008「進展していく二人」
「進展していく二人」
委員長の家からの帰り道
家路に向かっているのに、今日はとても楽しい
最初の恋人に、雰囲気が少し似ている彼女が話す度に
昔の、恋人との楽しかった事を思い出し
何時になく、心が和らいだ
何時も、恋しい人の死を思い出して立ち止まってしまう交差点でも
彼女と一緒だからなのか?それとも、自転車だからか?
もしくは、その両方があるからか?普通に通れた
車通りの少ない車道、2人で並んで喋りながら
彼女の家へ向かった。
2月中旬の深夜、今夜は時期的にも特に冷え込む
彼女が・・・『ココアでも入れるから、上がって温まっていって』
と、誘ってくれる
勿論、断らなかった・・・と、言うか
社交事例だとしても、俺はこの手の誘いを断る事は殆ど無い
彼女が通してくれたので、彼女の御部屋に上がり込む
『皆、寝てるから静かに待っててね』と
彼女は音量を程良く下げたTVを付け・・・
ファンヒーターと、部屋にある小さな炬燵のスイッチを入れて
キッチンへと向かった。
『こんな所まで、似ているとは思わなかったな・・・』
彼女の部屋は・・・最初の恋人の部屋と雰囲気が似ていた
明るい色合いの木目調の家具、淡い色合いのカーテン
濃い色のフローリングには、寒い時期だからなのだろう
淡い色彩クリーム色の分厚いキルティングのマットが敷かれ
その上には、小さな炬燵がセッティングされている
俺は、彼女が居ない事を良い事に・・・あちこち見て回る
部屋の中で、最初の恋人との共通点を見付けては
幸せだった恋人との思い出を思い出し
最初の恋人が、俺にも必死で直隠しにしていた趣味と
同じ趣味を彼女が持っている事に気が付いて、ニヤニヤする
彼女もきっと、隠している趣味なのだろう・・・
俺は、見なかった事にしてあった様に隠し直す
そして、机の上で目がとまった。
あの日、恋人を失った日・・・
恋人が事故にあった場所で見掛けた、小さな紙袋
それと、同じデザインの小さな紙袋が彼女の机の上に置いてある
中身が気になった・・・
シールで閉じられた、小さな紙袋の中身を隙間から覗くと
紅い包装紙で包まれた、何かが入っている様だった
俺は、紙袋を手に持ったまま
綺麗に整頓された、彼女のベットに背中から倒れ込んだ
不意に香り、俺を包み込む懐かしい香り・・・
彼女のベットは何故だか、最初の恋人と同じ匂いがした。
『違う人間だってわかってるのに・・・混同してしまいそうだな』
そう呟いて・・・俺が寝返りを打ち、布団に顔を埋めている時に
彼女が部屋に帰って来てしまった・・・
静に流れるTVの音・・・沈黙し硬直する2人・・・
俺の頭の中では、色々な事がぐるぐる回り
手に持ったままの紙袋の事や・・・
今、ヤラカシチャッテル状態にどう対処したらいいか分からず
心の中で「委員長助けてぇ~」と叫んでいた。
『ええっとぉ・・寝ちゃったんですか?』
彼女の言葉を耳にして、俺は寝たふりをする事に決めた!
微かな足音、御盆らしき物を置く音
起き上がるタイミングが分からなくて・・・
また、再び混乱している俺
ベットと同じ香りの毛布を、上に掛けられても
俺は、何故だか動く事ができなかった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか・・・再び
扉が閉まる音が聞こえてくる
俺は、むくりと起き上がり辺りを見回す
その時、自分が何処に居るのか全く分からなくなっていた
目の前に彼女がいた・・・俺の口から、恋しい人の名前が零れ
手を伸ばし、強引に彼女を腰から抱き寄せた・・・
抱締めた時の懐かしい香り
彼女の生々しく柔らかい感触に我に返る。
俺に対して優しくなかった頃の、委員長の冷たい目を思い出した
・・・本当は事故じゃなく、お前が殺したんじゃないのか?・・・
弓矢にでも射ぬかれた様な、心への衝撃
抱締めた腕を解き、彼女を見上げた・・・
彼女はいつの間にかパジャマを着ていて
彼女からは、御風呂上がりの良い香りが漂っている
走馬灯の様に・・・ここに来る切っ掛けから、今までの事が
俺の頭の中で、ぐるぐる回る
『俺もしかして・・・本気で寝て・・・』
俺は手に持ったままの紙袋に気付き・・・
更に、どうしようもないくらいに狼狽える。
『それ、貰ってくれますか?
バレンタインのチョコレートなんです』
風呂上がりだからか、彼女の頬は綺麗な色に染まっていた
彼女は、最初の恋人と一緒で
言い辛そうにしている人に、無理に話を訊いて来ない女性だった
俺は寝てしまった事を謝り
この埋め合わせの為に、彼女をデートに誘う
彼女は・・・満面の笑みを浮かべて受けてくれた。
俺は・・・
彼女が「ココアを温め直してくる」と、言うのを押し留め
冷たく冷めてしまったココアを飲み干し
『また明日、会社で!』と、言って彼女の家を後にした。
委員長の自転車を走らせ、家に辿り着くと自分で鍵を開けて入り
ベットへとダイブする
『聴いてくれ!委員長!』
俺は、此処を出てから戻って来るまでの話を
見た事を、感じた事を、思った事を、彼女の事を・・・
委員長に、ノンストップで話して聞かせた。
ドスノキイタ重低音な声が響く
『今、何時だと思ってやがる・・・
んな事は、朝になってから報告しやがれ!』
久々(びさ)に見た、本物の委員長の「冷たい眼差し」
怒ってて怖かったし、マジで殴られたけど・・・
委員長は俺を追い出す事無く、一緒に寝かせてくれた。
翌朝、起きると・・・着替えがしっかりと準備されていた
『さっさと、風呂に入ってこい』
委員長は、何時もと変わる事無く世話をしてくれる
怒ってはいない様だった、朝食も美味しい
『委員長、彼女を何処に連れてったらいいかなぁ?』
『知るかよんな事・・・取敢えず、予算いくらだ?』
商談同様、今回の事も頼らせてくれるみたいだった。
これは持論ですが・・・
深夜に来る客は、大概に面倒で迷惑な生物である。




