1 いきなりですが、プリンです
今、何かいい匂いがした。……気がする。
甘い匂い。卵だかバターだか、そんなのを使って、オーブンで焼いた菓子の臭いだ。
……なんで俺、一瞬匂っただけの匂いを真面目に考察してるんだろ。暇だからか。
俺は高山岳。ついこの間……っつーか、一昨日。小学校を卒業したばかりの……えぇと、三月だったらまだ小学六年生でいいのか? いいなら小六だ。
ギリギリ電車は子供料金。乗らねぇけど。
で、俺は今、自分の部屋、正しく言うと自分と兄貴の部屋の、自分の勉強椅子に座って勉強をしてない。めんどくせぇじゃん。卒業したのに何故か出てる春休みの宿題? 最後の二日で終わらせてやらぁ!
そんな訳で、暇してた。そこに甘い匂いがしてきて始めに戻る。
隣の家からかも。向かいの家からかも。でも暇だから確認のため一階に下りる! ちなみに家は二階建て。隣の家と壁がくっついてるから、テラスハウスって奴だな。
「あ、お兄ちゃん。今呼ぼうとしてたの~、なのになんで下りてくるの~?」
「駄目なのか!?」
階段を下りてすぐにある、台所に繋がる扉から顔を出したのは二つ下の妹で光。三つ上の忍姉ちゃんに、同部屋の兄ちゃんも合わせて俺は四人兄弟だ。
「プリン作ったの~! 食べて食べて~」
さっき俺に向けた理不尽なジト目は何処行った!? 兄弟皆で揃いの栗色のくせっ毛で縁取られた可愛い顔に、可愛い笑みを浮かべてプリンを差し出す。
『いい妹だ』だとか、『可愛い妹だ』だとか、俺はぜってぇ言わねぇぞ。コイツ今までプリンなんか作った事ねぇし。絶対俺を実験台にしようとしてるだろ。微笑みはたくらみの象徴だ。この場合は。
『この場合』でなかったらカメラが向いてる。
どちらでもなかったら……うーん、普段の行いのせいで勘違いされてる。
前は光に料理させたら『明らかに入れたら不味くなる物』を入れてたけど……最近は『オリジナル料理』の範囲内で作ってたはず。実験台必要か? まさか、また変なの入れたのか!? プリンにイカの塩辛やカニ味噌でも入れたか!? ……カニ味噌はねぇか。そうそう冷蔵庫に入って無い。
「はい、どうぞ~!」
「あっちぃ! テメ、俺を火傷させる気か!」
「大げさな~」
それは俺も思ったから言うな! さっきまで寒い所にいたから手が冷えてるんだ!
「いくら総身猫舌だからって」
「姉ちゃん、いつから俺は総身猫舌になったんだ」
『総身』だったら舌関係ねぇじゃん。
「今」
たった今、俺のプロフィールに『総身猫舌』が追加……されねぇぞ? 違うからな! 確かに夏は苦手だけど!
姉ちゃんはさっさと食ってんだな。ということは変なものは入ってねぇ、と。良かった。
「いただきます」
……スプーンが無かった。いただけねぇ。
食器棚の引き出しから取ってきて、改めていただきます。……スプーンが出されてるのを見つけた。……ぬぁー、無駄足だった! 三歩くらいだけど!
「岳ー、どしたー? プリン食べて脳みそがプリンになった?」
「お姉ちゃ~ん、私のプリンは科学兵器~?」
「……半年くらい前では、間違いなくそうだったよ」
うんうん、俺はアレで小学校低学年のころ何回か気絶した。不味すぎて。しばらくしたらどんなに不味くても気絶しない体を手に入れた! ……全く嬉しくねぇ。役立ちそうにもねぇ。
お菊さんって人が料理の仕方をきちんと教えてくれてからはマトモになったから、ほんっと良かった。
……ほんっと、良かったぁ……。カレーに生姜を、摩り下ろすどころか切る事もしないで入れてた事もあったからな……。
「ね~、なんで二人とも遠い目するの~?」
「前の光の料理の事思い出してたの」
なんだ、姉ちゃんもやってること同じじゃん。
「そんな事より、このプリンどう~? 温度高すぎちゃったみたい~」
ん……確かに、なんかあっちこっちに穴が開いててちょっと硬いけど……。
「旨いと思うぜ?」
「すは立ちまくりだけど。味は悪くないよ?」
『す』って言うのか、コレ。スプーンの先で突こうとしたら、スプーンが刺さった。……あれ、力加減間違えたか?
「あはは~。すプリ~ン。次は立てないも~ん!」
よっしゃ、近いうちにまたプリンが食えるな。