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SPACE-ARMCHAIR  作者: 檀敬
第三章
14/19

流行性感冒発症

宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その14

「大牟田警部、大丈夫ですかぁ?」

 マスクを外して鼻をかむ私の後ろから、捜査一課のアイドルと呼ばれている事務方の高橋弘子巡査が声を掛けてきた。弘子巡査はしっかりとマスクをしていて目からしか表情が読み取れなかった。

「まぁ、何とかね。まだ症状の方がひどくてな」

 そう言った後、私は慌ててマスクをつけてゴホゴホと咳をした。

「本当に治ったんですかぁ? もっと休んでいてもらっても全然構わないんですけどねぇ、大牟田警部の場合なら」

 眉毛をハの字にして可愛く困った顔をしながら、さりげなくキツい嫌味を口にする弘子巡査を、私はジロリと睨んだ。

「早く診断書を提出してください、大牟田警部! 月末の勤務報告書の期限が迫ってますから!」

 私が睨んだせいなのか、顔は笑顔だが言葉使いが荒い弘子巡査。私は、ジャケットの内ポケットから一枚の紙切れを取り出し、弘子巡査に差し出した。

「へーぃ、へい。これが診断書だ」

 弘子巡査は、その紙切れの端をまるで汚いモノを持つように親指と人差し指でつまんだ。

「汚いモンじゃないってーの!」

 私はそう言うと、弘子巡査は眉間にシワを寄せた。

「うつされちゃ困りますもん」

 そして、弘子巡査はもう片方の親指と人差し指で紙切れのもう一方をつまんで開き、紙切れに書かれた内容を確認した。

「はい、インフルエンザと確認しました。えーっと、大牟田警部は昨日までの十日間は出停扱いとなります。それでは今日からお仕事を頑張ってくださぃ……」

 弘子巡査は言い終らないうちに、私から遠ざかり始めていた。

「まったくぅ……」

 私は呆れながら、パーティションの中の椅子にドカッと腰を下ろした。そして、診断書を出した反対側の上着の内ポケットからもう一つの紙切れを取り出した。それを広げ見て、私は深い溜息をついた。その紙切れにはこう書かれていた。


【詳細見積書】

警視庁刑事部捜査一課強行犯係継続犯担当係長

大牟田警部 殿


 以下のお見積のご検討をよろしくお願いいたします。


一、【□市独居女性強盗殺人事件】

   ○ 見積金額・四十万円

   [明細]

   § 調査費用・十万円

   § 協定違約金・二十万円(十万円×2)

   § 事務費用・十万円(十万円×1)


二、【○市女子高生殺害事件】

   ○ 見積金額・八十万円

   [明細]

   § 調査費用・二十万円(十万円×二名)

   § 協定違約金・四十万円(二十万円×2)

   § 事務費用・二十万円(二十万円×1)


三、【△市タクシー強盗殺人事件】

   ○ 見積金額・百万円

   [明細]

   § 調査費用・二十万円(十万円×二件)

   § 協定違約金・六十万円(四十万円+二十万円)

     [内訳・一]直接協定違約金・四十万円(二十万円×2)

     [内訳・二]間接協定違約金・二十万円(二十万円×1)

   § 事務費用・二十万円(二十万円×1)


四、【◇市老夫婦放火殺人事件】

   ○ 以下の理由により調査不可

   [理由]

   ・『不可侵調査協定項目』に該当


五、【○○湖バラバラ死体遺棄事件】

   ○ 以下の理由により調査不可

   [理由]

   ・『不可侵調査協定項目』に該当


○ お取引条件

  ・納品方法:デジタルデバイスによるお引渡し

  ・見積書の有効期限:発行日より二週間(地球時間)

  ・お支払方法:銀行振込(納品時に銀行口座をご連絡します)

  ・お支払期限:納品日より一週間以内(地球時間)


※ 案件別での御発注も承ります。


全宇宙調査協会・おとめ座超銀河団方面・局部銀河群支店・銀河営業所・オリオン腕出張所・太陽系地球駐在所・日本窓口

探偵調査官・中村 誠

探偵秘書官・小林 直美


「ほぅ、小林も名前を連ねているじゃないか」

 十日前にもらったこの見積書を、私は改めて精査して気が付いた。

「小林もちゃんと責任を持ってやってるってことか」

 私はニヤリとしたが、その後にまた溜息が出た。

「小林の説明、終盤が大変だったんだよ、まったく」

 私は見積書を見ながら、十日前の様子を思い出していた。


「IPCOにはおそらく、億単位の協定違約金が必要かと。更にその先の関係国の事情もありますしね」

 笑いながらの小林の言葉に、私は身震いがした。一瞬、サマーオフィスに強い冷風が吹いた気がした。

「よかったですねぇ、【○○湖バラバラ死体遺棄事件】の加害者を検挙しなくていいって判っただけでも。しかも『タダ』で」

 マジで笑顔の絶えない小林の言質はものすごい嫌味としてしか、私には響いてこなかった。

「【老夫婦放火殺人事件】もねぇ、六人も加害者が係ってて、そのうちの一人が今は大物政治家なんですよねぇ。困ったもんですよねぇ」

 尋ねてもいないのに事件の詳細をペラペラと喋る小林。おいおい、さっきの協定書に『不可侵調査協定項目に該当する案件は、一切の情報を外部に提示してはならない』と書いてあったんじゃないのかよ!とツッコミたかったが、私はあえて黙って聞いていた。

