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第1話

やってしまった感満載。何番煎じの話だろうか……。

MMOの知識なんてほとんどないですが、書きたいままに書いていこうと思います。

息抜き程度なので温かい目で見てやってください。

夜が明け始める草原に対峙する影があった。




一方の影は大きく、上位竜に騎乗した竜騎士と呼ばれる存在。

警戒するようにグルルと低く唸り声をあげる竜を宥めると、竜騎士は長槍を片手に持ちながらフルプレートに身を固めて口元だけをのぞかせていた。余裕があるのか、口元に小さく弧を描いている。


一方の影は小さく、満身創痍の変わった服装の青年。

地平の向こうから漏れる仄かな光に照らされて鈍色に光を放つ片刃の武器を構え、傷だらけの体は限界を示すように肩で息を繰り返す

だが、それでも闘志を宿した瞳は真っ直ぐ竜騎士を射抜いていた。


両者の間に沈黙が落ちた、一拍ののち――――。


コウッ、と竜が息を吸い込む。

同時に、ドンッ! と地面を陥没させるほどの蹴りによる瞬発力で青年が(ふところ)に入り、勢いを殺さず繰り出した武器が竜の喉を深く抉った。

肉を抉った獲物を横一線に振りきれば、竜の鮮血がその軌跡を描く。



「グォォオオオオオオオッ!」



空気を震わせる金切り声が、一帯に響き渡る。

竜の断末魔だ。


竜が(くずお)れるように轟音と共に大地へ身を伏せると、それに巻き込まれないよう一足先に大地に足を着け体勢を立て直した竜騎士が、すぐさま蘇生呪文(スペル)を唱え始める。



「――させるかぁぁああああああっ!!」



相手のそれを見抜いていたかのように間髪いれず距離を詰めると、青年は構え直した武器を上段から振り下ろしざま勢いを殺さず返し、下段から振り上げ、横へ薙ぎ、突き出し……刃を繰り出し続ける。


刃を目で追うことが不可能な速さで繰り出す連撃。

五、六、七、八、九……と呪文(スペル)を中断した竜騎士が槍で防ぐも、連撃は止まらない。

竜騎士が踏み止まる地面は青年の一撃一撃の重さに耐えられず、ひび割れ大地に蜘蛛の巣状の亀裂を刻んでいく。


十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七……。



「これで、ラストォォオオオオッ!」



十八連撃目!

