怪人トンカラトン
――トントンカラトン、トンカラトン
歌が聞こえてくる。
でも、正体が分かったからと言って、勝手に名を呼んではいけない。
呼んでしまえば……
遠い昔……暑さにだれている人達の中を、一人の青年が歩いていた。
町の人達は、その青年を見ると直ぐに道を開けた。
避ける理由は…その容貌にあった。
青年は、全身に包帯を巻き、父親のモノらしき刀を背負っていた。
そして、履いている下駄でカラコロと音を立てながら歩いた。
青年は町人達の視線を気にせずに、カラコロと歩いて行く…。
とある日…青年は広い家に迷い込んだ。
少々戸惑っていた時…部屋の中から声が。
「…どなたですか?」
青年は
「……名は無い」
と答えた。
名は無いのは事実だ。
「名前が無い?……そんな人、居たっけな?」
青年は軽く足を滑らせた。
天然なんだろうか;
「俺には名前が無いんだよ」
やや丁寧に教えると…
「そうなんだ……大変な生活をしてたんだね」
いきなりそう言われた。
何だか調子が狂う。
「ねぇ、何か話を聞かせてくれない?」
障子の向こうから、聞こえた声。
それは、少しだけ悲しそうで…
「……………ああ。」
思わず、そう答えていた。
数日した、ある日…。
「名前、付けてやろうか?」
突然の申し出に、少しだけ固まったが…
「何で…急に?」
取りあえず…聞いてみた。
「だってさ、名前が無いと何て呼んで良いか…;」
「…そう思えばそうだな……。なんか良い名前、あるか?」
「そうだな……トンカラトンとかは?」
「いや、その名前どっから出てきた;」
「下駄の音だよ。」
「下駄の?」
「楽しそうな時は高い音だしさ。」
「……成程な…;」
そうして青年は、新しい名前を手に入れた。
「あ、でも名乗るのは自分からじゃなきゃ。」
「何故?」
「言霊って言ってさ……」
その日も、楽しく語り合ってた。
だがその次の日。
そこの部屋の主は、帰らぬ人となった。
原因ははっきり分かっている。
大人達の仕業だ。
実は数日ほど前から、日照りが続いて危ない状況だったのだ。
それで、大人達はイケニエを出す事を提案した。
そのイケニエに選ばれたのが…その部屋の主だったのだ。
青年…トンカラトンは少しだけ俯いていた。
その視線の先に…小さな封筒が一枚。
それを読んでから……何か黒い感情が湧きあがるのを、青年は覚えた。
「いやぁ…これでこの夏も一安心ですなぁ…」
大人達の会話が聞こえる。
「あの子供も、これで浮かばれる。」
「そんな訳が無いだろう?」
突然割り込む声。
「お前は!?」
大人達が驚いているのを見て、トンカラトンは愉快そうに笑った。
「これでアイツが助かるって?そんな訳あるか。」
「な…何故そんな事が言える!!」
「泣いてたんだ、アイツ。泣いてたんだ……」
青年が読んだ手紙…それには、涙の痕が点々と付いていた。
それと一緒に、もう二度と話が出来ない事が書かれていた。
「だからどうしたと……」
「俺は、お前等を許さないからな………」
そして、青年はこう言った。
「 俺 の 名 を 言 え 」
何も知らない大人達は答えた。
「お前には名なんてないだろう?」
「そうだそうだ。」
「名無しが名乗る名なんて持ってる訳がない。」
青年は…ニヤリと嗤った。
「貰ったよ。つい最近ね。」
「そんな戯言を……」
「答えなかった。だから俺は…お前等を、斬る」
真っ赤に染まった部屋の中
トンカラトンはこう言った。
「お前達の祖先まで呪ってやる」
そして現代……
徒歩だった彼は、自転車やキックボード等に乗る方法を覚えた。
最近ではバイク等にも乗れるらしい。
…彼は長い年月が過ぎた今では、目的を違えているらしい。
もしも出会ってしまっても、気軽に名前を呼んではいけない。
問われてから答えなければ。
「トンカラトンと言えぇ…」
こんな風にね。
カラカラと響く下駄の音。
恐らく奴の足音だ。
名前をいくら知っていても、叫んではいけないんだ。
叫んだらどうなるか?
そんなのは分かりきっている。
仲間になるんだ。
奴等の………。