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SPACE-ARMCHAIR  作者: 檀敬
第一章
3/19

大牟田警部の初日

宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その3

 年度末までの十日余りを、郊外にある中古一戸建ての自宅でゆっくりと過ごした。

 佐々木管理官が『気持ちの整理が必要だろう』と言ってくれたが、実際には『有給消化』という名目以外の何者でもなかった、という気がしてならない。

 この休暇中に、私はじっくりとゆっくりと女房に役職と階級の昇格を報告した。一切の事情を知らない女房は、私の報告を素直に喜んでくれた。恐らく女房は給料が上がったことしか評価していないだろうが、それでも家庭的にはとりあえず安定した。しかし、この先の不安については、さすがに言及することが出来なかった。その将来を開けるためにも、木戸課長が買ってくれている『鼻』を利かせなければ。そして、佐々木管理官の信頼を取り戻さなければ。私はそう心に誓った。


 年度が替わって、一課の片隅のちょうど一坪を区切ったパーティションが設けられ、パーティションの入り口には『強行犯係・継続犯担当』と書かれたアクリル板が掲げられていた。そこには机と椅子、そしてノートパソコンと小さな書棚がそれぞれ一台ずつ、所狭しと置かれていた。

「一応は『あるじ』だな」

 そう呟いてはみたものの、私一人が居るだけでこの場所は既に埋まってしまった。優雅にソーサーを持ち、紅茶を淹れて飲むことすら出来ない。だいたいこのスペースに部下など絶対に入れない。もっとも『大牟田警部』と呼んでくれる部下など……。

「は~い、大牟田警部。捜査資料をお持ちしましたよ~」

 一課のアイドルと呼ばれている、事務方の高橋弘子巡査が、山のように資料が積まれた台車を重そうに押してきた。

「これ、私の担当分? いったい、何件分なんだ?」

 ずい分な量に驚いた私が訊くと、弘子巡査はアッケラカンと答えた。

「はい、大牟田警部が担当する五件分です。過去五年以内のお宮入り事件のうち、比較的捜査が進んでいた事件ばかりなので紙の資料は多いですけど、これで全部です。足らないですか? 足らない資料はノートパソコンから本庁のサーバにアクセスして検索してくださいね」

「これで五件って、どう……」

 私が文句を言い始めた時、既に弘子巡査は後退りをしていた。

「大牟田警部、大変申し訳ありません。資料を棚に収めたら、その台車を資料倉庫まで戻しておいてくださいね」

 ニコリと笑顔を見せた弘子巡査は素早く振り返って走り去っていった。


「まずは五件か」

 私は溜息をつきつつ、ある意味でホッとしていた。五年以内の捜査資料が多い事件で、しかも五つの事件だけ。私の『先走り捜査』で何とかなるのではないかという希望が湧いてきた。

 もちろん、五つの事件を解決すれば、それで終わりという訳ではないだろう。更に十年以内、十五年以内と期間が伸び、より捜査資料が少ない事件を発掘してくるに違いない。

 だが、この五つの事件で捜査方法の要領やノウハウを得られれば、いや違うな、この「継続犯担当」という部署の仕事の仕切り方を確立すれば、部下の配属も有り得るだろうし、この部署が「担当」ではなく、ホンモノの「係」に昇格するかもしれない……。

 私はそんな希望を胸に、台車に山と積まれた資料を書棚に納めるべく、五件のお宮入り事件の資料を精査し、事件の内容を把握することから始めた。

「まずはこれからだ」

 私は一人呟きながら、山になっている台車の一番上のファイルを取り上げた。


【△市高速道路高架下タクシー強盗殺人事件】

 二〇〇X年五月某日午前七時十分頃、△市の高速道路の高架下に停められているK観光のタクシーが発見され、車内から同観光の運転手の男性(当時四十二歳)がシートベルトをしたまま上半身をハンドルにもたれ掛かるように倒れ、左胸にナイフが突き刺さったままの状態で発見された。

