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SPACE-ARMCHAIR  作者: 檀敬
第二章
11/19

からくりの詳細・その壱

宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その11

「詳しくご説明しましょう」

 小林はセンターテーブルのディスプレイに新しい画像を表示した。

「正確に記するならば、監視衛星はL4とL5だけではなくて、L2の『太陽系地球駐在所』にも監視機能がありまして、その三カ所から地球に対して粒子観測を行っています。しかし、L2は月の外側ですので直接的に地球を観測することは出来ませんが、月を透過する粒子群に対する貴重な観測を行える点で有効なのです。特にニュートリノやヒッグスとかの粒子に対してですけれども」

「なるほど」

 小林の説明に私はうなずく。しかし、やっぱり私にとっては難しい。だが、本題はそこじゃないので軽く右から左へ受け流すことにしたのだ。

 そのことを知っているのかどうかは判らないが、小林は説明を続けた。

「ですが、そんな難しいことを観測している訳ではありません。ただ粒子の振る舞いを記録しているだけなのです。ある一瞬に、どんな粒子がどの位置でどんなエネルギーを持ってスピンしていたかを観測レンジに収まっている全ての粒子に対してこれを記録している、それだけのことです」

「ふむ」と意味有り気に相槌を打つ私。全然解ってはいないけれど。

「クラシックな量子論クォンタムで言いますと『収束した後』なので、何の問題もありません。ハッキリ言えば『公共の記録』と言うべきものですね」

 この部分は私にも理解できた。

「シュレーディンガーの箱を開けた状態だということですね。そして、その情報は誰にでも自由に利用できると全宇宙では、とりわけおとめ座超銀河団ではそう規定されているって訳だ。しかし、それは記録を収集する直前までのことで、情報を収集した所有者が収集した時の情報については権益が発生すると、そう言いたいのだな」

 そう言って私は小林にニヤリとした。小林も私をニヤリと見返した。

「その点はよくお解りのようですね。さすがは警部さん、法律的解釈はお得意のようですわね」

「まぁね」

 私は少しだけ己惚れた。

「我々が収集した情報、わたくし共は『クラウドデータ』と呼んでいますが、それを目的に合わせてピックアップし再構築させることによって、ある瞬間のみを構成した場合には『画像』になりますし、一定時間の行為を構成した場合には『動画』になりますが、それぞれが案件の『真実の観察が出来る』ということになります。こうしたカタチでわたくし共はクライアントに納品しております」

「なるほど」

 私は小林のこの説明を軽く受け流した。

「それはあらゆる角度からの再現が可能ですし、輪郭ではないですね、表皮的な視点だけではなく、その目的の人物はもちろん、それに相対する人物からの視点でも、また目でない部分からでも再現は出来ます」

「それは素晴らしいですね。被疑者側の視線でモノを見ることが出来て、被害者側の視点でも語れるのですね。それは素晴らしいですなぁ」

 私の受け応えに、小林がため息をつく。

「ですが、一つだけ、どうしても避けられない欠点があります」

 小林が目を伏せる。

「ほう、欠点があると」

 私は身を乗り出した。

「その欠点とは、その人物、いや、押し並べて生命体といった方がいいでしょう、『その生命体がその時に何を考えていたか、その時はどう思ったのか』ということまでは記録されていないのです」

 小林が淡々と述べた。

「つまり、ある殺人事件で犯人は人を殺した。この記録からの再構築で、確かに犯人は人を殺したという真実は暴けても、その瞬間に犯人に殺意があったかどうかまでは判らないと。そういうことですか?」

 私の質問返しに、小林は素直にうなずいた。

「まさにその通りです。ですから、わたくし共の宣伝コピーは『地球上で起きた全ての出来事の真実を明らかにすることが出来る』という手癖の付いた言い回しになっているのです」

「うーむ」

 私は唸った。

「もちろん、殺人という記録だけではなく、その前後も全て記録していますので、十二分に犯罪を立証すること出来ます」

「そこは日本の捜査でも変わらないですな」

 私は小林の言葉に安堵した。

「地球の一部のカルト集団では『幽子』や『霊子』などと語られて研究されているようですけれども、我々が追及しているモノとは少々違っているみたいですね。今現在、おとめ座超銀河団の科学力を結集して、感情や気持を発現する『現象』の解明に全力を上げているところなのです!」

