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「よっ、山岸透」
玄関前で突っ立っていると、近くで聞き覚えのある低い声がした。
「何でお前がここにいるんだよ」
「そう怒るなよ。俺たち友達だろ」
玄関口から二三、歩を進めて、目に入ってきたのは石柵に寄りかかる太田の姿だった。
「お前に住所を教えた覚えはない。休日にお前の顔を見たくない。さっさと帰れ」
「おぉ、相変わらず怖い顔するなぁ、お前は」
透が睨みつけると、太田はにやにやしながら髪の毛をいじり始める。
何なんだこいつは。俺の言葉が通じてないのか?
透は苛立ちを覚えたが、平静を装って太田に封筒のことを尋ねることにした。
「これ、お前が入れたのか?」
くしゃくしゃになった紙切れを、太田に向かって差し出す。
「さっすが!天才はものわかりがよくて助かるよ」
太田は紙切れを見ることなく返事をし、透の嫌いな汚らしい―作りものとしか思えないような―下品な笑い声を上げた。
「何の用だ?俺はお前なんかと話していたくないんだ。用件だけさっさと伝えろよ」
「あれぇ?そんなにでかい態度とって良いのか?親殺し」
「……」
何も知らない太田に『親殺し』と呼ばれ、透の中で怒りが沸々と煮え始める。
「お前、今何て言った?」
「惚けんなよ。『親殺し』って言ったんだよ。山岸透」
「俺の親は生きてる。殺してなんかいない」
透は自分に言い聞かせるようにそう言った。
「そうなのか?俺はお前の父親が死んだって、川合から聞いたぞ」
太田は透の双眸を覗き込んでにやりとする。
あのおしゃべり野郎。あんなんでよく教師が務まるな。
透は三年C組の担任、川合教諭の顔を思い浮かべ、すぐに記憶の奥底に沈めた。
「それが何だ?お前に何の関係がある」
「関係はあるだろ。友達が親を事故死に見せかけて殺したんだから」
「俺がどうしてあんな優しい親父を殺すんだよ」
「優しかっただろ?」
「お前いい加減にしろ!」
透は怒鳴りながら太田の胸倉を掴む。
今まで人を本気で傷つけたいと思ったことは一度もなかったが、太田だけは力一杯殴ってやりたいと思った。我慢の限界だった。
仕方ないじゃないか。守りたかったんだよ、自分を、妹を。お前らには解らないんだよ。道行く人に目を向けられる度に、あの映像を見た人なんじゃないかって、どうしても考えてしまって、恥ずかし過ぎて死にたくなる俺や花圃の気持が。俺たちが助かるには、あいつを殺すしかなかったんだよ。
透は腕を上げた。しかし、太田を殴ることはできなかった。
『仮に悪い思想を持った愚か者に、山岸が酷いことをされたとしても、そんなことであなたの心が汚れるなんて、私は思わない。あなたはとても優しい人だよ。私が保証してやる』
源川ゆみのことを思うと、嫌いな人間であっても、傷つけることは躊躇われた。
「殴るのか?殴りたいのか。じゃあ殴れよ。でもなぁ、知ってるか?暴力的な行動っていうのは、臆病な気持ちの現れなんだぜ、優等生君」
腕を上げたまま、下を向いていると、太田がけらけら笑った。
「心理学をちょっとかじって手に入れたような知識を、得意気に披露するなよ」
透は何がおかしいのだろうと考えながら、腕を下ろした。
「ださいってか?あぁ、そうかもな。でも俺はそれで良いんだよ。お前に恥をかかせることができればな」
太田は挑戦的な笑みを浮かべる。が、そんなことは既に透にはどうでもよく感じていた。
こんな奴、相手にするだけ時間の無駄だ。さっさと家に帰るか。
「透、分かってると思うけど、そんな人、相手にすることないよ」
透が太田に背を向けて、玄関へと向かおうとした時、後方で千代の声がした。
「おぉ、誰かと思ったら舞岡か。やっぱりお前等ってできてたんだな」
「残念だけど、私たち、ただの幼馴染だから」
私服姿の千代は、なぜかむっとしたような顔をして、自転車のペダルを漕ぎ、透の横に移動する。
「透、ちょっと訊きたいことあるから、家に来てよ」
「良いのか舞岡。こいつ何してくるか分からないぞ」
太田は下心丸出しの下卑た笑みを千代と透に向ける。が、透も千代も、二人とも黙って太田の横を通り過ぎた。
「おいおい無視かよ。まぁいいや。お前が捕まる日が来ることを、俺は楽しみにしているからな」
透は太田の声が聞こえなくなってからすぐに振り返った。振り返ったのは、太田が花圃や母親に危害を加えるのではないかと思ったからだ。しかし、透の予想に反して、太田は何もしないで山岸家の前を通り過ぎていった。
あいつは本当に俺が恥をかくことしか興味がないみたいだな。
透は静かに音を立てずに笑った。
笑った後で、自分が未だに封筒と、血で『オヤゴロシ』と書かれた紙切れを握り締めていたことに気付いた。