ついに青年の一撃が竜騎士の体を捉えた。

ドスッ、と水分を含んだ鈍い音を伴いながら青年の獲物が竜騎士の腹から背中へ貫かれた。

ぐるりと返し、刃を上へ向ける、と。


迷いもなく斬り上げ、竜騎士の上半身を引き裂く。



「ぐぁああああああっ!」



血の混じった怒号を叫びながら竜騎士が膝から(くずお)れ、ゆっくりと地面に倒れ伏した。

武器を手放して大地に横たわる竜騎士からは、魂魄(こんぱく)と呼ばれる淡く光る小さな球体が光の尾を引きながら空へ舞いあがっていく。

やがて空気に溶けるように竜騎士の姿は消失した。

息の根を止めたことを確かめた青年は、武器を杖にして倒れぬように荒い息を何とか整えて数歩だけ後ずさり、疲れの滲む瞳で周りを見回す。

余裕がなくて気が付かなかったが、上位竜も同じように消えたのだろう。倒れ伏した巨体が、影も形もなかった。

竜騎士との争いで草原の草は焼け、地面は抉れ、周囲の大地は焦土と化していた。あまりの有り様に「酷いな」と青年から自嘲が漏れる。


まるで彼らの勝敗が着くのを待っていたかのように朝日が昇ると青年の姿は一瞬だけ黒く染まり、真横からの光がその影を大地に縫いとめようと長い尾を作る。

光が満ち始めた世界に静寂が訪れた。



その光の中、優しく包み込む不思議な歌声が響いてきた。



誘われるように青年が見上げれば、朝日とは違う淡く優しい光が真上から降り注いでくる。

その光の中心から響いているのだろうか……ただ茫然と見上げる青年の耳に届く歌声は、誰も理解できない造語の羅列とも思える言葉。

しかし、戦闘で焦土と化した大地に注がれるどこか幽玄で神秘的な雰囲気を纏う歌声に、彼は自然と耳を澄ました。



「――心地いい」



呟いた言葉には達成感が滲んでいる。

光が降り注ぐ中に佇む声の主の姿が、ようやくはっきり浮かび上がった。


腰下まである長い銀色の髪に中性的な顔立ちで、空を見上げる瞳は緑色。見た目は十八か、十九歳くらいの美青年。

彼の肌は灰色っぽく、その頭には角があった。

額に真っ直ぐな黒い角がひとつ、こめかみにねじれながら天を突く肌と同じ色の角が左右に二本――――鬼人族だ。


彼の着る艶やかな服装は和服と呼ばれるもので、白地の着物に薄紅色の薔薇、藤色の牡丹などが蔦と一緒に胸から振袖にかけて嫌味なく描かれ、袴は腰辺りが薄墨色から下へいくほど黒に近い紫黒色(しこくしょく)に染められている、振袖袴(ふりそではかま)と呼ばれるものだ。

一見、女性物寄りの装備だが、彼の妖艶とも言える容貌がその違和感を与えない。

その右手には、(さむらい)と呼ばれる猛者達が持つと言われる、美しくも禍々しいほどの鈍色を放つ刀という武器が握られていた。


焦土と化した大地に降り注ぐ天からの祝福のような光と相反する異形のコラボレーションは、聖堂に飾られる一枚の絵にも匹敵する美しい光景だった。

青年は武器を持たぬ方の己の手を見つめて静かに、強く握り締めた。


刹那。



「ぃよっしゃあああああああ! 竜騎士単独撃破(クエスト)達成(クリア)だーっ!!」



静寂を破って青年が拳を振り上げ、腹の底からの叫び声を上げながら飛び上がった。

それでも興奮冷めやらず、その場で小躍りまで始めた。「ヤッタ、ヤッタ! デ~キタ、デキタァッ!」という声まで草原に響く。



美しく感動的なシチュが台無しである。




 † † † † † †




五十年前にVRヴァーチャルリアリティーというものが開発され、名前だけは知られていたものの最初は軍事利用として使用されていた。

開発された当初は大型施設の中にある数兆円規模の精密機械を利用し、SF映画にでも出てきそうな専用スーツを着て各所にコードが繋がれ、筋肉を動かす脳からの信号をキャッチして自身の体を動かさずに、現実で上下左右を三百六十度撮影できるカメラで撮られた画像データの街中や砂漠地帯で、滑らかとは言えない粗が残るポリゴンで作られた仮想の肉体を動かすお粗末なものだった。


それが民間で利用可能になったのは、二十年前。

一般企業が社内での使用を目的として導入を決めたのが最初だった。機械に意識を取り込むので民間で使うには危険だという声に賛否両論があったが、年数を重ねるごとに民間で使えるほど機械の規模は縮小、技術はある程度精錬されていた。

企業向けに浸透していく過程でVRを体感するための機械は、徐々に簡略化され更に技術は向上していった。


ようやく初期の個人向け『ダイブギア』が開発・発売された初めは頭部すべてを覆うヘルメット式のLANケーブルを直に繋ぐごついものだったが、初期型の発売から三年が経つと耳と目元だけを覆う無線LAN式の小型ダイブギアになった。

部品や内部構造の省略化によるコスト削減で、ダイブギアが量産ができるようになり庶民が手にできるまでに値段が下げられ、それが社会現象となるまでに時間はかからなかった。


昔、VRヴァーチャルリアリティーがまだ現実にも開発されていない夢物語と言われていた頃に書かれヒットした小説に、ログアウト不可になりそこで死ねば現実の死となるオンラインゲームの話やそれに似た異世界に飛ばされる話などが多くあった。


