『黒』
セラーレ伯爵家に属する人々は、良く言えば個性的、悪く言えば奇人変人と呼ばれる者達である。
それ故に、と言っていいのかは分からないが、この一族には代々伝わる特殊な伝統が存在する。
――――その伝統は一族の間で『黒』と呼ばれている。
* * * *
「エステル。キミは今年で幾つになったけ?」
「十七です、お兄様」
「ふうん。十七か……。ボクが『黒』の儀式を受けたのは今から三年前。丁度十九の時だったけど?」
「何が言いたいのですか、お兄様」
「正直言って、早いと思うよ」
ニコニコと微笑みながら、聞いていて嬉しくない事をさらり、と口にするこの兄は本当に性格が悪い。
貴族の中でも、この兄がさり気なく口にする厭味にも気付かない者が多い程、あまりにも自然に毒を吐くのだ。
「気の毒なサラちゃんの話はボクの耳にも届いているよ。その上で聞くけど、エステル、キミは彼女に協力する気かい?」
「そのつもりですが、お兄様」
「意思が固い事。父上、どうします?」
腕組みをして、黙考する様に目を瞑っていた父にイサクが声をかける。
「エステル」
「はい、お父様」
「お前は『黒』の重要さを分かっておらずにその事を口にしているのならば、今すぐこの話は無かった事にしなさい。『黒』を冠するための儀式はセラーレの人間の一生を左右する程、大事な物なのだから」
「だからこそ、です。お父様」
にこり、とエステルが微笑む。
常日頃から眠たそうな顔をしている彼女が、一度微笑みを浮かべるとそれだけで周囲は彼女から目を離せなくなる程の引力を発する。
「サラにとっても、今回の事は彼女の一生を左右する程大事な事。その彼女を助けると私は言いました」
普段は完璧な淑女として猫を被っていても、あの金の髪に春の空の瞳をもつ親友は根はとても真っ直ぐだ。
そんな親友が長年想い続けた相手ではなく、別の相手と無理に結婚しなければならない事態に陥っている。
ここで自分が彼女を見捨てたら、親友は自らの心と周囲の期待、そして望まずに得た地位に翻弄される一生を送る事となるだろう。
「サラの今後の人生を賭けた戦いです。その協力者である私も、同じだけの物を懸けなければ彼女に対しても失礼でしょう。自分だけが安全な場所にいるなんて」
善くも悪くも『黒』はセラーレの人間の一生を左右する。
これで本当の一蓮托生だ。
妖艶に笑ってみせたエステルに、イサクは口を噤み、伯爵は重々しい溜め息を吐いた。
『黒』についての説明は次の話で。
サラ嬢、再び登場です。