表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

リクエスト短編

ご一緒に?

作者: 文月 郁

 廃ビルの屋上。錆だらけの柵から身を乗り出して、下を見る。

 雨の中、傘もささずに歩き回ったせいで、身体はすっかり冷え切っている。

 誰にも見られていない。後はこの柵を乗り越えて、そして一歩踏み出せば、終われる。

 我慢していれば、きっといいことがある。そう思って、必死で生きてきたけれど。だけどもう、限界だから。

 喧嘩ばかりの両親。いじめて見下して、遠くから嘲笑うクラスメイト。表面だけを見て、何の力にもなってくれない先生たち。

 柵を握る。

「もし、そこのお嬢さん」

 ――え?

 さっきまで、誰もいなかったはずなのに。

 振り返る。相手は、目の前にいた。

 真っ黒の髪で、顔の左半分が覆われた男。着物を着て、赤い目で、私を見下ろしている。

「死ぬつもりですか?」

「何? 説教でもするつもり?」

 てっきり、そうだと思ったのに。男は「いやいや」と首を振った。

「もしお嬢さんが死ぬつもりなら、少し、付き合ってもらおうかと思いまして。何せ今日は、特別な日だというのに、私には相手がいないのですから」

「付き合う?」

「ええ。どうですお嬢さん、ご一緒に? 一度行けば戻れない、異形の祭。人ならざる者どもの宴に、参加しませんか?」

 すっ、と手を差し出される。私は少し考えて、その手を、取った。


 祭囃子の鳴る中を、男と並んで歩く。周りでも、多くのモノがうごめいている。影のようなもの、ぶよぶよした手足の付いた子供、犬なのか猫なのか、分からないようなモノ。

 露店も様々だけど、私の知っているものは一つもない。

「何か食べますか、お嬢さん?」

 男が示すのは、食べ物らしいものを売る店。

「さあ、どうぞ」

 差し出されたのは、紙コップ。その中に、とろりとした液体が入っている。何か丸いものが、中でゆらゆら揺れている。

 口に含むと、液体はハッカにも似た味がした。丸いものを噛み潰す。きゅ、と鳴って、口いっぱいに甘味が広がる。

「おんや、女連れかえ? 人間たあ珍しい」

 店主らしい女が声をかけてきた。

「彼女はもう、『こちら側』ですよ」

 その言葉と、肩に置かれた手で、もう戻れないのだと悟る。けれど構わない。

 どこかで太鼓の音が鳴る。

「ああ、御神楽だ。見に行きましょう、お嬢さん」

 手を引かれて、着いた先は白木の舞台。鬼面を付けた人影が、舞台の上で舞っている。響くのは、鈴の音と、舞に合わせて吹かれる、笛の音だけ。

 舞に合わせて高まる笛の音。舞人の銀の髪がきらめく。

 徐々に、笛の音は小さくなっていく。そして音が消えたとき、舞台の上には誰もいなかった。

「どこに行ったの?」

「彼らのいるべき場所へ」

 穏やかに、男は答える。

「御神楽が終われば、我らの祭もお終いです」

 その声に辺りを見回すと、全てが薄れて消え始めていた。

「何なの、これ」

「皆、帰るのです。己のいるべき場所へ。人ならざる我らは、現世(うつしよ)にいることは許されませんから」

 そういう男の姿も薄れ始めている。私は夢中で男に縋り付いた。

「なら、あなたの帰る場所に私も連れて行って。もう私は戻れないのでしょう?」

 男が笑う。本当に嬉しそうに。まるで子供のように。

「ええ、一緒に行きましょう、お嬢さん」

 ふわりと抱き上げられる。首に腕を回して、男を見上げる。

 

赤い瞳の中に、もう人でなくなった私が映っていた。


Twitterで日向葵さんからリクエストをいただいて書いた作品です。


何となく、ずれてしまったような気がしないでもないです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