子供や学生の頃に読み耽った、憧れた物語に登場する技術を実際に自分が体験でき、なおかつ技術の進歩の早さにネットゲームに仮想現実が実装されるのも近いと期待して買うのは、若者だけでなく年配者も多かった。

一度は自身がゲームの中で自由に動き回る体験をしたい。


それが、VRMMOを題材にした小説がヒットした当時から今でも二次創作が作られ続け、また新たなジャンルとして確立され長きに渡って愛され続ける理由であり、まだ高価な部類ではあるが庶民も入手できるようになったダイブギアが爆発的に広がる社会現象を巻き起こした理由でもあった。


オンラインゲームの基礎は五十年以上前に確立されているが、画面の中で縦横無尽に動き回る現実離れした動きに、人間の感覚をリンクさせることは難しかった。

軍事利用の時も使用者の現実に取れる動きを反映していたもので、“仮想空間”で体を動かすことはできても“仮想現実”としての稼働には問題が山積みだったのだ。


その要が、痛覚だ。


ジャンプする感覚も高所から落ちる感覚も、感じさせることは可能ではある。視覚からの刺激で脳に勘違いをさせる単純なものだが効果的なもの。

ただ着地などの衝撃を受ける場合、それは痛みもなければ視覚からの情報で落ちた、着地したとわかる映像が揺れるだけの世界だ。

風も感じなければ浮遊感もない、アクション映画の主人公の視点に移動しただけのような、仮想現実とは言い難い不満が残る。


技術の向上、精錬されていくダイブギアだけが現実に登場する中、待てど暮らせど実現しない“消費者が望む形”のVR実装オンラインゲーム。

現実世界と同じように感覚を持たせた仮想現実でのゲーム制作は無理だとプログラマーも諦めかけた時、意外なところから解決の糸口が見つかる。



問題が解決したのは、ある医療分野に携わる日本の研究者が作ったシステムプログラムだった。

義手、義足というものをご存じだろうか。


人の失った体の一部を人工物で代用するもの。ゲームシステムにおいて関連性は全くなさそうだが、大いに関係がある。

体の失った部分の痛覚。代用である義肢から、それを感じさせるシステムプログラム。


熱いものを熱いと、冷たいものを冷たいと。

受けた衝撃の度合いによっての体へ伝えられる情報――――当たった物は硬いのか、柔らかいのか、どんな質感だったか。

固体か、液体か。鉄か、プラスチックか、木材か、水か。生物なのか、無機物なのか。

無数に存在する“モノ”の正体を予測させる情報を、正確に脳に伝えるための数兆を超すシグナルパターン。

これは“現実に無い体”に、“現実の体”をリンクさせるのに役立った。


人の体の一部を担うもの。

本来、命にかかわることもあるのだから、痛覚の強弱ははっきりしなければならない。だからといって激痛までを与えるわけではない。

義肢の部分が何トンものトラックに轢かれたり、引き千切られるなどの異常な事態をのぞいた、普段の生活範囲で予想される痛みの度合いだけだ。

義肢用に調節されていた痛覚プログラムは特許を取っていたが、大手ゲーム製作会社は膨大な出費を惜しまずに特別な許可を得てすぐゲーム用に改良された。


ゲームでは、義手以上に痛覚が強すぎても弱すぎてもダメなのだ。

なので痛覚は、布が肌に擦れる程度の微弱なものからどんなに強く設定しても針の先でチクリと刺した程度に限定。感覚を繋ぐ先は、プログラムという電気信号の海にある仮想の体。

現実の痛覚をリンクさせた義手や義足の稼働試験より難しかったが、そこはプログラマー達の腕。


受けたダメージを個別に判断させ、他者が受けたダメージを間違って周囲に伝えないためのプロテクトを張り……そうしたプログラマー達の努力が実り、仮想現実が“現実”になったのは、わずか十年前だ。

β(ベータ)テストも抽選で日本国内在住者で三百名など限定があるにも関わらず、世界初のVR実装オンラインゲームβ(ベータ)テストということもあり、国内だけではなく実施を知った海外からも問い合わせや申し込みが殺到した。


ダイブギアによる仮想現実を実装したゲームということで話題を呼んだ大手ゲーム制作会社の代表作VRMMOは、十年経った今でもシリーズ化されて大人気だ。

大手ゲーム制作会社以外、システムプログラムを借りてVRMMOの制作を開始したのは数十社あり、次々にβ(ベータ)テストが行われた。


そうした仮想現実が実装され始めた初期の波に乗って現れたゲームのひとつが、Pandora(パンドラ) Ark(アーク) Online(オンライン).

