待ち受けられた訪問
宇宙探偵シリーズ・第一弾 【おっさん探偵と美人秘書のパターン】その1
私は半信半疑だった。
どう考えても胡散臭かったからだ。しかし、私には心の余裕が無かった。だから、こんな所までノコノコとやって来てしまったのだ。
都心部から少し離れた某市の私鉄駅、その西口正面の細い路地から入った三つ目のビル。エレベータもない雑居ビルの五階の薄暗い廊下にいる。目の前にある、すりガラスがはめ込まれた古臭い木製の扉には、少し黄ばんだA4上質紙に太い明朝体で印刷された表札がセロハンテープで丁寧に留められていた。そこにはこう書かれてる。
『全宇宙調査協会・地球駐在事務所・日本窓口』
釣りではなかった。サイトの案内通りだった。本当に存在したんだ。
いやいや、待て。
この程度は序の口だ。悪戯にしても手が込んでいるなどとはまだ言えない。ここから先が問題なのだ。果たしてサイトに記された情報の通りか、それとも性質の悪い悪戯か。
私はサイト情報をプリントアウトした紙を無造作にポケットに突っ込み、ネクタイを締め直しコートの襟を正してからドアをノックした。
「は~い」
中から女性の明るい声がして、すりガラスがガタガタと音を立てながら木製の扉が開いた。扉を開けてくれたのはうら若き美しい女性だった。その女性はいきなり私にこう告げたのだ。
「大牟田様ですね? どうぞ、お入りくださいませ」
その女性は大きく扉を開けてから右手で私を案内したのだが、私はそこで身を固くしていた。
「何だって!」
私は女性の言葉にビックリしていたのだ。
確かに私はサイトを閲覧した、何回も何回も。それはサイトの内容を一字一句憶えてしまう程に。そして、そのサイトには確かに予約申し込みのページはあった。しかし、そこに書き込んで送信した記憶は全く無い。そもそも、こんな所に予約を入れようなんて考えてもいなかったのに。それなのに、私の名前を知っているとは。一体どういうことなんだ?
「予約なんかしていないぞ! だいたい、どうして私の名前を知っている?」
私は脅しがかった声で女性に喰い付いた。だが、女性はニコリと笑って静かに答えた。
「私どもは調べるのが仕事ですからね。うふ」
そんな言葉で私を納得させようと思っているのか?
そうはいくものか!
悪戯にしては少々悪質な方だ。しかも個人情報まで探るとは。
憤る私に、満面の笑みの女性は続けてこう言った。
「立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
狐につままれた思いで釈然としない私は、入室を促す女性に不信感を募らせながら虚勢を張りつつ、だが身動きは実に挙動不審でオドオドしながら恐る恐る部屋の中へと入った。
「こちらにお掛けください」
部屋に入った私を、左側に置かれたライトブラウンの応接セットの三人掛けソファに座るようにと女性はすすめた。
「どうも」
私はすすめられるままに、座り心地が良過ぎるムートンのソファに腰掛けた。
室内は書棚や執務机、テーブルやチェアなどは全て木製の調度品で、アーリーアメリカンスタイルのデコラティブな様式で造作されていて一見派手に思われたが、色調が落ち着いたミディアムブラウンで統一されていたので落ち着ける雰囲気だった。応接セット正面には大きな執務机があり、そこには恰幅のいい禿げた男が一人、執務机を背にしてアームチェアに座ったまま窓から外を眺めていた。
しかし、部屋の右手側は全く雰囲気が違っていた。確かにそこにも机があって色はミディアムブラウンなのだが、机というよりも機械の操作調整卓のように机の表面にはたくさんのスイッチが並び、更にキーボードが埋め込まれていて、机の周りには幾つものディスプレイが天井からのアームで吊るされていた。ディスプレイに囲まれたその中心で、先程の女性が忙しそうにタイピングしていた。
「大牟田さん、よくいらっしゃいました。僕は、探偵の『中村 誠』と申します。よろしくお願いします」
窓の外を見ていた恰幅のいい禿げた男が、いつの間にか応接セットのセンターテーブルを挟んだ私の前にいて名刺を差し出していた。
「ど、どうも」
あまりの唐突さに私は力なく立ち上がり、名刺を受取った。そこにはこう記されていた。
『全宇宙調査協会・おとめ座超銀河団方面・局部銀河群支店・銀河営業所・オリオン腕出張所・太陽系地球駐在所・日本窓口・探偵調査官・中村 誠』
長ったらしい。
「わたくしは、秘書の『小林 直美」と言います。どうぞよろしく」
さっきまでメカメカしい机に座りディスプレイに囲まれた中でタイピングしていたはずの女性もいつの間にか私に前に来て頭を下げ、名刺を差し出していた。
「あぁ、どうも」
私はまたしても唐突さに畳み込まれて彼女の名刺も受取る。そこにもこう記されていた。
『全宇宙調査協会・おとめ座超銀河団方面・局部銀河群支店・銀河営業所・オリオン腕出張所・太陽系地球駐在所・日本窓口・探偵秘書官・小林 直美』
どっちも長過ぎだ。
必死で読んでいる私の姿を見て、中村が声を掛けてくれた。
「その肩書きは、地球での、特に日本で通用するようにと翻訳したものですから。だいたいこんなモノだと解かっていただければそれで結構ですよ、大牟田さん。まずはお座りください」
名前を呼ばれてふと顔を上げると、既に中村と小林は三人掛けソファの対面にあるアームソファにそれぞれ腰掛けていた。
私が座ると同時に、中村が口火を切った。
「さっそくで申し訳ありませんが、お話をお聞かせくださいますか? 警視庁刑事部捜査一課強行犯係継続犯担当係長の大牟田警部殿」
中村は優しい微笑みで私に語り掛けてきたが、私は中村の言葉に凍り付いていた。
「なぜ、そんなことまで知っているんだ?!」
私は目を見開いて中村を睨み付けていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
お気に召しましたら、続きもお読みくださいませ。
また、感想などを書いていただけましたら幸いです。