・現場の状況及び証拠については以下の通り。

 交代時間の午前六時三十分になっても被害者が戻ってこないため、配車係がGPS(衛星利用測位システム)で位置を確認、同僚がタクシーで現場に急行し車両を発見。午前七時一〇分に配車係より、警察に通報。

 発見時、被害者は既に死亡しており、死亡時刻は午前四時から午前五時と推定された。また、タクシーの車内からは売上金が入った集金バッグと乗客の乗車場所が書かれた運行日誌が紛失している。

 GPSなどの解析から、被害者のタクシーが高架下の発見現場までの間に、信号以外の数カ所で停止していたことも判明。また、民家から離れた高架側道の存在は気付きにくく、土地勘のある被疑者が被害者に進入するように指示した可能性がある。発見現場は、人通りがなく民家から離れているため、事件の目撃証言はなし。

 物的証拠としては、被害者を除く数点の指紋を採取。いずれも過去に犯罪歴はない。ナイフには被害者以外の指紋は残されておらず、革手袋をしての犯行と思われる。足跡の採取からは、被疑者は一人であること、右側後部ドアから出て運転席のドアを開けて殺害に及び、その後助手席のドアを開けて集金バッグ等を持ち出し、走って逃走したことが判明。靴は某有名メーカーのスニーカーと断定、左右の踵の外側がすり減っていることまで判明したが、全国に出荷されていたため、購入者からの特定は困難。

 走行経路に沿って聞き取り調査を行うが、有力な目撃や情報は得られていない。

 現在、未解決で捜査継続中。


「あぁ、これか。駆り出されて、聞き込みのローラー作戦に参加したっけ」

 私は、書棚の上段の一番上左にタクシー事件の資料を収めた。

「次は何だ?」

 まだまだ山になっている台車から資料を取った。


【◇市老夫婦放火殺人事件】

 二〇一X年十月某日午前零時二十頃、◇市T町にある民家から出火し全焼、焼け跡から老夫婦の遺体が発見された。

・現場の状況及び証拠については以下の通り。

 寝室から女性(当時七十二歳)の遺体が、居間から男性(当時八十歳)の遺体がそれぞれ見付かった。被害者夫婦の死因は窒息死であるが、被害者女性の遺体には扼殺の跡が、被害者男性には絞殺の跡があり、首にワイヤーが残されていたことが判明。司法解剖の結果、死亡推定時刻は前日の夕から夜にかけてと断定、殺害された後に放火されたものとみている。

 被害者夫婦は地元では有名な資産家として知られた人物であり、不動産関連の収入で生活していた。トラブルの有無を詳細に調査したが、自宅が全焼してしまったために物証が乏しく、有力な情報は得られていない。

 現在、未解決で捜査継続中。


「へぇ、こんな事件もあったのか」

 私は自分の知らない事件があることを知った。しかし、それよりも腹の虫が鳴っていることの方が私にとっては重要だった。

 昼飯を喰って多少は元気になった私は、若干山が低くなった台車から再び資料を手に取る。

「さてと。次は何かな?」


【○市女子高生殺害事件】

 二〇一X年九月某日、○市S町M地区に住む女子高校生(当時十六歳)が同町D地区の農道脇用水路にて他殺体で発見された事件。

・事件の経過を以下に示す。

九月某日

午後四時過ぎ 学校が終わりバイト先に向かう。(防犯カメラ確認済)

午後八時 バイト終了。バイト仲間と近くのコンビニに立ち寄る。(防犯カメラ確認済)

午後八時三〇分頃 コンビニを出て、バイト仲間と別れる。(防犯カメラ確認済)

午後八時四三分 携帯電話から自宅に電話。「帰りが少し遅くなる」と連絡。(通話記録確認済)