通称『PAO』と呼ばれる。


グラフィックの美しさと自由度の高さがウリで十年前の正式サービス開始当初はぼちぼちだったが、五年前にあったある大きな事件からいち早く復活して爆発的人気で現在上位ランク二位にまでのし上がったVRMMORPGだ。


種族・職業の自由はもちろん、フィールド探索も未開拓地の攻略も制限がない。

中世ヨーロッパの城と街並みを持つ国や日本の戦国時代の古都をモデルにした国などがあり、剣はもちろん、詠唱魔法から六芒星・五芒星を用いる魔法陣も、難しい漢字っぽい文字の書かれた札や指で印を組んで発動させる呪術もある。


このことから統一感がない、ごちゃまぜ、そんな評価がされていた時期もあった。


ユーザーの声を受け、今は大幅に改良されている。

地図(マップ)上は各国離れた場所にあるだけなのだが、ゲートと呼ばれる門をくぐらない限り隣りの(エリア)にも行けない。

ユーザーが選択した種族の住む地域を限定してまとめ、他国に行く時はギルドへ参加してからでないと通行証が発行されない。


面倒じゃないか? そんなことを思われるかもしれないが、始めた時にある操作説明やテンプレでそれらは済ませられる。そして中立地帯の街から冒険が始まるのだ。

最初にギルドへの参加を『NO』と選択してもあとで好きなところに入れるし、最初に選択した種族の国なら通行証なしでゲートをくぐれるので、特に問題はない。

まぁ、国に行かずとも中立地帯でずっと生活しててもかまわないのだが、やり込み要素目的なら国へ行って行動するのがいいだろう。


新技術を取り込んでバージョンアップを繰り返す度、サービスが開始された当初とは別物のようになっていった。一番は味覚を感じるプログラムだろう。

最初は甘い・苦い・しょっぱい・辛い程度だった味の種類も、今ではそれぞれの食品独特の味まで表現できるほど多岐に渡るようになった。こうした細かい部分も含め、常に古参と新規の顧客を満足させていく。

これでもまだ改良の余地はあるが、プレイヤーがこうしなければいけないといった決まったストーリーはほぼなく、誰もが一度は子供の頃に憧れや空想を抱いたであろうお伽噺のような世界観の中で好きに生活できるのが好評だったりする。



パンドラと呼ばれる女神の創りし(世界)の旅人となれ。

王宮で宮仕えになるもよし、騎士から名を上げて領地を運営するもよし、街に店を構えるもよし、冒険者として迷宮(ダンジョン)を攻略するもよし、芝生の上で寝ているだけもよし。


この世界で生きることが『あなた』の旅なのだ――――。




という謳い文句に惹かれて登録し、その世界観にハマった小躍りする青年――橘花(きっか)はやり込む派だった。

そして、サービス開始時から十年経つ『PAO』の古株でもあり、上位ランクの猛者だ。ネナベでもあるが。



「長かったぁ……」



HPギリギリの状態で動いていた、というより踊り疲れた口から続いて零れ落ちた安堵の言葉。

今ようやく終わった――廃人達(コアプレイヤー)の中でも達成(クリア)が難しいとされた、ハードモードでの上位竜を従えた竜騎士の単独(ソロ)撃破。


息の合った絶妙なタイミングで攻撃してくるお陰で、竜騎士の隙を突いて攻撃することが困難だった。そもそも、攻撃しても竜騎士と上位竜は一個体と認識されず、個々にダメージを受ける。