 小林は左手を握り締め、宙を見つめて力強く語った。

「それでですねぇ、そのぉ、小林さん。私の五つの事件のことについてなんですが……」

 私はおずおずと話題を切り替えた。

 ハッキリ言って、全宇宙調査協会がどんな方法で地球の真実を取得しているかなんていうことはどうでもよかった。だいたい、小林が説明してくれたことの半分も理解なんて出来ていないのだから。

 そもそも、ここに来た目的は、私の担当する五つの事件を解決するためなのだ。事件を解決して出世して給料を上げたいのだ。しかる後に『強行犯係・継続犯担当』に部下を配属してもらい、私がその係長として、また未解決事件のエキスパートとして名を馳せたいのだ。

 だが、私の言葉で小林の勢いは一気にトーンダウンした。

「あ、そうですね。そうでしたわね」

 ひどく落胆してトーンの低い小林の声が、暑苦しいオフィスに重く伸し掛かるように響いた。

「こんなチンケな事件であたくしの手を煩わせなければならな……あ、あら! あたくしったらなんてことを。大牟田さん、気を悪くしたら謝ります。ごめんなさい」

 そう言って顔を赤らめた小林は、コックリと頭を下げた。

「あ、いえ、そんな。あは、あはははは!」

 あえて笑って誤魔化した私だったけれども、心の中はグツグツと煮え返っていたのだ。おそらく、私の顔は相当に引きつっていたことだろう。その証拠に、小林が本当に小声でつぶやいたことを私は聞き逃さなかったからだ。

「あぁ、やっぱり、怒ってらっしゃるわぁ」

 だが、私はそんな小さなことを問題にはしない。

 広大な宇宙の真理から言えば、私が担当してる事件なんて取るに足らないことは確かだろう。たかだか百年しか生きられない「人間」という生命体の寿命が更に短くなっただけのことなのだから。中村や小林が語っている話だと、千年や一万年という単位で話をしていることからも、宇宙の出来事からしてみれば、小林の言う通りに「チンケなこと」には違いないだろう。

 まぁ、今こうして開き直る私も、先程までは「事件を解決して出世したい」とか「未解決事件のエキスパートになりたい」だとかと小賢しいことを考えていたのだが。

「小林さん、話を先に進めてください」

 私は毅然として小林に告げた。小林も私の表情や言葉を見て聞いて直ぐに、元のビジネスライクな探偵秘書官に戻った。

「失礼いたしました。コホン。えーっと、ここまでご説明させていただきましたのが、わたくし共の『全宇宙調査協会』における基本的調査方法でございます。従いまして、先にご提示させていただきました【案件別・調査金額の内訳一覧】※1の詳細見積書に記載されている『調査費用』は、この地球粒子観測情報のクラウドデータからその目的に応じた『真実』を再構築するための費用ということになります。この金額に多寡が存在する理由は、その案件に対する『真実』を構築する難易度の違いと、その案件が必要とする『真実』の数量の差であると、ご理解していただきたいと思っております」

 ここで、小林は深々と頭を下げた。

「なるほど。確かに私も、実地捜査をした印象ではこの金額の比率で『事件の難解さ』を感じましたから、充分に納得できますね」

 私の言葉に、再び頭を下げる小林。

「ご理解していただきまして、ありがとうございます」

 頭を上げた小林が、更に言葉を続けた。

「それでは引き続きまして、もう一つの項目である『協定違約金及び事務費用』と、不可侵調査協定事項の取り扱いについてご説明させていただきます」

 小林の案内に、今までに聞いたことのない言葉があった。

「また、解らない言葉が出てきましたよ。不可侵調査協定項目というのは何ですか?」

 私は率直に問い返した。

「はい。その点も全て、ちゃんとご説明させていただきますわ」

 小林は、私に向けて優しい笑みを湛えていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。

また、感想などを書いていただけましたら幸いです。


※五つの未解決事件は、この物語のために創作したものです。実際の事件、団体等とは一切関係ありません。


※1『仕掛けられた見積書』の部を参照のこと

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