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SPACE-ARMCHAIR  作者: 檀敬
第三章
17/19

支払いとおさらい

宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その17

「いってらっしゃいませ」

 いつもの通りに、女房は玄関で私を見送った。

「お帰りは?」

 尋ねる女房を振り向かずに答える。

「いつも通りの予定だ」

 すかさず女房が確認する。

「定時でキッカリお帰りですね」

「あぁ、そうだ」

 私は門扉を閉めた瞬間、女房に微笑む。女房は手を振っていた。

 家を出てから二、三歩進んだ時に、ジャケットの胸ポケットを上から押さえた。そこに薄い冊子と小さな筒状の物があることを確認した。それは「銀行通帳」と「印鑑ケース」であり、私の『ヘソクリ』の通帳とその印鑑なのだ。

「延滞金なんて取られたら堪らんぜ!」

 私は歩きながら一人、毒付いた。


 私は、朝七時四十一分発のいつもの電車には乗らず、駅前の喫茶店で一時間ほどを過ごした。ゆっくりと充分に時間を掛けてコーヒーを飲んだ。

 八時四十五分を過ぎた頃、携帯電話を取り出して電話を掛けた。呼び出し音が数回鳴ってから女性の声が聞こえた。

「あ、高橋弘子巡査? 大牟田ですけど」

 私は、遅刻する旨の電話を事務方の高橋弘子巡査に入れたのだ。

「申し訳ないですが、少々遅れますので。ちょっと調べたいことがあって」

 もっともらしい嘘を付く。

「十時過ぎには登庁しますので。……えぇ。……はい。……はい。……はい。……はい。分かりました。そういうことで、えぇ、よろしくお願いします」

 私は早々に電話を切った。

「よし、これでOKっと」

 こーゆーのは早目に通話を終えた方がいいのだ。

 一杯で一時間も粘って、まだカップの底に残っている冷たいコーヒーを飲み干してから、喫茶店のレジへと向かった。喫茶店を出ると、私は駅へは向かわず、駅前にあるビルへと歩みを進めた。

「それでは、銀行へと行きますか」

 午前九時。

 私がそこに辿り着く少し前に、ビルの一階にある某銀行の支店がシャッターを開け始めたのだった。


 銀行の店内に入ってすぐに番号札を取った。番号札には「3」と書かれていた。一番だろうと思ったのだが、残念ながら待合いのベンチには既に二人の客が座っており、三番であることをしみじみと確認した。ベンチに座ってからヘソクリの通帳を胸ポケットから取り出し、パラパラとページを開く。

『五十二万三千七百六十一円』

 記帳されている一番新しい行の残高にそう印字されていた。

「あーぁ」

 私は大きな溜息をついた。

(今日、今まさにこれからだが、これがあっという間に無くなってしまうんだよなぁ)

 そう思うと、とてもつらくて寂しくて悲しい。それを少しでも減らさないようにと、請求書を渡された昨日の今日、こうして銀行に出向いて来たのだ。こうした涙ぐましい私の努力は報われるのだろうか?

 まぁ、そんな個人的感傷は横へ置いて、先程も私の思考の中で出てきた、もう一つの大事なモノ、昨日小林から受け取った請求書を仕事カバンの中から取り出した。

 宛先は『全宇宙調査協会』で、金額は『四十万五千円』となっている。振込人は『私』になっていて、しっかりとフルネームが印字されており、住所も電話番号もバッチリと記入されていた。

「奴ら、しっかりと話を聞いてるんだ。ちゃんと個人名義の振込になってるよ」

 私は妙なところで感心してしまった。

 そして、驚くべきことに全宇宙調査協会の振込指定銀行と私のヘソクリ通帳の銀行が一緒だったのだ。幸いにしてと言うべきなのか、偶然にしてはと言うべきなのか、奴らがここまで調べたのか!と言うべきなのか、その辺りのことは、私には全く見当が付かなかった。