また、片方がHP切れで戦闘不能になろうとも、魔法や竜独自の固有(ユニーク)魔法で互いを復活させることができる。

上位竜の固有(ユニーク)魔法は、竜騎士が戦闘不能になったら無詠唱で即発動だ。


こうなると必然的に先に上位竜を倒そうということになるが……HPが竜騎士より馬鹿高い。

しかも三分の二まで上位竜のHPが減ると、竜騎士が高等呪文(スペル)で半分以上回復させてしまう。反則だ、反則。

それだけでも泣きたくなるのに、槍の腕だけでも竜騎士は強く予備動作なしで繰り出される二十三連撃、通称「鬼突き」に加え、上位竜の竜息(ドラゴンブレス)による攻撃で吹き飛ばされる。


攻撃しても攻撃しても一向に竜騎士と上位竜のHPが減らず、こちらのダメージが蓄積されていくドSな展開に何人ものプレイヤーが泣いた。


GMに聞きたい。

クリアさせる気があるのか、と。



「十年もやってきて、こんなに難しいクエスト初めてだ」



ソロでもPT(パーティー)でも、こんなに苦戦したことはないし、持ってきていた課金アイテムを使い尽くしたこともない。

いつもなら厄介なクエストをやる時などに「一緒にヤらないか?」とメッセージを送って参加してもらっている弟達に、今回のクエストを話したら……。



「姉貴、Mか?」


「姉ちゃん、Mなの?」



と聞かれた。

即座に「んなわけあるか、ボケェ!」と二人をど突き倒す。



「だいたい、自分が痛いのは好きじゃない。更にただの暴力なのはもっと嫌いだ。愛があるのを書いたり見たりするのは好きだがな!」



そう橘花が胸を張って言ったら()のつく名前の趣味を知っている弟達に呆れた顔をされ、「チッ、腐ってやがる……」と呟いた長男の方に追加でコブラをお見舞いした。

言わずもがな、ネット内でである。

話がずれたが、一緒にやっている弟達からもMかと言われるほどのクエストなのだ。

どれだけ挫折者が出ているのか数知れず、あまりにもクリア達成率が低いため運営にも難易度を下げてくれとメールが殺到しているんだとか。


閑話休題。




「さて、着替えるか」



焦土と化した草原にいつまでもたむろしているほど暇ではない。橘花が「メニュー」と呟くと同時に、目の前の空中に浮く半透明な板が現れる。

『メニュー』と表示された板の中から『装備』を選び、指でスクロールして目的の物を探し当てるとクリックする。すると、瞬時に服装が変わった。


橘花が選んだのは朱色を基調とした羽織袴(はおりはかま)だ。通常の移動時などは、主にこちらを装備している。

先程まで装備していた振袖袴(ふりそではかま)はどの装備よりも全体パラメーターを上げしてくれるし、状態異常、そして即死まで防いでくれる特殊付加(エンチャント)も付いているので、ここぞという時の負けられない大勝負時に装備するのだ。


その時、とてとてと橘花に向かって走ってくる小さな影があった。

駆け寄ってきたのはピンと立った犬耳の小さな子供の獣人。獣人と言っても全体が毛に覆われているわけではなく、人に獣耳と尻尾をつけた容姿をしている。



「お帰り、リュート」



名前を呼んで手招きすると側へ寄ってくる。

黒髪で、肌は少し灰色っぽい。ピンと立った三角の犬耳に銀フレーム眼鏡。服装は袴姿で、髪と同じ色の尻尾が嬉しそうに左右に振れている。背丈は、百二十五センチしかない。顔には鼻の上に大きく横一線と左頬に斜めの切り傷があった。

この獣人はNPCで、プレイヤーが拾いきれなかったアイテムを拾ってきたり、戦闘で後方支援をしてくれたりする。橘花があるイベントで手に入れた俗にいう、お助けキャラだ。格好は橘花の趣味全開にしたものである。