「という訳で、大牟田さんが解決しなければならない『未解決事件』は五件から三件になりました。金額も格段にお安くなりましたしね。是非、三件全てをご発注いただけるとありがたいんですが」

 小林は流し目で私を見つめてきた。

「こちらも予算が限られていましてね。何しろ、今年度に発足した新部署なので実績がまだないですし」

 私も媚びた目で小林を見つめた。

「そうですか。それでは残念ですねぇ。でも、まぁ、案件別でのご発注も承りますので、ご安心くださいませ」

 アッケラカンと小林は答えた。その答えに対して私は、小林に苦い顔を向けていた。

「それでは、事務手続き上の注意事項を申し上げます」

 小林は、私を無視してビジネスライクな表情で淡々と注意事項の説明を始めた。

「この詳細御見積書はプリントアウトして、後ほどお渡しします。この詳細御見積書の有効期限は地球時間で今日より二週間、その間にご返事をいただければこのお値段でのご契約となります。有効期限を過ぎた場合は再見積となります。再見積にあたりまして、基本的に先延ばしにすればするほど、クラウドデータからの発掘が大変になりますので、金額は上昇するとお考えください」

 無表情な小林が言葉を続ける。

「納品はデジタルデバイスでお引渡しをします。これについての詳細は、契約が成立した後にご説明します」

 ほぼ棒読みの小林だった。

「続きましてお支払関係ですが、納品時に請求書をお渡しします。そこに代金の振込先を、某銀行の普通口座なのですが、それを記載させていただきますので、納品後、地球時間で一週間以内にお振込をお願いします」

 ここで、小林は私を睨んだ。

「一週間以内に振込がない場合、延滞金が発生しますのでご注意ください。法外な延滞金ではありませんがそれ相応の掛け率ですので、期間内の迅速なお振込をお願いします。また、地球時間で納品後一か月の間にお振込が確認できない場合には、申し訳ありませんが局部銀河群の『宇宙警察』によって身柄を拘束され、おそらく地球人の寿命では二度と地球には戻って来れないと思われますので、くれぐれもお気を付けくださいませ」

 小林の言葉に身震いした私だった。ここはサマーオフィスで暑いはずなのに。

「以上で注意事項の説明は終わりますが、最後に一点だけ申し上げておきます。三つ全ての案件をご発注いただくのが本意ではございますが、三件の個別の案件でもご発注を承りますので、何卒ご発注をよろしくお願いします」

 小林はニッコリと笑ってお辞儀をした。

「充分に検討させていただきます」

 私はそう言うに留めた。だが、小林は私の言葉を受け流しながら、詳細御見積書を三つ折にして私に差し出した。

「警視庁捜査一課の『強行犯係・継続犯担当』での充分なご検討をよろしくお願いします」

 私は手渡された紙切れを持って立ち上がり、事務所のドアを開けようとした。その時、小林の声がチラッと聞こえた。

「あ。大牟田さん、待っ……」

 しかし、私はそれを無視してドアから出た。

「ひぃーっくしょん!」

 思い切りくしゃみが出て、鼻水が飛散した。

 事務所の外は、木枯らしが吹き荒ぶ日本の真冬だった。そんな寒い中へと私は、ヒートウォームの長袖Tシャツの袖を二の腕まで捲くり上げ、少々くたびれている黒のボクサーパンツという姿で飛び出してしまったのだ。

 少し開いたドアから、小林が私の様子を伺う。

「だから、ご注意して差し上げようと思ったのに……」

 そう言って、小林は事務所の中へと招き入れてくれた。事務所の中へ入るとそこは、ヒートウォームの長袖Tシャツとボクサーパンツの姿でも汗が噴き出てくる暑さだった。

 私は汗をダラダラとかきながら、ワイシャツを着てズボンを穿いて上着を着て、事務所の外へ出た。すぐにコートを着たのだが、背中の汗がすぐに冷たくなり、襟や袖口から冷たい空気が容赦なく私の身体を冷却し始めたのだった。

「ひぃーっくしょん、ひぃーっくしょん!」

 くしゃみが止まらず、咳も出て、鼻水は流れっ放しだった。そして、家に帰り着く頃には悪寒も酷くなり、震えが止まらなかった。

「お帰りなさい、あなた。……あら? 熱があるみたいね、顔が真っ赤よ。え? 身体の節々が痛い? ひょっとしてあなたもインフルエンザなの? まったく困った人達だわねぇ」

 出迎えてくれた女房は、そう言って溜息をついた。それもそのはずだ。二女と三女、そして次男もインフルエンザで寝込んでいたのだから。

お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。

また、感想などを書いていただけましたら幸いです。


※五つの未解決事件は、この物語のために創作したものです。実際の事件、団体等とは一切関係ありません。

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