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SPACE-ARMCHAIR  作者: 檀敬
第二章
9/19

仕掛けられた見積書

 ヒートウォームの長袖Tシャツの袖を二の腕まで捲くり上げ、少々くたびれている黒のボクサーパンツの姿でラタンのソファに腰掛け、三杯目のレスカを喉に流し込む。

 私自身でも恥ずかしい格好だと充分に認識しているのだが、この部屋の暑さに対応するためには恥ずかしいなどと言っている場合ではなくなったのだ。暑さで理解力が落ちると、中村の顔から笑いが消えて、厳しい視線が私を突き刺すからだ。

 しかしながらよく考えてみると、この部屋に人間は私しか居ない。私以外には、宇宙人の中村と小林しかいないのだ。彼らに対して人間の恥ずかしさを主張する必要はないだろうという、超然的な発想に私の胸中は辿り着いてもいたのだ。

「どうぞ、これをお使いください」

 そう言って小林が手渡してくれたのは「うちわ」だった。そこにはいくつかの美しい銀河が写っている写真が貼られていた。よく見ると、うちわを振る度に写真の中の銀河があっちこっちへと飛び跳ねて大きくなったり小さくなっていた。しかもうちわで仰いだ風はかなり涼しかった。

「こ、これは何ですか? 写真の銀河が三次元で動いてる!」

「一昔前、と言っても地球では三万年に相当しますが、その頃に局部銀河群全域で流行した立体銀河模型なんですよ。それの簡易版を地球の日本ではトラディショナルでポピュラーな『手動体温調整装置』に貼り付けてみたんです。なかなか『風流で雅』でしょ?」

 小林も銀河うちわを持って恥ずかしそうに顔を隠しながら、それでいて充分に自慢気に語ってくれた。

「特に直美君がチョイスしてくれた銀河模型は『クールギャラクシー』なので、仰ぐとほら、うちわによって押し出された空気の温度が若干、えーっと摂氏五度だったかな、下がるんですよねぇ」

 今度は中村が自慢気に話してくれたが、すぐに小林から訂正が入った。

「中村探偵、それでの効果は摂氏〇・五度以下ですわ。うちわを動かすことでの空気の圧縮と膨張による熱交換の方で、摂氏五度程度の冷却効果を生み出していますから」

 小林の冷静なツッコミに、中村は頭をかいた。

「あぁ、そうだったね。いやぁ、僕は実際にクールギャラクシーに行ったことがあるんですよ。それで、あそこの寒さは尋常じゃなかったことが印象に残っていまして。心理的効果が有り過ぎるんですなぁ。ははは」

 中村は豪快に笑って私に誤魔化した、ような気がする。

 しかしなぁ、うちわなんかにエアコンの機能を付ける必要があるのだろうか? うちわごときにエアコン並の装置を付けられるその技術力の凄さは認めるけれども。恐らく、この人達は直接的に体温を調節するという発想しかないのだろう。

 人間が発汗して汗が蒸発する時の気化熱で体温を下げるという作用を知らないんじゃないかな。だから、うちわは飽和水蒸気状態になった空気を入れ換えるだけの装置だということを。

 そんなことはどうでもいいが、それにしてもこのうちわはマジで涼しい。一つ、持って帰ってもいいだろうか?

