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七月十六日、月曜日。雲一つない快晴。
午後三時二十分。現在の気温は三十四度。茹だるような暑さの中、透の前方では、十歳にも満たないであろう少年少女たちが、市の野球大会の会場にも使われている、広大な『希望の公園』のグラウンドで、思い思いに駆けまわっている。
よくこんな日に外で遊べるな。
あいつら熱中症になるんじゃないかと、事務所の影から心配そうな視線を送っていると、近くの受付で、待機している職員からお呼びがかかった。
「講習を受けに来た方、集まってください」
透は今日も昼休みに早退して、地元から少し離れた、隣町の『希望の公園』という川崎市が運営する公共の施設を訪れていた。
三日前に施設に電話して、高校三年生にもなって、外で子供の遊ぶ為の施設を訪れたのは、ここで利用できるスタジオを借りる為だ。
職員の呼びかけで、受付に集まったのは透を含めて七人の少年たち。透以外はみな容姿も幼く、一纏まりになっているので、少々気恥しかったが、平然として、歩き始めた職員の後に続く。
「はい、どうぞ。中にお入りください」
長い廊下を中学生と思しき六人の少年たちと歩いた末、職員に案内されて、十メートル四方の部屋に足を踏み入れる。その部屋には、幾種類ものオーディオ機器が置かれているほか、壁に小さな穴が幾つも空いていて、透は音楽室みたいだなと思った。
「おい、あれ見ろよ」
変声期中途の、一人の中学生の声を聞いて、ふと、室内を見回してみると、スタジオにはギターやドラムだけでなく、透が今まで一度も見たこともない―彼にとっては奇怪な―機器が多々置かれているのが目に入った。
何だここは。宇宙船か?
名前も浮かばない機器を目にして、透は思わず眉を顰める。が、右隣で仲良く固まっている中学生たちが『すげぇすげぇ』と興奮した面持ちでいるのに気付くと、透も仕方なく目を輝かせる。
はぁ。こんなんだったら、もっと音楽と機械の勉強をしておくべきだった。
心の中でため息を吐いた時、三十代くらいの男性職員による講習が始まった。
「えぇ、今日はね、みんなは講習を受けに来た訳だけど、実際にオーディオ機器に触れて、使い方やルールを覚えてもらうから、夢中になって聞き逃さないようにね」
職員がにこにこしながら右手を自身の胸の高さまで持ってきて、人差指を天に向けると、中学生たちは一斉に笑った。が、透は笑わなかった。
実際に触れるだって?冗談じゃない。
透はあくまでも、家ではどうしても外の車の走行音が入ってしまうので、雑音が入らないこのスタジオで時計の秒針が動いているような音をレコーダーに録音する為に、講習を受けているだけに過ぎない。夢見る少年たちとは違い、アーティストを目指している訳ではなかった。
しかし、そのようなことを、表情に出す訳にもいかない。計画を実行するには『秒針の音に似た音』を録音する必要がある。やれやれ……。
透はできるだけ楽しそうな表情を装って、講習に望んだ。
講習では、利用時間やルールのほか、アンプがどうとかコードがどうとか、機器どころか音楽にすら縁のない人生を送ってきた透には、さっぱり解らないことを何度も聞かされた上に、職員の言葉通り、透も二、三回機器に触るように促された。
「さ、君も使ってみないと覚えられないよ」
「僕が触ったらおそらく壊してしまうので、本当に勘弁して下さい」
職員に不審な目で見られたが、しつこく懇願すると、機器には触れることなく講習を終えてもらうことができた。
一度説明を受ければ、明日からスタジオの利用は可能ということなので、透は花圃を迎えに鏡遠中学校に行く途中、早速電話で明日の午前中に利用が可能かどうか尋ねてみた。
スタジオの利用時間は午前九時から午後八時まで。
午前九時から午後三時まで空いていればラッキーだろうと思ったが、明日は午後の十二時まで空いているということなので、透は午前九時に予約を入れておいた。
よしよしよし。順調だ。あと一ヶ月後には、俺はあいつをこの世から追放していることだろう。
突然高鳴り出した動悸は、すぐに治まることはなかった。
透は一時の間、何もかもが自分を祝福しているような気がした。




