表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SPACE-ARMCHAIR  作者: 檀敬
第一章
4/19

継続犯担当係長の日々

宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その4

 世間はゴールデンウィークなどと騒いでいるが、交通部はスッタモンダの忙しさらしい。交通渋滞に伴う交通事故が頻発しているようだ。一般道の事故も大変だが、高速道路の事故はもっと大変だ。目の前の高架の上が事故現場であっても、下り線側なら一つ上りのICから、上り線の事故なら一つ下りのICから本線に進入しなければならないからだ。いくら回転灯を廻しながらとは言え、マナーの悪い一般ピープルも存在してるからなぁ。

 そんな余談は脇へ置いて、捜査一課強行犯係継続犯担当係長の大牟田警部こと私は、やっとの思いで、五件の未解決事件の資料を精読して精通、真相に迫る準備を整えた。何せ私一人だから一ヶ月の時間を要した。もっとも、私はお役所仕事よろしく、朝八時から仕事を始めて夕方の五時にはキッチリ終わり、土曜日と日曜日はバッチリと休むという仕事振りなので、遅々として進まなかったのは確かなことなのだが。

 もっとも、捜査班だった頃は昼夜問わずの業務で、深夜の呼び出しなど当たり前だったし、土曜日や日曜日などは「なにそれ? 美味しいの?」的な状態だったのだから、楽だと言えばその通りだ。

 確かに、事務方の仕事も捜査と同じく「根性と執着」というモノ、また「根気と集中力」というモノ、それが大事で必要なのは分かる。しかし、事務方と捜査では何かが違う。身体を使うとか使わないとかの差だけではないような気がしている。

 捜査現場を歩いてきた私にとって、この「資料に精通する」という事務は慣れない仕事だから、多少のタイムロスは致し方ない。それに、一九九五年以降に発生した事件の時効は二十五年に延びているから、捜査する時間は充分にある。だが、私にはそんな悠長なことを言っている時間はない。私の立場がどんどんと危うくなるだけなのだから。


 我々「公務員」はカレンダー通りの休みのため、ゴールデンウィークの中日は登庁日だ。その日も目を皿にして資料を読み込み、ノートPCのエクセルに事件を整理していた。

「よぉ、大牟田警部殿。事件は進展しているかい?」

 パーティションに囲まれた『強行犯係・継続犯担当』のブースでノートPCに向かっている私に声を掛けてきた男がいた。キーボードを叩く手を止めて顔を上げると、そこには同期で根性のひん曲がった菊池がパーティションに肘をついてニヤケていた。

「あぁ、順調だよ」

 私は仕事の現状がどうあれ、菊池のヤツにはこう答えることしか頭に無かった。

「ほぉ、それは幸先のよろしいことで。大牟田警部殿」

 尚もニヤケている菊池。根性のひん曲がったヤツのことだ、何を考えているか解からないからな。警戒しなくては。

 それにしても菊池のヤツ、やけに「警部」を連発するなぁ……ははぁ、そうか。私が警部に昇格したのが気に入らないんだな。こんな閑職みたいなポジションでも階級は階級だもんな。

 しかし、更にニヤリとする菊池は、私の耳を疑う言葉を発した。

「俺も『警部』になったんだよな。それも捜査一課一係の係長なんだぜ」

 私は驚きを禁じ得なかった。唖然として、文字通り口を開けたままになった。

「え? 知らなかったの? 一ヶ月前の終業時刻直前に木戸課長が発表したんだけどなぁ」

 菊池のニヤケ顔は、既に優越感に満ちあふれていた。

 私は全く知らなかった。しかもこの一ヶ月間、全然気付きもしなかった。

 一ヶ月前の発表って……ひょっとして、地下二階の資料倉庫に台車を返しに行ってた時か!

