10 妖怪なんか怖くない
「山行かない? 暇だし」
……と、言う姉ちゃんの言葉で、姉ちゃんと光、俺は近所の山に登っている。
別に大したのじゃねぇよ? 何回も登った山だし、手ぶらだし。……水くらい持ってけ? 荷物持つのが嫌なんだよ。
岳だ。
俺等が登ってるのは、どこの裏なのかは分からないのに裏山と呼ばれている山、連草山。
ハイキングコースなんてのもあるけど、俺等兄弟は基本的に獣道から上ってる。この道が一番近いんだよ。多少危険だけど。
この道を通れば、早くて二十分で頂上まで行ける。問題は、細い道から足を踏み外したら、真っ逆様……ではないにしろ落っこちて怪我する事、山を下りるときに足を捻りやすい事の二つだな。気を付ければなんてこと無い。
「さー、休憩しよう」
「は~い」
元々暇つぶしできたんだから、時間かけて登ろう。そういう訳で、これが登り始めて五回目の休憩。場所としては、三分の一あたりか?
「あっこ、座るのに丁度いい木があるよ」
切られたのか折れたのか、長い木が横たわってたから、そこに三人並んで腰掛ける。
俺が真ん中。姉ちゃんは俺の左側……頂上側。光は俺の右、あれ?
「早く来いよ、光ー」
「んしょ、来た~」
……わざわざでっかい木の裏を回ってくる必要はあったのか?
ん? でっかい木の裏に、光より少し低い程度の灰色のモノが……。目ぇ悪いからイマイチよくわかんねぇけど。
「光、その灰色の何?」
「へ? キャァアアア~! 一つ目子ぞぉ~!」
「失礼な! 俺ぁ一つ目じゃなけりゃあ小僧でもねぇ! 食うぞ小娘! いや、元から食うつもりだったけどな!」
ノリ突っ込み!? ……あ、突っ込むところここじゃねぇか。食うな!
「来るなぁ~! 食うなぁ~!」
光が左膝を上げて……前蹴り!
「痛っ!」
さらに左手で突き!
「あちっ!?」
さらに右手でも突き!
「けぽっ!」
右足による横蹴りでフィニッシュ!
「ぐぁっ」
「お姉ちゃぁ~ん! お兄ちゃぁ~ん!」
……光、お前も怖かっただろうけどさ、俺はあの灰色のお化けの方がもっと怖かったと思うな……。倒れ伏してんじゃん。
「んー……と、お見事? お疲れ様? 手加減してあげようよ?」
姉ちゃん、全部言ってやれ。
「テメー等……終いにゃ怒るぞ!」
「もう怒ってんじゃん。……あの、声のボリューム少し下げてくれない?」
……五月蝿ぇもんなぁ。どっから出てるんだ、この声。山中に響いてんじゃねぇのか。耳ふさいだくらいじゃ全然意味ねぇ。
「ふん、俺の大声に勝てるか? 銃声に頼るんじゃねぇぞ。大声比べを……」
「勘弁してよ。鼓膜が破れる」
「そうだろう、そうだろう。俺の大声に何人が鼓膜を破られたか!」
「そんな大声に勝てるようなの、人間が出せるわけないでしょうがぁ!」
そーだそーだー。姉ちゃんの言うとおり。
「……ねえ~、私さっき襲われたんだけど~」
『私が襲った』の間違いじゃねぇか? 少なくともあちらさんは何もしてなかったぜ。『食う』って言っただけだ。
えぇと、二メートルくらい離れた所から一っ跳びで来た、小さい灰色の爺さん。足は一本しかなくて、目もでっかいのが一個。……あれ、よく見たら小さい目がもう一個? あぁ、一つ目じゃないって言ってたもんな。
なんだっけ、こんな妖怪、こないだパソコンで見かけたんだけど……。あ。
「山爺だ!」
「お、こっちの小僧はよぉく分かってんじゃぁねぇか」
満足そうだな。
「そりゃぁな!」
あれ? 今俺、声に出してねぇのに、なんで返事が帰って来るんだ?
「俺ぁ人の心が読めるのさ」
腕組んで、『えへん』と胸を張る。張りすぎて後ろにこけるか? ……こけなかった。
「何を期待しとるんだ、テメーは」
教育番組のアニメで見かけた、胸張ったせいで後ろにひっくり返ってこけるマヌケを期待してた。
「ねーねー、人の心読めるんならさ、あたし今何考えてるか当てて」
楽しんでんなー、姉ちゃん。
「家の鍵閉めてきたっけ」
「おぉー! 当たった。で、ホント、閉めてきたっけ?」
…………忘れたのかよ!
「えぇ~、私、お姉ちゃん達が出てくる前にさっさと出ちゃったから~」
「自信ねぇ。ちょっと待って、今思い出す」
俺の目には録画昨日が付いてるんだ! なんてな。えぇっと……。
「ロクガキノウってなんだ。ロクが昨日どうしたんだ?」
「人の心勝手に読んで勝手にお話作ってんじゃねぇよ!」
スパーン。と、平手打ち。
「いってぇ!」
よし。えぇっとー、出る前に鍵……。
「あ、そういえば閉めたや」「閉めてたぜ」
……人に聞いといて思い出すなよなー。
「ね、もっかいやって」
何考えてるかー、か?
「ヒカリもタケルもコレ殴ったのに、あたしだけまだ殴ってないよなー……ってぇ、『コレ』ってのぁ俺のことか!?」
「ピンポン」
ドスっと一発。
「ぐぁっ」
……哀れだな、山爺。