午後十時三〇分 帰りを心配した父親が携帯電話に何度も電話するが応答なし。(通話記録確認済)同時に近所を捜索したが発見出来ず。

午後十一時五六分 両親が警察に捜索願を提出。

九月某翌日

未明 - 警察は携帯電話会社へ位置検索を依頼。GPS(衛星利用測位システム)で携帯電話の位置を特定、同町D地区付近の捜索を警察と被害者親族及び知人にて行う。

午前四時五〇分頃 同町D地区の農道にて携帯電話を発見。

午前五時過ぎ 携帯電話が発見された農道脇の用水路でうつ伏せで「く」の字の曲がっている状態に死んでいる女性を発見。その場で両親が被害者と同定した。

・現場の状況及び証拠については以下の通り。

 被害者はネクタイのようなモノで絞殺された。(絞殺痕あり)

 死亡推定時刻は、午後十一時から午前零時までと断定。

 服装に破れや乱れもなく下着も付けたままで乱暴された形跡なし。また、被疑者の体液も未検出。

 遺体発見時に被害者は靴を履いていなかったが、白い靴下が汚れていないことから、室内などの別の場所で殺されて車で運ばれて捨てられた可能性が高い。

 被害者が乗っていた自転車は今だに未発見で、靴、バッグも未発見。腕時計は装着されたままだった。また、携帯電話は遺体を用水路に遺棄する際に、制服のポケットから落ちたものと推定される。

 被害者の衣服や被害者自身の皮膚に付いていた指紋を検出。(「Developer」という四酸化ルテニウムによる万能潜在指紋検出液による検出)二点の指紋が採取され、少なくとも二人の被疑者を推定する。犯罪歴はなし。

 用水路法面と農道にも二点の足跡があり、一人は大柄(二十八センチサイズの安全靴)、もう一人は小柄(二十三センチのスニーカー)であることが判明、また道路には自動車のスリップ痕があり、車種も特定された。(某自動車会社の普通車でステーションワゴン)

しかし、自動車からの特定では車種のみで年式や色などを絞り切れず、決め手に欠けた。

 目撃情報も遺棄現場が民家から離れた田んぼの農道で、有力な情報は得られていない。

 現在、未解決で捜査継続中。


「これは知ってるよ。仕事上では関わらなかったが、かなり報道されてたからなぁ」

 私は感想を漏らす。この事件の資料はかなりの量だった。書棚の上段がこの資料で埋まってしまった。

「さて、次だ、次」

 資料がかなり少なくなった台車から、またまたファイルを手にする。


【○○湖バラバラ死体遺棄事件】

 二〇〇X年六月某日午前六時三十分頃、○○湖の湖岸緑地である□□公園で早朝から釣りをしていた男性が人の足が漂流しているのを発見、警察に通報。バラバラ死体遺棄事件として捜査を開始した。

・現場の状況及び証拠については以下の通り。

 釣りの男性が発見したのは、大腿部から下の右足であった。また、同日○○湖から下流の△△川で頭部のない上半身が、そし△△川の▽▽橋付近でもう片方の左足が発見された。

 更に六月某翌日と某翌々日にかけて、下流の××橋付近で両腕(手首から先はない)と下半身(局部は切り取られていた)が見付かった。

 これら全ての遺体のDNAは一致した。しかし、頭部は今だに発見されていないために決め手を欠き、被害者の身元は依然として判明していない。

・被害者のおおよその身体的特徴は以下の通り。

年齢・四十五~六十五歳位

性別・男性

身長・百七十五センチメートル位

血液型・AB型

 遺体には死因となる特徴、刺し傷や殴打などの痕跡はない。おそらく、頭部への殴打もしくは絞殺によるものと推定される。(検視からは上半身の肺に絞殺らしい所見があることが報告されている)

 その他の証拠として、切り取られた遺体は全てバスタオルに巻かれていた。また、両腕は束ねてバスタオルで巻かれていた。バスタオルは全て違う製品であったが、品番等を照会し販路を探し出したが、バスタオルからの有力情報は得られなかった。