「涼しくなったところで、調査費用の見積書についての説明を再開しましょうか」

 そう言って中村は、小林とアイコンタクトした。それを受けて、小林はセンターテーブルのスクリーンを次のシートに切り替えた。


○個別案件の調査金額一覧〔金額は税別金額〕


【△市タクシー強盗殺人事件】 百万円

【◇市老夫婦放火殺人事件】 百八十万円

【○市女子高生殺害事件】 八十万円

【○○湖バラバラ死体遺棄事件】 一千万円

【□市独居女性強盗殺人事件】 四十万円


【五件・合計費用金額】 一千四百万円


「これはどうやって算出した金額なんですか? その前にこの差は何なのですか!」

 私は思わず叫んでいた。

「言うなれば『地獄の沙汰も銭次第』という感じですかな」

 中村は低い声で静かに返答をした。

「こんなに差額があるのは、事件解決の難易度が違うからのか?」

 私は金額の一覧を眺めて、この五件を実地捜査した時の感覚がよみがえり、うんうんと思考していた。考え込む私を見て、中村はキッパリと発言した。

「金額の差は、日本政府、もっと言うと警察機構との絡みがほとんどなんですよ。『業務の協定』という名のね」

 言い終わると、中村はまた小林に合図を送った。小林は再びセンターテーブルのスクリーンを操作した。


○案件別・調査金額の内訳一覧〔金額は税別金額〕


【△市タクシー強盗殺人事件】 百万円

§ 調査費用・二十万円

§ 協定違約金及び事務費用・八十万円


【◇市老夫婦放火殺人事件】 百八十万円

§ 調査費用・六十万円

§ 協定違約金及び事務費用・百二十万円


【○市女子高生殺害事件】 八十万円

§ 調査費用・二十万円

§ 協定違約金及び事務費用・六十万円


【○○湖バラバラ死体遺棄事件】 一千万円

§ 調査費用・四百万円

§ 協定違約金及び事務費用・六百万円


【□市独居女性強盗殺人事件】 四十万円

§ 調査費用・十万円

§ 協定違約金及び事務費用・三十万円


【五件・合計費用金額】 一千四百万円

§ 調査費用・五百十万円

§ 協定違約金及び事務費用・八百九十万円


「ご覧のように、我々が実際に調査する部分に対しての費用は、全体の金額のおよそ三十六・四パーセント、八分の三程でしかありません。半分以上の費用が協定違約金(政府)や事務費用(警察機構)に費やされるのですよ」

 中村は少し呆れた感じで私に話をした。

「それにですね、この『協定違約金』と『事務費用』はあくまでも暫定、予想の範囲でしかありません。わたくしどもは、過去において一度もこのような違約金を払わなければならない事態を経験していませんので、全くの未知数なのです。あくまでも協定書に書かれた内容を精査した結果を見積書に反映させたに過ぎないことをご了承ください」

 小林は丁寧な言い回しだが、全宇宙調査協会の正当性と中立性をしっかりと主張していた。

「ここに提示しているこれらの費用は、あくまでも『最低限』ですから。これ以上になるであろうことは、充分に覚悟しておいてください」

 中村もさりげなく、キツいことをサラリと言って退けた。

「あ、説明を一つ、忘れていました。もう一つの項目である『調査費用』はわたくしども、全宇宙調査協会が調査する際に必要とする経費のことです。こちらの金額はほぼ確定していると言って差し支えないですわ」

 小林はニッコリと笑って、説明を付け加えてくれた。

 私はセンターテーブルの内訳をジーッと見つめていた。そして、ある考えが頭に浮かんだ。私はその『ある考え』をそのまま口にしてみることにした。

「ちょっと、質問してもいいですか?」

「どうぞ、何なりと」と中村。

「何でもお訊きくださいませ」と小林。

 私は二人の顔を交互に見ながら質問した。

「この見積書を見る限り、五つの事件全てに金額が算出されてますよね……ということは、全ての事件は解決出来るということなんですよね?」

 ここで私は大見得を切る。

「即ち! 五つの事件それぞれの容疑者を、あなた達は知っていると言うことだな!」

 私は、左手の人差指で中村を、右手の人差指で小林をビシッと指差したのだった。

 すると、中村と小林は同時にニヤリと笑った。

「えぇ、知っていますとも」と中村。

「もちろんですわ」と小林。

「我々は地球上で起きた全ての出来事の真実を明らかにすることが出来るのですから」

 中村と小林の二人は、声を合わせて私にそう告げたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。

また、感想などを書いていただけましたら幸いです。


※五つの未解決事件は、この物語のために創作したものです。実際の事件、団体等とは一切関係ありません。

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