 悔しくて、私は拳を握っていた。強く強く握っていた。

「二週間前に発生した殺人事件の被疑者が今日の未明に逮捕されたんだ。それでだ、これから一係で打ち上げに行くのだが、大牟田警部、よかったら一緒にどうだい?」

 更にニヤケる菊池。ヤツの魂胆は見え透いている。私はその手には乗らないぞ。

「申し訳ないが、私は忙しいんでね」

 私はノートPCに向き直って、キーボードを叩き始めた。

「そうか、それは仕方ないな」

 菊池はパーティションから離れて、私に背を向けた。

「精々頑張ってお宮入りの難事件を解決してくれたまえ、大牟田警部殿」

 私に対する嫌味を菊池のヤツは背中で喋りながら、一課の部屋から出て行った。

 無性に悔しさがこみ上げる。

 同じ警部でも、菊池のヤツの「警部」は出世路線一直線で、私の「警部」は草の生えた引き込み線の中で、しかもこのままでは行き先は車止めしかないのだ。

 何とかしなければ!

 私はその日から残業することに決めた。


 間もなく「海の日」を迎えようとしている暑い日差しの中、私は□市内の私鉄駅に降り立った。電車内は涼しかったが、ホームに降り改札を出るまでには汗が吹き出て背中を伝い落ち、ワイシャツがピッチリと肌に貼り付いた。

「公用車が使えれば、こんな思いをしなくて済むのに……」

 私の口からはつい、愚痴が漏れてしまった。

 ゴールデンウィーク明けからは、五つの事件の現場で検証をしている。所轄の警察署と事件現場をこの目で見て、情報を得て、現場の雰囲気を味わないと、私の自慢の『鼻』がどうにもきかないようだからだ。

 出歩くためには「足」は必要だ。私は公用車を借りようと庶務係に出向いた。すると、庶務係は露骨に嫌な顔をした。

「大牟田警部のところは予算がないんですよねぇ。あの仕切りとかパソコンとかで使っちゃいましたから」

 私はムッとして詰め寄った。

「これも大事な捜査なんだぞ! それくらいの経費は面倒をみろよ!」

 しかし、庶務係は涼しい顔だった。

「えぇ、そりゃそうです。必要な経費は領収書を添付して旅費精算書を提出していただければ結構ですよ」

 言い終ると庶務係はさっさと席に戻ってしまった。

「あ、え、ちょ……」

 食い下がろうとしたが、それ以上のことを言い出せる雰囲気ではなく、私はすごすごと引き下がった。現場に赴く最初の日は、肩身を狭くして庁舎の裏口から出て、地下鉄の霞ヶ関駅へと向かったのだった。


 □市に来たのは、五つ目の事件である【□市独居女性強盗殺人事件】の実地捜査をするためだ。他の四つの事件は、既に一度目の実地捜査を終えているのだ。

 改札を出て、駅の入り口で左右を見回した時だった。

「本庁の大牟田警部ですね? お待ちしていました。お疲れ様です」

 年季の入った茶色の背広を着て、小太りで脂ぎった男が私に声を掛けてきた。その声には聞き覚えがある。所轄の警察署に電話を入れた時に対応してくれた声だ。確か、刑事の木村だ。

「申し訳ないですね、わざわざ出迎えてもらって」

 私は、所轄の警察署に電話を入れておいてよかったと滴る汗を拭きつつ、ホッとしたのだった。

「本庁からのお越しを歓迎します。それではさっそく、署の方へご案内します」

 私を助手席に乗せた後に運転席に乗り込み、車を発進してからそう告げた。

「先に事件現場を視察したいのだが」

 私が異を唱えると、木村は渋い顔をした。

「いやぁ、そう言われましても……」

 私は嫌な予感がした。ひょっとして他の四つの事件と同じような状況なのでは……と。

「事件現場である被害者の一戸建ては、現場保存期間を過ぎたら直ぐに解体されてしまいまして。今ではもうキレイな更地になっているんですよ」

 アッケラカンと答える木村に、私の頬は引きつっていた。

「そ、そうですか……」

 予想通りの答えに、私は力なく応えた。


 風雪に耐えて残るモノは少ない。ましてや人為的なモノは言うに及ばずだ。「風化しないように」と叫ばれることも充分にうなずけるというものだ。

 一つ目の【△市高速道路高架下タクシー強盗殺人事件】では、タクシーの放置現場の付近に大手メーカーの工場が建ち、その関係で側道は拡幅されて、行き交うトラックの台数は半端ではなかった。それに関連して、タクシーの走行経路の街並みもかなり様変わりして、事件当時の面影は無かった。

