一蓮托生<前編>
「『黒』の儀式を受ける事にしたって聞いたわ! 何を考えているの、エステル!?」
翌朝、部屋に入って来て早々、叫んだのはサラであった。
よっぽど急いで来たのであろう。
普段の猫かぶりはどこにいったのか、普段は綺麗に纏められている月光を紡いだ様な金の髪は所々乱れている。淑女にあるまじき振る舞いだ。
「随分と、朝早いね。――それより、外に音が聞こえるから早く扉閉めてくれない?」
やはり寝間着のまま親友を迎えたエステルが、寝台の上で転がりながら指示する。
色々と言いたい事があった様だったが、サラは黙ってそれに従った。
「……それで? 誰から聞いたの?」
「イサク兄さまからよ」
三歳の頃からの付き合いだからか、サラはエステルの兄であるイサクの事を兄と呼ぶ。
イサクの方も、サラの事をもう一人の妹の様に昔から可愛がっていたのだが、面倒な真似を。
「兄様も余計な事をしてくださって……」
令嬢にあるまじき事に、エステルが舌打するが生憎此処にはサラしかいない。
普段であれば注意する立場のサラであるが、今回ばかりはそこまで気が回らなかった様だ。
「ねぇ、お願いだから考え直してよ、エステル。『黒』の儀式はセラーレの家に属する者として最も大事な物でしょう? 本来ならば十七で受けられる様な簡単な儀式ではない筈よ」
「……サラ。『黒』『黒』と言っているけど、それがどんな物なのか、あんたはどこまで知っているの?」
「詳しくは知らないけど、セラーレの人間の一生を左右する程大事な儀式なんでしょう? 間違っている?」
恐る恐る、といった風情の親友の言葉に、エステルが黙考する。
春の空を映した瞳が不安そうにエステルの姿を見つめている。
「本当は、外部の人間に教える事は良くはないんだけど。この際は……まあ仕方ないか」
考え込んだのも一瞬の事。
あっさりと一族の秘事に関わる事への判断を下し、寝台に転がったままエステルはサラを何を考えているのか分からない無機質な眼差しで見つめ返す。
「大変だ、重要だ、とかいっているけど、そんなに鬼気迫る物じゃないよ。『黒』は」
ごろり、と転がって、天井を仰ぐ。
「簡単にいえば、セラーレ流の“成人の儀式”だよ」
「“成人の儀式”……それが『黒』の儀式なの?」
幼子の様にエステルの言葉を繰り返したサラを、天井を仰いだまま横目で見やる。
ほどけた金色の髪がはらり、と落ちた。
「セラーレの一族にとって自らの黒目黒髪を誇りの証。私の兄と父の呼び名をあんたも一度は聞いた事があるでしょう?」
「叔父さまは『黒獅子』で、イサク兄さまは『黒狐』でしょう? それにエステルが『黒猫』」
「私の『黒猫』は単なる渾名。呼び名じゃないの」
微かな衣擦れの音を立てながら、サラが寝台に近付く。
右手で寝台を叩いて、そこに座るよう促した。
「『黒』とは一族の者が成人するための、セラーレの家のみに伝わる風習。黒目黒髪のセラーレの人間が適齢期に近付いたら、一族の年長者からそれぞれ“試練”が与えられる。それを見事制し、成し遂げた者は周囲から大人として認められるの」
「そうなんだ、なんか拍子抜けしたわ。って事は、イサク兄さまや叔父様の呼び名は、二人がセラーレの人間として成人した事を示しているの?」
「まぁ、そう言う事かな?」
――はて、とサラが首を傾げる。
「でもそれなら、今回の王子殿下の求婚とエステルの成人式がどう関わってくるの?」
『――――それにはボクが答えようか』
扉の向こうから響いて来た聞き覚えのある声に、エステルは忌々し気に寝台の上に起き上がって、再度舌打した。