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SPACE-ARMCHAIR  作者: 檀敬
第三章
15/19

逡巡のない決断

宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その15

「あの寒暖差では、誰だって風邪をひくさ」

 私は詳細見積書をしげしげと眺めながら、詳細見積書の内容よりも、赤道直下以上の暑さと日本の真冬の寒さが木製扉一枚を隔てただけで体感できたことをしみじみと思い出していた。

 おまけに、あの時点で子ども達からのインフルエンザに感染していたのだろう、容赦なく一瞬にしてインフルエンザウイルスが寒暖差でノックダウンした身体を蝕んでしまった。

 その後の一週間は布団の中でずーっとうなされ続け、昨日になってやっと起きられようになったのだ。もちろん、インフルエンザの特効薬は飲んださ。それが全然、効かなかったんだよねぇ。あのサマーオフィスに異星のインフルエンザ様病原体が居たんじゃないかと思った程だ。

 だから、この詳細見積書についてあれこれと検討できる状態ではなく、そんな心の余裕など、どこにもなかった。そのおかげで、二週間という余裕があった詳細見積書の有効期限が残り三日間となってしまった。

 私はパーティションに囲まれた中でゴホゴホと咳が出る口をマスクで覆い、ジーッと詳細見積書を眺めて思いを巡らせていた。


「うーむ……ゴホゴホ、ゴホゴホ」

 私は咳払いをしながら唸っていた。具合が悪い訳じゃない。

 詳細見積書をジックリと見てどう思案してみても、銭の出所でどころが思い浮かばないのだ。

 一番最初に思い当たったのは庶務係なのだが、その庶務係のところへ行っても以前と同様に、罵倒されて断られることにほぼ間違いはないだろう。以前に全宇宙調査協会へ行った時の往復電車賃の四百二十円でさえ、庶務係はひどく嫌な顔をしたのだ。ましてや、最低金額で四十万円という金額を「調査費」として認めろなど言えば「認めろ」の「み」の字で「お断り!」と門前払いを食らうだろう。私の自作自演的な演出が多少はあるが、庶務係の対応はこうであろうことはほぼ間違いない。

 これの他に仕事関連で金銭の融通をしてくれるようなところがない訳ではないが、あまり素性がよろしくない。今回の税込金額二百二十二万五千円の「調査費用」を供出させて、それを脅しの材料にされて私の足許をすくわれても困るからだ。

 それに、私は公権力を持つ警察の人間であるし、また警察の仕事は公務で公共だ。だから、グレーな金銭の授受は避けねばならない。キッチリと区分しておかなければならないのだ。もっとも、この「調査費用」を払う先の『全宇宙調査協会』自体が一番グレーのような気がしないでもないのだが。


「取り敢えず、アポだけでも」

 私は銭の算段は後回しにして、先にWEBサイトから全宇宙調査協会への相談予約を入れることにした。ノートPCを起動して、手慣れた手つきで全宇宙調査協会のサイトを開く。そして予約フォームがあるページを開いた。

「えーっと、名前は『大牟田』で、件名は『発注について』と。メールアドレスは……」

 左右の人差し指一本ずつで器用にタイプしていく。

『全宇宙調査協会様。お世話になります。先日は見積の相談をありがとうございました。つきましては、発注についてご相談したいので、予約をお願いします。明日の十時にそちら様の事務所でどうでしょうか? 返信をお待ちしています。何卒、よろしくお願いします』

「っと。これでいいかな」

 私は一通り見直してから、送信ボタンをクリックした。それと同時に、ノートPCのメールソフトが、私宛にメールが届いたことを知らせた。

「うん? エラーだったか?」

 そう思いながらメールソフトを開くと、全宇宙調査協会から返信が来ていたのだ。

 件名は『Re:発注について』と書かれており、内容は以下の通りだった。

『大牟田警部殿。お世話になっております。ご発注の相談を承りました。明日の十時にわたくし共の事務所でお待ち申し上げます。よろしくお願い致します。小林』

 メールを読んで、私は思わず叫んでしまった。

「小林のヤツ、無茶苦茶に返信が早いな!」


「予約を取ったはいいが、ゲホゲホ」

 またしても私は咳払いをしながら唸っていた。もう一度言うが、具合が悪い訳じゃない。

もう、残りは『銭の算段』だけだからだ。

「あぁ、困った、困った、ゴホゴホ」

 咳き込みながら、見積書を見て云々と悩む。

「とにかく、捜査する事件の数が五件から三件に減ったのはありがたい」

 その点では、私はホッと胸を撫で下ろした。政府おかみが犯人を捕まえなくていいとお墨付きをくれたのだ。しかも、タダでその情報を手に入れたのだ。これはラッキーだったとしか言いようがない。

 だが。

「残りは三件だが、それでも三件合計の調査費用は税込で二百二十二万五千円だ」

 その金額に気が滅入る。

「小型自動車の価格だよ、それも安い部類の車だよ」 

 私の口が勝手に喋った。

「これだけあっても子ども達の進学には足りない……かな?」

 私は複雑な想いだった。

「銭だよ、銭なぁ」

 静かにつぶやく。

 ぼんやりと見積書を見つめる。

 そして、見積書を机の上に静かに置いた。

 改めて詳細見積書をシッカリと見る。

「三つは無理だな、やっぱり」

 ボソリとつぶやく。

「高いのは無理だな、やっぱり」

 声のトーンが低くなる。

「そうなると決まっちゃうよなぁ」

 私は詳細見積書の【一】の項目しか見てなかった。

「はぁー」

 私は深い溜息をついた。

「行きつくところは……」

 自分の掌をしみじみと見た。

「やっぱり『ポケットマネー』かぁ」

 私は財布から一枚のキャッシュカードを取り出して、それをマジマジと見つめた。

「私のへそくりが……」


 私の心は決まっていた。

 私の出来る範囲でしかやるしかないのだ。

 だから、こんな風にダラダラと、そしてうだうだと考え込む必要はなかった。

 だけども、考えてみたかったのだ。

 最後の足掻きともいうが。

 そうでもしないと収まらなかった。

 そうしないと格好が付かなかった。

 ただそれだけのことだ。

 ちくせう。


 ちくせう。

 そう思ったら、同期で根性のひん曲がった菊池の顔が私の脳裏に浮かんだ。

 そうだ。

 ヤツとの差を縮めなければ。

 追い越さなくてもいい。

 少なくとも並んでいたい。

 ヤツとの位置関係においては。


 私は振り返って、パーティションに中に掲げてあるホワイトボードに『明日の十時・全宇宙調査協会』と書き込んだ。それも勢いよく、そして力強く。

「よし、これでOKだ!」

 私は、自分自身に気合を入れた。そして、少しだけ自信を回復した。この見積の発注に関して『逡巡のない決断』が出来たことに。

お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。

また、感想などを書いていただけましたら幸いです。


※五つの未解決事件は、この物語のために創作したものです。実際の事件、団体等とは一切関係ありません。

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