 遺棄場所は○○湖と断定し、湖の周辺を捜索したが物的証拠は未発見。

 現在、未解決で捜査継続中。


「これは捜査に加わったな。湖の周辺捜索でアブに刺されたっけなぁ」

 私はしみじみと思い出していた。

「いかん、いかん。感傷に浸ってる場合じゃないぞ」

 私は、書棚の下段、右側に捜査資料を収めた。

「いよいよ、最後だな」

 私は台車に残った数冊の捜査ファイルを机の上に置いた。


【□市独居女性強盗殺人事件】

 二〇〇X年三月某日午前十時三十五分頃、□市N町××四丁目二三六番地の一戸建て住宅に一人で居住している女性(当時三十八歳)が頭から血を流して倒れているのを、訪ねてきた妹(当時三十六歳)が発見、警察に通報した。

・現場の状況及び証拠については以下の通り。

 被害者の妹に被害者の勤め先から連絡があり、三日前から出勤していないことを告げられ、様子を見に来て事件を発見した。なお、被害者の妹は玄関の合鍵を所持していて、そこから被害者宅に入った。

 発見時に、被害者は寝室のベッドの脇で頭から血を流して既に死亡しており、頭を鈍器で殴られた上、首を絞められた跡があった。検視によると死後三日から四日が経過しているという所見だった。パジャマ姿のまま仰向けに倒れ、遺体には布団がかけられていた。服装に多少の乱れはあったが、下着も着けたままの状態で乱暴された形跡はなかった。また、被疑者の体液も検出されていない。

 寝室と居間の部屋はタンスの引き出しが散乱するなど荒らされており、金銭や物品の紛失について詳細は不明だが、少なくとも手元の現金は無くなったと推定。(被害者の妹が被害者の経済状況を把握していなかったため、また通帳から引き出した形跡もなかった)

 被害者の妹が玄関を合鍵で開けたことから、玄関は施錠された状態だったと断定、庭に面した居間の窓の施錠部分がガラス切りで切り取られており、そこから被疑者が侵入したと考えられたが、窓の外側の庭には足跡がない上に室内にも足跡らしい形跡は一切なく、被疑者がどのように侵入したか、不明である。

 指紋については何点かが検出されたが、いずれも近隣の方や身内の妹、そして被害者の友人のもので、アリバイは立証済。

 なお、被害者の行動は五日前の土曜日までは、近くの大型ショッピングセンターで複数の証言にて確認されている。

 現在、未解決で捜査継続中。


 私は、全ての資料を書棚に収めた。測ったようにピッタリと寸分の隙間もなく書棚が埋まった。そこには何かしらの意図さえ感じられたが、今は捜査資料を精査した達成感が私を包んでいた。

「は~ぁ。やっと終わったぞ」

 私は台車を押しながら、事務方の高橋弘子巡査に声を掛けた。

「高橋巡査、資料倉庫って何処にあるの?」

 弘子巡査は、私の質問に答えにくそうだった。

「申し訳ありませんが、地下二階なんですよ……よろしくお願いしますね」

「あ。……あぁ、分かったよ」

 私はガックリと肩を落とした。

 仕方がない。

 私は廊下に出てエレベータに乗る。「B2」のボタンを押す私に好奇の目が集中するが、私は真っ直ぐに前を向いたままエレベータに乗り続けた。一階を過ぎると、エレベータに乗っているのは私だけとなった。

 ひんやりとした廊下の左右に倉庫部屋が並ぶ。人感センサーによって歩く先々で照明が灯る。しばらく進むと資料倉庫と書かれた扉があり、そこを開けると同じような台車が数台置かれていた。私は同じように台車を置いて、来た道を戻った。

 捜査一課の片隅にある『強行犯係・継続犯担当』と書かれたパーティションの自席に戻ったその時、終礼が鳴った。

 継続犯担当係長・大牟田警部の初日は資料整理で終わったのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。

また、感想などを書いていただけましたら幸いです。


※五つの未解決事件は、この物語のために創作したものです。実際の事件、団体等とは一切関係ありません。

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