の刀を弾く。体勢が僅かに崩れた瞬間、エレンの矢が隙を突いて飛ぶ。

矢が肩を掠め、赤い血が夜気に舞った。


しかし――。


「この程度で……!」


返す刀は獰猛だった。肩を掠ったとはいえ、その動きは鈍らない。

むしろ怒気を帯び、刃は一層鋭くなっていく。


ロイヤードとウェンツは前衛として耐え、ソータは後方で強化魔法を維持、エレンは矢を絶え間なく放ち続ける。

互いに深手は与えられず、だが小さな傷が積み重なっていく。


ロイヤードの腕に浅い切り傷が。ウェンツの鎧の肩に斜めの亀裂が。

そしてエレンは矢を射続け、指には血が滲んでいた。

猫獣人の女もまた呼吸を乱し、体力の消耗が見て取れる。だがその瞳の奥で燃える憎悪の炎は、消えるどころかますます勢いを増していた。


「やっぱり……人間族なんて、大っ嫌い!」


怒声と共に、彼女は大きく踏み込む。

その手に握られていたのは――縄。


「……っ、捕縛綱!?」


鑑定を使ったロイヤードが目を見開く。

橘花が監視者に使った、あの特殊な捕縛具。触れれば抵抗も魔力も封じられる代物。


だが気づいた時には遅かった。


「しま――!」


猫獣人の腕から放たれた縄が空を走る。

生き物のようにうねり、瞬く間に四人を絡め取った。


「な――っ!」

「動け……ない!?」


ソータが叫ぶ。強化の光も即座に掻き消え、体は重く縛り付けられる。

ロイヤードは必死に力を込めるが、縄は鋼鉄のように締まり緩まない。

ウェンツも聖なる祈りを紡ごうとするが、言葉が途中で詰まり、声が出ない。


エレンも矢をつがえることさえ叶わず、弓ごと押さえつけられた。


四人は次々に地面へ叩きつけられ、麻痺で力が思うように発揮できない。


「……これで終わり」


猫獣人の女性は冷たく言い放ち、縄を締め上げる。

全身を縛られた彼らは、呻き声すら喉の奥でかすれるばかりだった。


橘花の救出どころか、自分たちの身すら危うい。

月明かりの下、四人は完全に捕らえられてしまった。


悠々と猫獣人の女性は、四人に近づくと不敵に笑う。


「学習能力のない人間族なんか殺しちゃえばいいのに。優しいんだよね、あの人」


呟きというには大きい独り言だった。


「わたし、このままあんたたち殺してもいいんだけどさ。そーゆーのダメって言われてるんだ」


ロイヤードたちに向ける視線は、凍えるほど冷たい。


「ほんと、誰のおかげで今の平和な世の中で生きていられるか分からないみたいだから、言ってあげる」


微笑みかけるその瞳は、決して笑ってはおらず、蔑みが宿っていた。


「ミブロや他の種族の命を賭したものを、今更我が物顔で人間族の手柄にするってんなら、みんな黙ってないからなこのゴミ共」


殺されないだけありがたく思え、と吐き捨てた猫獣人の女性は、四人を引きずりながら廃寺に足を向けた。

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