 二つ目の【◇市老夫婦放火殺人事件】に至っては、更地どころか、現場には十数階建てのマンションがそびえていた。このマンションがデザイナーズマンションとかで好評になり、この地域一体が随分と栄えている様子だった。

 三つ目の【○市女子高生殺害事件】も、タクシーの事件と似たような状況だった。用水路はコンクリートで護岸され、農道は再舗装されて車道外側線とセンターラインが引かれ、立派な改修工事が施されていた。捜査資料の写真にある「のどかさ」は何処にも無かった。

 四つ目の【○○湖バラバラ死体遺棄事件】の現状は、さすがに変化は無かった。アブに刺された草むらも健在であったが、だからと言って新たな証拠が発見出来る訳でもない。まぁ、○○湖は事件の本筋ではないだろう。何しろ「バラバラ遺体が遺棄された」というだけだから。


「現場をご覧になりたいと仰るのなら、ご案内しますが?」

 運転をしながら、木村は私に尋ねた。

「えぇ、一応。見るだけでも見ておかないと」

 そう答えると、木村は感心したように首を縦に振りながら言った。

「分かりました。では、現場の方へ」

 木村はターンシグナルを出して、豪快にUターンをした。

 事件現場は、住宅の建て込んだ一角で、そこだけポッカリと空間が空いていた。見事に更地になっており、建物がどの辺りに建っていたかも判らないくらいキレイに整地されていた。そして、不動産屋の「売り地」という看板だけが漂々と立っていた。

「曰く付きなんでね、なかなか売れないと不動産屋がぼやいてましたわ」

 私の一歩後ろで、もう見飽きたという顔をして木村が呟いた。

 こんな状態では実地捜査も何もしようがない。何も出来ない。だいたい、調べようにもモノが無いのだから。

 それでも私は、私の経験に基づいて行動することにする。

「せっかく事件現場に来たのだ、聞き込みくらいはしてみるか」

 そう呟いて、私が隣の家に向かおうとすると、木村が顔をしかめた。

「その家は止めた方が……」

 引き止める木村を無視して、私はインターホンのボタンを押した。

「はい、何ですか?」

 スピーカーからしわがれた年配の男の声が応答した。

「警察の者ですが、お隣で起きた殺人事件の再捜査をしてい……」

 私がそこまで言ったところで、インターホンの向こう側の男は怒鳴った。

「話すことは何も無いっ! 帰れっ!プチ」

 けんもほろろに応対された私は、振り返ると木村が苦笑いしていた。


「隣に住む年配の男性、土屋恵介っていうんですよ」

 署に向かう車の中で、木村はポツリと語った。

「事件のちょっと前まで民生委員をされてて人望のある方らしいですけど、この事件のこととなるとあの調子なんですよね」

「怪しいですね」

 私が呟くと、木村はフンと鼻を鳴らした。

「そうなんですが。でも、彼にはアリバイがありましてね」

「ほう」

 私は興味津々で木村の話を促す。

「殺害推定日に町内の桜花見のイベントやらがありましてね。彼はそのイベントの実行委員の一人で、前日の準備から当日の後片付け終了まで、そこに居たと。確かに複数の目撃証言はあるんですがねぇ」