今回のクエストでは戦闘に参加させず、アイテム回収を命じておいた。参加させても下手に敵の注意を引いて死亡させてしまう可能性の方が大きいからだ。

ちなみにクエスト条件の単独撃破だが、NPCは数に入らないのでクエスト失敗にはならない。

そんな獣人の子供に手を差し出すと、何かを手渡す仕草をしてくる。

ピコンという音を確認し、次に『アイテム』を開いて先程の戦闘で出し尽くしほぼ空になったアイテム欄の中に目当ての物を見つけた橘花は破顔する。



「おおー、ドロップアイテムも豪華だ! 上位竜の竜珠(りゅうじゅ)と竜騎士が持ってた双炎(そうえん)の槍! ……他にも上位竜の皮とか爪とかあるけど、これはいいや」



そして回収された中で橘花が注目した竜珠(りゅうじゅ)だが、基本は武器や防具につけて全体的に身体強化の効果を齎すものだ。

最近のアップグレードで、新たに粉にして飲むことでアバター自体の身体能力を上げるアイテムにもなった。


アバターを育てている者なら誰もが欲しがるが、上位竜の竜珠(りゅうじゅ)は貴重で、通常の竜珠(りゅうじゅ)よりもっと入手できる確率は低い。

欲しがる理由としては希少価値もあるが、なんといっても身体能力を上げるステータス項目を指定できるからだ。指定したステータスは、全体をバランスよく上げる普通の竜珠(りゅうじゅ)より伸びが良い。

今までは武器か防具の装備品のみだったのが、今回のアップデートのお陰で廃人達(コアプレイヤー)による上位種狩りが活発になり、初心者や中級者がお零れに預かろうと連れてってくれるPT(パーティー)単独(ソロ)を探し回っている。


橘花もクエスト出発間際に、初心者らしきプレイヤーに声をかけられお願いされた口だが、「これからハードモードで竜騎士のところに行くんだ」と言うと、「すみません」と謝られた。

竜騎士の名だけで初心者や中級者では死に戻りが関の山だとわかってもらえたらしい。達成率の低さや強すぎるとの噂が広まって、今じゃデスペナ覚悟で行くのは廃人達(コアプレイヤー)くらいだ。


まぁ、連れて行ってと頼まれてもクエストの内容が内容なので断っていたが。


もうひとつの入手アイテムの双炎(そうえん)の槍は、このクエストでしか手に入らない武器である。

橘花は、早速説明に目を通す。

槍としての本来の使い方もできるが、魔法適性の有無に関わらず、炎系限定の魔法攻撃が可能になる。特殊付加(エンチャント)でついている能力値を伸ばせば、強力な魔法攻撃も不可能ではない。

その説明に橘花の目が、欲しい玩具を手に入れた子供のように輝く。


また小躍りを始めそうだが、ぐっと堪えて喜びを噛みしめている。


さて、もうひとつアイテム欄に表示されたものがある。

入手したゲーム内通貨は所持できる金額上限を超えたらしく、袋にまとめられた形で『二万(トリク)』と表示されていた。

こちらはほぼ無視だ。

なにせ、古参のプレイヤーになると大体のアイテムや武器・防具はスキルで作成できるようになっているので、嫌でもゲーム内通貨は使いどころを失っていて貯まりに貯まってしかたがない。

この場に捨てて行ってもいいのだが、変なところで貧乏性なので持って帰って銀行に入れようとそのままにする。


ユニークアイテムにほくほく顔の橘花は、突然ポーンと響いた音に反応して『メニュー』の中にある『メッセージ』を選択する。開くと未読が二通あった。



竜騎士単独撃破(クエスト)達成(クリア)がギルドに報告されました』


『千匹以上の竜の上位種を単独撃破したことで、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を得ました』



クエストクリア認定以外の思わぬ報告に満足げな笑みを浮かべながら、橘花はそのまま『メニュー』の一番下にある『ログアウト』を押す。



しばらくぼんやりとしていると周囲の空から地面から無数の光が集まりだし、焦土化した大地から淡い光に包まれた鬼人族の青年と獣人の子供の姿は消えた。


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