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SPACE-ARMCHAIR  作者: 檀敬
第三章
18/19

デジタルデバイス

宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その18

「ふぁーあ」

 あくびをしながら、私の「縄張り」である『強行犯係・継続犯担当』のパーティションの中に入る。仕事カバンを机に置いて椅子にドッカリと座った。自分で淹れた、朝の熱いだけのインスタントコーヒーをすすった。

「おはようございます、大牟田警部」

 高橋弘子巡査がパーティションの角からこちらを覗いて私にあいさつをした。珍しいこともあるもんだ、朝一番で高橋弘子巡査が私にあいさつするなんて。

「おはよ、おーお」

 私は弘子巡査にあいさつしようとして、同時にあくびもしてしまった。

「昨日は、ありがとうございました」

 しおらしく頭を下げる弘子巡査。

「へ?」

 何のことだか解らなくて首を傾げる私。

「ショコラと抹茶トルテとミルフィーユ、そしてブリュレとプリンと苺のムース、どれもとっても美味しゅうございましたわ。うふ」

 ニッコリと微笑む弘子巡査。

(おいおい、昨日のケーキを全部、一人で喰っちまったのかよ)

 私は心の中でツッコミながら、表面的にはあくびで返事をしてしまった。

「ふぁい、ふぁぁーい」

「寝不足なんですか? あ、でも、大丈夫ですよ、大牟田警部。遅刻する時はまた私にお任せを。うふ」

 私のあくびに対して、深い笑みをたたえる弘子巡査。

「はいはい、その時はまたよろしくね」

 私は弘子巡査に苦々しく愛想笑いをした。


 再度洗い直しをした【□市独居女性強盗殺人事件】の資料をプリントアウトして、家に持ち返って精読した。胡散臭い部分にマーカーで印を入れたり、手帳に抜き書きしたりして、床に就いたのは午前三時を回っていた。

 さすがに徹夜するのはツラい年齢になってきた。それにこの一年近くは深夜の張り込みなどをしていないし、規則正しい生活に馴染んでしまったらしく、起きていられない身体になってしまったようだ。おかげで、今朝は女房に叩き起こされてしまったのだ。

「久しぶりに仕事をした感じだな」

 私は、一応の満足感を得ていた。

 ……ん?

 いやいや、長時間労働で満足する話じゃないだろう。

 まだ、犯人を検挙するための既知の証言や証拠の確認だけなんだから。

 論点が完全に違うってば。

 大丈夫か、私。

 しっかりしろよ。

 この自問自答で、私は眠気からようやく解放された。


 昨夜の精読で私の『鼻』が感じた、事件の所見をまとめておく。

 最初に事件全体についてのことを述べておこう。

 まずは証拠や証言の報告が少なすぎることだ。

 比較的のどかな□市であることに加えて、この辺りは少々閉鎖的なムードの土地柄なので、これ以上の証言を得るのは難しいのかもしれない。また、事件が住宅街の一軒家という密室的な場所で発生していることも、証言の少なさにつながっているように思える。

 そして、鑑識の資料添付が少ないことも気になる。おそらく鑑識係や科捜研には詳細な資料が残っている可能性が高いと思われるが、捜査経過の中ではあまりにも多用されていないことが腑に落ちない。それらの資料を当たれば何か新しい事実や証拠が出てくる可能性は大きい。

 そして、これらの問題は事件発生から年月が経っていることだ。

 未解決事件のため、捜査資料や証拠物件の保管は公訴時効までは有効だろうと思われるが、それでも事務的な簡素化や物理的な保管軽量化が行われている可能性がある。それで充分に証拠として立件できるかが不安材料である。

 次に、事件の詳細な内容についてである。

 一つ目は殺人の部分だ。

 頭部挫傷の凶器が見付かっていないようだ。捜査資料には、死因の欄外に「直径十センチメートル程度の棒状のもの」との記載があるのみだった。また、死因は頭部挫傷ではなく窒息死という検視なのに、扼頸やくけい[手で首を絞めること]の痕跡についての詳しい記述が捜査資料には見当たらない。おそらく、鑑識の資料にはあるだろうが、容疑者が浮かんでこなかったために実検がされていないのであろうと推測する。

 二つ目に窃盗の部分ついてだ。

 財布の現金とか通帳とかピアスとかの記述があり、窃盗の動機としては十分かもしれないが、私の『鼻』が疼かない。

 三つ目に、事件に係っている人物についてだ。

 実際に事件に係っているのは、第一発見者で実妹の『沢村さわむら 美登里みどり』だけだ。被害者の身内で発見者ということで特別なバイアスが無い訳ではないが、捜査資料に記載されている彼女の証言に、私は少々曖昧な印象を持っている。

 隣家の『土屋つちや 恵介けいすけ』については、私が単に怪しい印象を持っただけだ。彼が事件に関与したかどうかは全くの不明だ。現時点ではそれらしい証言も証拠もない。

 この事件の人間関係は捜査資料上ではひどく稀薄で、どちらにしろ、私はこの事件の人間関係を充分に把握する必要に迫られるだろう。事件は得てして感情のもつれから発生するモノだから。

