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第二章 ブライニクルのように 1

映画『青の炎』より

櫛森秀一「でも世の中には、笑ってやり過ごせないこともあるんだ」




 七月七日、土曜日。晴れ。

 この日、花圃は透を気遣って、朝早くに同級生たちと『海に行く』と言って出掛けて行った。

 花圃が家にいない以上、透は自宅で行動を制限されることはなくなる。しかし、一階の居間には、透が忌み嫌い、殺害しようとしている父親がテレビを見ていた。自分が外に出ている間に、父親に自室や花圃の部屋を荒らされるのではないかと思うと、結局一人で外に出ることはできなかった。

 俺の人生って、本当につまらないな。心の中でそう呟いて、透は自室のベッドの上で苦笑する。

 同じ部屋にいないとはいえ、父親と二人、家で時間を過ごすのは此の上なく気分が悪かった。

 こんな風にだらだらしていて良いのか?

 何もかもに無気力になって、寝転がっていると、透が透を責め始めた。

 あいつを殺す方法は、まだ見つかってないじゃないか。夏休み中にケリをつけるんだろ。このままだと手遅れになっちまうぞ。

 急かす自分の声にうんざりして、透はため息を吐きながら寝返りを打ち、枕元の目覚まし時計に目を向ける。

 時計が示している時刻は午後二時三十分。

 もうこんな時間か。

 透は朝五時半に起きて、朝食を花圃と一緒に食べた後、自室に戻ってから、ほとんどベッドの上から移動していなかった。

 そろそろ起きないと。

 上半身を起こし、父親の殺害方法について考えようとする。が、ここ最近ずっとそのことを考えていたからなのか、どうしても頭が働かなかった。

 俺だって、一日も早くあいつを殺してやりたいよ。これ以上、悪夢を見てうなされるのはごめんだ。でもよ、時には休息も取らないと、千代だけじゃない。花圃や同級生にだって疲れを見抜かれてしまう。だから、今日一日くらい休ませてくれよ。俺も、疲れたんだよ。あれこれ調べることも、あいつを憎んでいることも。このままあいつを憎み続けていたら、きっと俺は近い内に完全犯罪にも興味がなくなってしまう。このままだと、もしかしたら、憎むのに疲れて、俺があいつを赦そうとするかもしれないだろう。だから、休みをくれよ。ほんの少しで良いんだ。休みをくれよ。

 透がうつらうつらしていると、唐突に近くで床板が軋む音がした。

 みしみし……。

 その音を聞いて、透は一気に覚醒し、自室の入口へと目を向ける。意外なことに、視線の先には恥ずかしそうにしている父親の姿があった。

 こいつ、何しに来やがった。

 襲われた時の為に、反射的に枕の下に隠したサバイバルナイフに手を伸ばす。

 来るな、来るな、来るな……。今俺の傍に来たら、後先考えずに殺してしまう。頼むから来ないでくれ。

 透が心の中で懇願すると、願いが通じたのか、父親は部屋に入る素振りも見せずに、重い口を開いた。

「透、何してたんだ」

「別に、何も」

 透は極力心を無にするよう心がけてから父親の質問に答えた。

「昼飯は食わないのか?」

「うん。食欲がないんだ」

「そうか……」

 しばしの沈黙。

「花圃は、どこ行ったんだ?」

「知らないよ、そんなこと」

「いつも一緒にいるのに知らないのか?」

 父親は何食わぬ顔で尋ねてきた。

 お前が一人で生活できないくらい花圃を追い込んだんだろ、クズ野郎。父親の顔を殴ってやりたかったが、計画を円滑に進める為にはここで、表面上だけであっても、父親との信頼関係を崩す訳にはいかなかった。

 透はぐっと邪な感情を抑え込む。

「知らないって言ってるだろ。どうしてそんなこと聞くんだよ」

「いや、ちょっとな、花圃に勉強教えてくれって、頼まれていたんだが、どこに行ったのかなあと思ってな」

 花圃にあんなことをしておいて、よく平然と嘘が吐けるな。

 父親を見ていると吐き気がした。

「そう。あいつ、約束すっぽかしたんだ。じゃあ、後で叱っておくよ」

「あぁ、そんなことは別にどうでも良いんだ。ただ……」

 父親は人見知りする幼子のように透から目を逸らす。

「ほら、どうせ今日も迎えに行くんだろ?それは俺がやるからさ、花圃から連絡があったら、教えてくれないか」

「花圃から直接聞けばいいじゃないか」

「あいつ、最近電話にはでないし、俺にメールの返事送らないんだよ」

「メールを送らないのに、花圃は勉強を教えてくれって、頼んだの?」

 虚ろな表情を父親に向ける。一瞬父親が眉間に皺を寄せたのを、透は見逃さなかった。

「あぁ、そうなんだよ。今まで甘やかしてきたから、俺のことおちょくってんだろうな、きっと。だから、今日はがつんと花圃を叱ってやろうと思っているんだ」

「でも、さっきは叱ることなんてどうでも良いって、言ってなかった?」

 表情を変えずに、たんたんと話すと、父親は本性を現し、憤怒の形相で透を睨む。

「おい透、いつからそんなに生意気な口を聞くようになったんだ?」

「生意気?乱暴な言葉も態度も取ってないのに、何怒ってるんだよ」

「黙れ。透、解ってるだろうな。お前が俺に逆らったらどうなるか」

 父親の語気は終始強いが、こちらに向かって来る気配はまるでない。さすがに相手が体力のある青年にもなると、暴力で訴えることはできないようだ。

「解ってるよ。謝れば良いんだろ。ごめんなさい」

 父親に謝罪するのは癪だったが、腕力に頼れずにいる暴君の姿を見るのは愉快だった。

 もう昔とは違う。お前の好き勝手にはさせないし、花圃も俺が守り抜く。

 無表情を装う透を、父親はしばらく睨みつけていた。が、花圃と連絡を取ることは諦めたのか、黙って透の部屋の前から姿を消した。

 母さんの誕生日が近いのに、あいつは相変わらず花圃のことばかり考えているのか。

 透は唐突に、壁に拳を埋めたくなった。

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