探偵調査官の退場
宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その10
「五件の未解決事件、それぞれの犯人を知っているんだな?」
私の恫喝的な質問に、中村と小林の回答はあっけらかんと明確だった。
「判っていますけど」
その回答が悔し過ぎて、私の心にはもはや何の感情も沸き上がって来なかった。
「我々の宣伝文句には一切の偽りはありませんから」
満面の笑みで答える中村の割腹のよい顔には自信が満ち溢れていた。
「当然のことながら、それは『守秘義務』ですし」
小林の、金縁眼鏡の奥にあるとび色の瞳が綺羅星の如く輝いていた。
「仕方がありません。本来ならクライアントにここまでの言及はしないのですが、大牟田さんは何と言っても警視庁捜査一課の警部さんだ、納得していただけるように充分な説明をさせていただきますよ」
中村はスキンヘッドの頭を私に向けて下げた。それは会釈程度だったが。そして、小林に指示を出した。
「それじゃあ、打ち合わせの通りに」
「はい」
小林は返事をしながらゆっくりと頷いた。そして、センターテーブルのコンソールを操作しようとした時だった。
『ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……』
中村の執務机の方から、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。中村は慌ててラタンのソファから立ち上がって執務机に駆け寄り、机上に置いてあった目覚まし時計のスイッチを押してアラーム音を止めた。
「もう、そんな時間ですか?」
小林は中村を見て尋ねた。
「あぁ、そうだ。『サマータイム』のことで時間を取られたらしい」
そう言いながら、中村は身支度を始めた。
「ど、どうしたんですか? な、何かがあるんですか?」
私はおずおずと小林に訊いた。すると執務机にいる中村が直接に応えた。
「いやぁ、申し訳ない。実は僕、これから休暇なんですよね」
そう言いながら、嬉しそうに中村はスーツケースに何かを押し込んでいた。そして、いつの間にやら中村の服装が変わり、黒のタキシードに蝶ネクタイ、そして黒のボーラーハットを被っていた。
「うちの女房がね、どうしてもバカンスに連れて行けってうるさくて。大牟田さん、貴殿もそんな事情は充分にお解かりでしょう?」
中村は妙にニヤけて、私に同意を求めてきた。
「あ、はい。いえいえ、そのぅ、まぁ、そうですねぇ」
私は、プライベートな質問にひどく躊躇して、曖昧な返事をした。
「これから……えーっと、地球の天球図でいいますと、おとめ座銀河団のM87銀河にある自宅に戻ってから女房と娘を連れて、エリダヌス座銀河群にある、極低温恒星系に存在する『秘湯中の秘湯温泉』とかいう惑星に行くんですよ、えぇ」
中村の説明に小林が反応する。
「えぇっ! 地球時間でいうと一万年先まで予約でいっぱいだと言われている、今、おとめ座超銀河団で超人気のリゾートスポットじゃないですか! よく、予約が取れましたねぇ」
小林の顔には、驚きの表情と共に羨ましそうな表情が混在していた。
「五千年前に女房がこっそり予約していたらしいのです。そのこと自体には驚かなかったのだけれど、僕はその料金の方に目玉が飛び出るほど驚きましたよ」
中村の答えに、小林がうふふと笑う。
「中村探偵、実体では既に目玉は飛び出していらっしゃるではありませんか?」
「あ、そうだった。こりゃ、直美君に一本取られたな、がはははは」
豪快に笑うタキシード姿の中村をマジマジと見ながら、私は「このヒトの実際の姿って目が飛び出ているのか?」と想像したが、それは無駄な努力だった。
「それでは大牟田さん、申し訳ないですけど僕は失礼いたしますよ」
中村が私に暇乞いをした。
私は慌てて中村を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 探偵の中村さんが居ないと話にならないではありませんか? 探偵の口から説明を聞かないと、っていうか、聞きたいんですけど」
左手におおきなスーツケースを軽々と持った中村は、右手の人差指を立ててこう言った。
「大丈夫ですよ。直美君はおとめ座超銀河団ではもっとも優秀な探偵秘書官ですから。それに直美君は二級調査士の資格も持っている。我々の基準から言えば、あなたの抱えている五つの事件のレベルはそれで充分ですしね。大船に乗ったつもりでドーンと構えていてくださいよ。キッチリと解決してみせます!」
中村が立てた右手の人差指は引っ込められ、今度は親指が真上に突き出されてグッジョブサインに変わっていた。
「それじゃあ、直美君、後はよろしく」
中村は小林を見た。
「はい、お任せくださいませ」
小林は中村に会釈をした。
「それでは大牟田さん、ご機嫌よろしゅう」
「え、あの、ちょ……」
私が何か言う前に、中村の姿は段々と薄れて、最後には消え失せてしまった。
「あの、その、えっと」
私が中村の居たところを指差しながら言葉にならぬ言葉を発していると、小林はセンターテーブルのコンソールに視線を落としたまま説明してくれた。
「転送装置ですよ。中村探偵は、地球でいうところの『ラグランジュ・ポイント・2』にある『太陽系地球駐在所』に瞬間移動されました。そこから先の『オリオン腕出張所』へとテレポートされると思いますが」
小林の説明に、私は大きな溜息をついた。私の様子に小林は伏せていた視線を上げた。
「大丈夫ですわ、ご心配は不用かと。わたくし、小林直美は、これでも過去十万年の地球勤務でミスをしたことは一度もありませんの」
そう言って、私を見詰めて不敵に笑う小林だった。
「それでは我々全宇宙調査協会の、地球での調査方法をご説明いたします」
小林はセンターテーブルのコンソールを操作して、地球を映し出し、その周りを回る月と二つの小さな白い点も映し出した。
「大牟田さんは、我々のWEBサイトのご説明はお読みになりました?」
「えぇ、嫌と言うほど」
小林の質問に、私は映し出されている映像に視線を落としたまま答えた。
「地球時間の一億年前からご覧いただいている画像の、この白い二つの点に、この位置はラグランジュ・ポイントの4と5なんですが、そこに監視衛星を置いて、地球から発せられる全ての粒子の情報を余すところなく記録しているのです。ですから、大牟田さんが担当する五件の事件の犯行経過と犯罪経緯を時系列で記録してありますし、また犯人に関する全ての情報も記録してあるのです。お解かりいただけましたでしょうか?」
小林がサラリと説明する。だが、私にはサッパリ理解出来なかった。
「あ、あのう、もう一度ですね、詳しく、くわぁーしく、説明してくれませんか?」
私の懇願する言葉に、小林の口元が緩んだ。
「あは。やっぱり!」
小林の言葉で、私は見透かされていたことに赤面した。
「大丈夫ですよ。次の説明も用意してありますから」
そう言って、小林はコンソールを操作したのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。
また、感想などを書いていただけましたら幸いです。
※五つの未解決事件は、この物語のために創作したものです。実際の事件、団体等とは一切関係ありません。