『三、番の、番号札、をお持ちの客様、四、番の、窓口、までお越しください』

 店内のスピーカーから合成音声が流れた。私の番号を呼び出すアナウンスだ。左手に仕事カバンを持ち、右手に通帳と請求書を持って四番の窓口へと向かった。

「いらっしゃいませ」

 窓口に座る、髪が長くて若い女性が微笑んだ。

「あのぅ、この請求をですね、この通帳から支払いたいのですが」

 私は請求書と通帳を差し出した。

「拝見させていただきますね」

 受け取った窓口嬢が瞬時に理解したようだ。

「ご印鑑はお持ちでしょうか?」

 窓口嬢の言葉に、私は胸ポケットから印鑑ケースを取り出した。

「これです」

 印鑑をカウンターの上に置いた。

「はい、それでは手続きに入る前に一つだけ確認させていただきます」

 窓口嬢は再び微笑んだ。

「申し訳ありませんが、全宇宙調査協会様へのお支払いはですね、手数料は振込人様のご負担となっておりますが、それでよろしいでしょうか?」

「え、そうなんですか!」

 私はビックリした。こんなに高額だから、手数料くらいそっちで払ってくれるだろうと思っていたからだ。

「は、払わないとどうなります?」

 私の質問にニッコリ笑って答える窓口嬢。

「残念ですが、お支払いすることは出来ません」

 私は溜息をついた。

「分かりました。で、その手数料はおいくらなんですか?」

 私の問いに素早く答える窓口嬢。

「八百四十円です」

 私はホッとした。内心は予想外に高い金額かと冷や汗が出て、焦っていたのだ。

「払います、払います、それくらいなら」

「ありがとうございます。それではご請求書とお通帳、ご印鑑をお預かりします。しばらくそのままでお待ちくださいませ」

 窓口嬢は三点を持って奥に消えていった。しかし、窓口嬢は五分も経たないうちに戻ってきた。

「お待たせいたしました。まずはご印鑑をお返しします」

 私に印鑑を手渡してくれた。

「そして、こちらが領収書になります」

 請求書の一部が領収書になっていて、銀行が領収印を押して、その半券が戻ってきたのだ。

「お通帳の記載ですが、五十二万三千七百六十一円の残高から、四十万五千円のご請求金額と八百四十円の手数料を差し引きまして、残金は十一万七千九百二十一円です。ご確認をお願いします」

 通帳のページを開いて説明してくれた窓口嬢。

「どうもありがとう」

 私はそう言って、最後に通帳を受け取った。

「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」

 窓口嬢はニッコリと笑って、深々と頭を下げたのだった。


 十時少し前に、私は登庁した。

 一課の部屋に入り、パーティションで区切られた『強行犯係・継続犯担当』を通り過ぎて、事務方の高橋弘子巡査のデスクへと向かった。

「高橋巡査」

 私が声を掛けると、高橋弘子巡査はすぐに振り向いた。

「あら、大牟田警部。意外と早かったじゃないですか」

 そう言いながら、弘子巡査はいきなりその手を、私の方に伸ばしてきた。

「はい、これ」

 私は四角い紙箱を彼女に渡した。

「ありがとうございますぅ」

 ニコッと笑って箱を受け取る弘子巡査。

 わたしは登庁する途中にある、ナントカという有名なお菓子屋さんで、朝の電話の時に弘子巡査が指定したケーキを買ってきたのだ。

「上手にやっておきましたからね、大牟田警部。安心してください」

 弘子巡査は私にVサインをした。

 パーティションまで戻って中の席に座ってから、私はボソッとつぶやいた。

「二千五百円が吹っ飛んで行ったぜ。こっちの方が高い手数料だったよ」


 私はまず、ノートPCを起動した。

 それからカバンの中から、小林が渡してくれたマイクロSDカード風の『デジタルデバイス』を取り出した。

「こんなモノにねぇ、事件の何もかもを収めているとは……」

 ケースから取り出して、しげしげと見る。

 大きさは長さ十五ミリメートル×幅十一ミリメートル×厚み一ミリメートルで、裏面の先に端子が八個、右側長辺には切り欠きがある。要するに普通の「マイクロSDカード」なのだ。もちろん、見た目だけだが。