 木村の言い方に、私はおや?と思った。

「近隣の方々のアリバイは全て立証済と、捜査資料にはありましたよ?」

 木村はチラッと私を見て、苦笑いをした。

「彼が居たのは間違いないですよ。ずっとそこに居たのかどうかの確認が取れていないだけなんです」

 木村のその言い方が、私には腑に落ちなかった。


 □市警察署に着いて署長に挨拶した後、会議室に案内された。そこには刑事課長が待っていた。

「ご苦労様です、大牟田警部。こちらで保管している【独居女性強盗殺人事件】の資料は、こちらに揃えてあります」

 会議室のテーブルには、資料がキレイに並べられていた。

「大牟田警部をお迎えに上がった木村が現在、この事件を担当しております。疑問があれば、何なりと彼にお訊きくださいませ」

「ありがとうございます」

 私は課長に深くお辞儀をした。一応、社交辞令である。

「それでは、わたくし、用事がありますので、これにて失礼します」

 刑事課長は逃げるようにして、そそくさと会議室を出て行った。そのあとを受けて、木村は静かに私に告げた。

「本庁の資料と同じものだと思いますが、若干新しい情報も含んでいますので、充分にご検分なさってください」

「ありがとう」

 私は木村にも深く頭を下げた。

 もちろん、社交辞令で。


 結局のところ、新しい事実や証拠、情報などは殆ど手に入れることは出来なかった。所轄署の資料と本当の資料とで、若干違っている項目があることくらいだろうか、目新しいことと言えば。

 本庁の資料では、現金のみが盗られたと記載されていたが、所轄署の資料では、金品としてピアスの片方が無く無くなっていることが記載されていた。しかし、それには但し書きがあって「以前に無くしたと姉が言っていた」という被害者の妹の証言があり、参考記載となっていた。

 取り分け、新しい感触としては、隣のおっさんである『土屋恵介』という人物の怪しさが光っている。アリバイについても、木村の言い方が怪し過ぎる。アリバイに関して、所轄署の資料は本庁のそれと同じだっただけに余計に気になってはいるのだが。

 しかし、得られた情報はそれくらいであり、私の『鼻』をくすぐるようなモノではなかった。それでも、まだマシな方かな、今回の実地捜査は。得られたモノがあるという実感だけでも。

 他の四件は全くと言っていいほどに新しいことは何もなく、しかも本庁と所轄署の資料は寸分違わぬ同じものだったのだから。

 やっぱり、未解決事件だ。伊達に「お宮入り」になっている訳ではないと思い知らされた。

 侮れない。

 侮ってはいけない。

 それだけは肝に銘じた。

 本腰を入れないとダメだぞ、こりゃ。

 それから二ヵ月の暑い夏を、所轄署と事件現場、時として科捜研を含めた外回りに費やした。

 もちろん、毎日シッカリと旅費清算書を庶務係に届けてやったさ。


 窓の外から見える皇居の木々が色付き始めた時、私は既に外回りを止めていた。

 外回りでも全く進展しないどころか、何一つ新しい事件の側面を見付けるが出来ないでいる自分が歯がゆかったから。

 もっとも、外回りを止めた理由はそれだけじゃない。庶務係から、こう言われたのだ。

「大牟田警部、確かに必要経費は認めると言いました。しかし、この旅費に見合った捜査の成果は上がっているのでしょうかね? これを木戸課長に報告していいですか?」

 半分脅しを掛けている庶務係に、私は言い返すことが出来なかった。庶務係の言う通り、成果は上がってないのだから。

 私は大人しく『強行犯係・継続犯担当』の看板が掲げられているパーティションに囲まれたブースで、ノートPCに向かって無為に過ごす日々が続いていた。

 最初は、五つの事件のことで新しい切り口になるような何かがないだろうかとネットを検索しまくった。しかし、そんなに都合のいい情報などネットに転がっている訳がない。

 それよりも、数え切れないほどサイバーポリスの部署に出向き、何度ノートPCにクリーン作業を施してもらったことか、判らないのだが。

 そんなことを繰り返しながら何気なくネットを検索していて、それを見付けてしまったのだ。

『我々は地球上で起きた全ての出来事の真実を明らかにすることが出来ます!』というキャッチコピーを。

 そう、その通りだ。

 それが「全宇宙調査協会」だったのだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。

また、感想などを書いていただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