 四つ目は、犯人の進入経路のことだ。

 私の『鼻』では、庭に面した今のガラス戸からの進入ではないだろう。その外に足跡がないことから、それは明白だろう。だからこそ、この事件を複雑にしているのだが。

 他から入った形跡はなかったのだろうか?  これも鑑識の資料を参照する他はない。彼らがそこまで調べていることを祈るしかない。

 五つ目は、アリバイだ。

 捜査資料の記述に信頼性が感じられない。確かに裏付けは取ってあるようだが、なぜか私の『鼻』が納得していない。

 ……とまぁ、こんなところだろうか。


 一通りの所見をまとめたところで、私はノートPCの電源を入れた。

 昨日は使わなくてカバンに仕舞い込んだ『デジタルデバイス』を取り出した。既に黒いプラスチックのSDカードアダプターにセットされていて、差し込み口からチラリと見える白い筋が『デジタルデバイス』であることを物語っていた。

 スロットに挿入しようとした時、ノートPCがメールの着信を告げた。

「誰からだ?」

 私はメールソフトを起動して受信箱を見た。『全宇宙調査協会』からのメールが一通、届いていた。

「小林のヤツ、ご丁寧に送ってきたな」

 そうつぶやきながら、私はメールを開封した。


[以下、メールの内容]

【宛先】

大牟田 様

【差出人】

全宇宙調査協会・小林

【件名】

入金を確認しました

【本文】

大牟田 様

お世話になります。

調査代金の件ですが、昨日の九時二十四分に大牟田様からのご入金を確認しました。

ありがとうございました。

わたくし共がご提供させていただきましたデータが大牟田様にとって有益をもたらしますよう、祈念しております。

つきましては、下記のことも併せてお伝えしておきますので、よろしくお願いいたします。


[デジタルデバイスのお取り扱いについての注意事項]

一、デジタルデバイスのデータは読み出し専用で、閲覧のみでの使用に限られます。また、デジタルデバイス自体で読み出しのコントロールがされていますので、コピーは絶対に不可能であると心得てください。

二、デジタルデバイスに収められているデータの保持には有効期限があります。基本契約では『約二か月(千四百四十四時間)でデジタルデバイス自体が自動崩壊する仕様』になっていますが、案件の終結を確認した段階でこちらから自動崩壊のコマンドを送信しますのでご注意ください。

※『自動崩壊』とはデジタルデバイス自体が物質の共有結合を解いて雲散霧消することを指します。

※粒子クラウドデータは、現在の地球の科学では未到達技術であるため、国連の指示条件である「使用後は跡形も無くなる処置をすること」により、デジタルデバイスを『自動崩壊』をさせるのだとご理解ください。

三、外部から物理的な圧力(分解や破壊等)が加わった場合も自動崩壊しますので、デジタルデバイスの扱いには充分にご注意ください。


以上、よろしくお願いします。

ご不明な点があれば、全宇宙調査協会・日本窓口の小林までご連絡ください。

ご利用、ありがとうございました。


全宇宙調査協会・日本窓口  小林 直美

[以上、メールの内容]


「取り扱いなんてデジタルデバイスを手渡した時に説明してくれ」

 そう思ったが、明文化しておくことが大事なのかもしれないと私は思い直した。


 なんだかんだと手間取ったが、やっとデジタルデバイスを閲覧できる。

 私はノートPCのスロットにゆっくりと、デジタルデバイスの入ったSDカードアダプターを挿入した。ノートPCがデバイスとして認識したというウインドウが表示され、同時に音声ガイダンスが流れた。音声はどうやらチップから直接聞こえてくるようだった。

『この度は、当デジタルデバイス(シリアルナンバー・ZOKGOTN001000)をご利用いただき、誠にありがとうございます。只今よりデジタルデバイス内部のタイマーを起動、カウントを開始します。今から千四百四十四時間、当デジタルデバイスに収められたデータの閲覧を大牟田様にご提供いたします』

 音声が終わると同時に、同じ文言のウインドウも消えた。

 正直に言って、少しビビった。

 ひょっとして、このデジタルデバイスはAI搭載なのか?

 私にはその程度の知識しかなく、到底理解など出来ない。地球のテクノロジーでも解らないのに、もっと進んだ地球外テクノロジーなど思いもよらないモノだろう。

 気を確かに持ちながら、ファイル管理ソフトでデジタルデバイスの中身を閲覧する。デバイスのルートには[□市独居女性強盗殺人事件]のフォルダが一個だけある。それをダブルクリックで開くと、以下のフォルダとファイルが現れた。


¥犯行フォルダ

¥被害者ファルダ

¥加害者フォルダ

¥共犯者フォルダ

¥証拠物件フォルダ

¥証言フォルダ

¥事件要録フォルダ

〇ファースト・リード・ミー・ファイル


 フォルダとファイルが表示されたと同時に、音声ガイダンスが流れた。

『当デジタルデバイス(シリアルナンバー・ZOKGOTN001000)よりご案内申し上げます。最初に「ファースト・リード・ミー・ファイル」をダブルクリックで起動していただき、よくお読みになった上で同意をお願いします。その後、フォルダの説明および閲覧の方法をよくお読みになり、正しくデータの利用を行ってください。以上、よろしくお願いします』

 いきなりの音声に、またしてもビビってしまったよ。いちいち親切なのは嬉しいのだが、地球のPCとは違った動作をするものだから、何かしら身構えてしまう。

 私はドキドキしながら、マウスのカーソルを『ファースト・リード・ミー・ファイル』に合わせ、ダブルクリックしたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。

また、感想などを書いていただけましたら幸いです。


※五つの未解決事件は、この物語のために創作したものです。実際の事件、団体等とは一切関係ありません。

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