思いついた手段
『黒猫令嬢』と周囲から囁かれる親友の言葉に、サラは何度も目を瞬かせた。
「王子の方から断って頂くって、求婚を避けるための手段としては最良だけど……そんなに簡単に断って頂けるなら最初から求婚なんてされないんじゃないかしら?」
「まあ、サラの言う事は最も。だけど、あんたが家の名誉も自身の名誉も傷つけずにこの件を無かった事にするには、王子本人からの拒絶が必要」
それに、とエステルはサラを見つめた。
「そもそも、王子があんたを名指ししたのは、あんたが王子の理想の結婚相手としての条件を全て満たしていたからだって」
「理想の結婚相手!?」
がたっ、と椅子から身を起こして立ち上がった親友に目で席に座る様に促しながら、エステルは言葉を紡ぐ。
「――――見目麗しい、金の髪の可憐な乙女。性格は控えめで、でしゃばったりしないけど、芯のある気丈な子」
「は?」
「今までの第二王子の女性遍歴を探った挙句に出て来た、王子好みの女性像」
大勢の前での求婚、という力技に出たのはサラが初めてだが、理想の男性として国内の女達の間で人気の第二王子はこれまでに幾度か浮き名を流していた。
そうして、王子とそう言った関係になった女性達の情報を統合し、出て来たのが以上の条件であったのだ。
「その法則で行くのなら、あんたは正しく王子のストライクゾーンだね」
「いやあぁぁああ!!」
びし! と言い放ったエステルの言葉に、サラが奇声を上げる。
彼女にしてみれば悪夢でしかないだろう。
王子と言えど、これまでに歯牙にもかけなかった相手に目をつけられる事になった最大の原因が、彼女が長年努力して作り上げて来た淑女としての自分であったのだから。
「いやよ、いやよ、ぜぇっっったいにいや! 只でさえ嫌だったのに、それ聞いてますます嫌になっちゃったじゃない!!」
「サラ……」
「それってつまり、王子が私の上っ面だけで好きなったって事じゃない!! 確かに恋愛する上で顔は重要だとは思うけど、だからって……!」
ぐすぐす、と泣き出し始めた親友に手巾を渡すと、遠慮なく鼻をかまれた。
猫を被る必要が無いとは言え、今の姿を見て、この泣きべそをかいている娘が社交界の花である『金の妖精姫』サラ・フィオーレであると気付く者達がいるのであろうか。
「――……それだ」
「ひっく、なあに、どうしたのエステル?」
不意に、爛々と夜空の様な黒い瞳を輝かせ始めたエステルに、サラが怪訝な顔になる。
「ねぇ、サラ。あんた、今回の求婚はなにがなんでも断りたいんでしょ?」
「ぐすっ、うん、うん、そうだよ」
「その願い、叶えて上げるわ」
「…………ほんと?」
目を真っ赤にさせ、瞼を赤く腫らしたサラが顔を上げる。
期待のこもった春の空の瞳に向けて、エステルは見る者を魅了する妖しい笑みを浮かべてみせた。
「――――ええ」
「どういう風の吹き回しか、訊いてみても良い?」
「単なる気まぐれよ。それ以上でもそれ以下でもないから気にしないで」
すんすん、と鼻を鳴らす親友の視線を受けながら、エステルは窓の硝子戸を通して王城の方へと挑む様な視線を投げかけたのであった。
次話ではセラーレ伯爵家の人々について述べたいと思います。
サラ嬢は少しばかり退出。