 重量はその小ささに似合わず、意外と重い感じがする。そして、真っ白な躯体を触った感じはプラスチックではない。かと言って金属のそれとも違う。全く不思議な『デジタルデバイス』なのだ。

 マイクロSDカードのままでは、ノートPCのSDカードスロットに収まらないので、小林はアダプターも付けてくれた。これはさすがに地球で売っている普通のSDカードアダプターのようだ。

 アダプターに『デジタルデバイス』をセットして、起動したノートPCに差し込もうとしたその時、私は手を止めた。

「ちょっと待てよ。このまま、このデータを閲覧してしまうと論点が見えなくなるのではないか?」

 私はそう考えたのだ。

 つまり、地球の、それも日本の、我が警察が捜査したことをしっかりと把握しておかないと、すぐにこれを閲覧してしまったら、何が何だから判らなくなる恐れがある。後でこの『デジタルデバイス』のデータを基にして検証し、証拠を揃えなければならないのだ。今の時点で何が判っているのか、それをちゃんと把握しておかなくては。

 私はデジタルデバイスを入れたアダプターを横に置き、ノートPCの中にある【□市独居女性強盗殺人事件】のデータフォルダを開けた。更に、書棚の捜査資料を取り出して、机の上に広げた。


 それでは【□市独居女性強盗殺人事件】をおさらいしよう。


【事件種類】

 殺人及び窃盗

【通報時刻】

 二〇〇X年三月某日午前十時三十五分頃

【現場住所】

 □市N町××四丁目二三六番地・戸建て二階住宅(現在は更地)

【被害者】

 三浦みうら 素乃子そのこ・三十八歳[当時]

 現場住所に一人で居住していた

【通報者】

 沢村さわむら 美登里みどり・三十六歳[当時]

 被害者の実妹(旧姓・三浦)

【事件経緯】

 被害者の妹「沢村美登里」のところへ被害者「三浦素乃子」の勤め先の会社から連絡が入った。会社からは、三日前から「三浦素乃子」が出勤していないことを告げられ、しかも本人との連絡が取れない旨を告げられた。

 心配になった妹は、事件現場の□市N町××四丁目二三六番地の戸建て二階住宅である被害者の家を訪れ、以前から所持していた玄関の合鍵にて家の中に入り、寝室のベッドの脇で頭から血を流して倒れている被害者を発見、妹は速やかに警察に通報した。

【遺体状況】

・寝室のベッドの脇で遺体を発見した。

・遺体には布団が掛けられていた。

・パジャマ姿のまま仰向けに倒れていた。

・服装に多少の乱れはあったが、下着は着けたままの状態だった。

・頭を鈍器で殴られた痕があり、多量の出血痕があった。更に掌で首を絞めた跡があった。

・死因は頭部挫傷ではなく首を絞められたことによる窒息死と断定された。

・乱暴された形跡はなく、被疑者等の体液も検出されていない。

・死亡推定時刻(遺体発見時)は、死後三日から四日が経過していると断定された。

【現場状況】

・玄関は施錠された状態だった。(妹が所持していた合鍵で開錠した)

・庭に面した居間の窓の施錠部分のガラスが切り取られていた。しかし、窓の外側の庭に足跡は無かった。更に、室内にも足跡らしい形跡は一切無かった。

・寝室と居間はタンスの引き出しが散乱していたが、それ以外の部屋は荒らされていなかった。

【証拠及び証言】

・バッグから財布が取り出され、中に現金は無く、少なくとも手元の所持金は無くなったと推定される。

・通帳も見当たらなかったが、口座から引き出された形跡はない。

・金銭や物品の紛失について、被害者の経済状況を妹が把握していなかったため、詳細は不明である。

・指紋については何点かが検出されたが、近隣の方や妹、被害者の友人で、アリバイは立証済。

・[所轄署の資料]ピアスの片方が無くなっていることが記載されているが、但し書きがあり「以前に無くしたと姉が言っていた」との妹の証言がある。

・複数の証言で、被害者は五日前の土曜日まで生存が確認されている。(近くの大型ショッピングセンターにて)

【所轄署・担当者】

 □市警察署・刑事課・木村


 捜査資料をまとめると、こんなモノだろうか。

 おっと、もう一つ忘れていた。

 私が実地で捜査した時の資料を書き足さねば。


【実地捜査】

[現場住所の隣家である【土屋つちや 恵介けいすけ・六十八歳(当時六十三歳)】について]

・年配の男性。

・事件の少し前まで民生委員を務めていた。

・殺害推定日に町内の桜花見のイベントがあり、そのイベントの実行委員の一人だった。

・前日の準備から当日の後片付け終了までイベント会場に居たという複数の目撃証言はあるが、ずっとそこに居たのかどうかの確認は取れていない。

・事件のことに対して、非常に強い「嫌悪感」を持っている。


 以上で全部かな?

 多少の不安を持ちながら、捜査資料を更に整理する。

 経緯を解り易いように、時系列でまとめてみた。


【三月X日・木曜日】

 事件発見日(妹が通報)

 被害者生存・死亡を確認

 会社出欠・欠勤のために妹に連絡する

【三月W日・水曜日(一日前)】

 被害者生存・未確認

 会社出欠・欠勤

【三月V日・火曜日(二日前)】

 被害者生存・未確認

 会社出欠・欠勤

【三月U日月曜日(三日前)】

 死亡推定日

 被害者生存・未確認

 会社出欠・欠勤

【三月T日・日曜日(四日前)】

 死亡推定日

 被害者生存・未確認

 会社出欠・休日

 近隣行事のイベント開催日

【三月S日・土曜日(五日前)】

 被害者生存・ショッピングセンターで確認(証言有り)

 会社出欠・休日


 こんなところだろうか。

 これだけでも、ちょっと見えてきているモノがある。

 私の『鼻』がクンクンと匂っている。

 整理してみたこの時系列の表からどう考えてみても、犯行は日曜日の夜から月曜日の朝方だろう。そうなると、土屋のアリバイが崩れてくる。というか、アリバイがない状態になってくるのだが。

 それから、犯人の「侵入経路」が明確になっていないことも引っ掛かる。初動捜査の時点で充分な捜査を行っていないのではないのか? この捜査資料から勘案すると、何か重大な見落としがそこにはあるような気がしてならない。

 おまけに、強盗と言いながら被害金額が少額で明らかになっていないことにも気になる。本当に金銭目当てで押し入ったのだろうか? 怨恨が原因の犯行とも言い切れない。得てして犯人が強盗を偽装する場合も充分に考えられるのだ。

 うーむ。

 これはひょっとして。まさかとは思うのだが。どうやら、捜査するこちら側の「見落とし」がかなり有るのではないのか? 私はそんなような気がしてきた。

 ただ。

 ただ残念なことに、もう一度調べることが出来ない事柄が多すぎる。時間が経ち過ぎた。そして、人々もこのことを忘れ掛けていた。今となってはもう「初動捜査」なんて行える訳がない。行えるはずもないのだ。だいたい、既に現場は「更地」なのだから。

 せめて。

 せめて、所轄署と本庁の鑑識や科捜研にまだ処分されていない、この事件に関する証拠や資料が残っていることを、私は祈らないではいられなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。

また、感想などを書いていただけましたら幸いです。


※五つの未解決事件は、この物語のために創作したものです。実際の事件、団体等とは一切関係ありません。

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