約束
奇人変人の巣窟のセラーレ伯爵家の始祖となる初代セラーレ伯爵。
無能嫌いの苛烈な性格の持ち主で、王を王とも思わない傲岸不遜な人物であったと語られている彼が、この世で何よりも嫌悪した行為がある。
則ちそれは――――。
「“叶える事の出来ない約束であるのなら最初からするな。誓いを果たせないと言うのなら最初から誓いなどするな。
何故なら、出来ない口約束程、見苦しいものはないからだ。仮にもセラーレを名乗るのであれば、誰かを裏切る様な行為だけはするな”と我らが父祖は仰った」
幼少の頃から教え込まれて来たセラーレの家訓。
何よりも裏切りを嫌った初代の残して来た言葉であり、初代伯爵の奇矯なる行為に顔を顰めていた国中の人々さえも彼を認めざるを得なかった言葉でもあった。
何せ初代は宣言通り、一度した約束は、それこそどんな手段を使ってでも叶えてみせたからだ。
「サラ。私もセラーレの一員として、一度交わした約束は必ず果たし通してみせる。だけどね……」
光の失せた冷たい夜空の瞳が、座椅子の上で上体を起こしているサラを真っ直ぐに射抜く。
「セラーレは交わした約束を必ず守り抜く。でもだからこそ、セラーレは裏切りを許さない。例え、親しい相手であっても、いいえ親しい相手であればこそ」
冷徹な言葉に、春の空の瞳が大きく揺れる。
「サラ。もしも貴女がこの先、王子に心揺さぶられ結婚を承知でもしたら、私は――」
「それ以上言わないでも結構よ、エステル」
冷たい響きの言葉は、凛とした声によって遮られた。
胸の前に片手をのせて、春の空の双眸を柔らかく伏せたサラが、エステルとは正反対の響きを宿した声音でそっと言葉を紡ぐ。
「ちょっと慣れない事をされたから、動揺しちゃっただけよ。エステルが心配する様な事には陥ってないわ」
「別に、心配なんか……」
「あら。エステルの事だから、大方私が殿下に心変わりしかけたんじゃないか、と思ったんでしょ?」
「……」
むすり、と口を噤んだエステルに、サラが日だまりの様な微笑みを浮かべる。
表立ってエステルは何かを言う事はなかったが、地味な侍女服を握りしめる手に力がこもったせいで、服に皺が出来た。
「その悲観主義な所、相変わらずね。エステルらしいっていえば、らしいけど」
「うるさい」
「ふふ。図星みたいね」
仲が良いのか悪いのか分からない『黒狐』と称される実兄曰く、都合が悪い事があると口が悪くなる癖は健在らしい。
それまでエステルを包んでいた緊迫した空気は綺麗に消え去って、髪の色こそ違うものの、普段通りのエステル・セラーレの姿があった。
「ねぇ、エステル。さっきので分かった事があるんだけど、聞いてくれない?」
「……何?」
纏ったドレスに異常がないか確認しながら、サラが口を開く。
つれない返事に気を悪くする事なく、『金の妖精姫』と謳われる少女は花が綻ぶ様な笑みを浮かべてみせた。
「王子殿下って見ている分には構わないけど、恋人としてはあまり良い人ではないと思うわ」
「意外と辛辣ね……」
「当たり前! いくらなんでも、本人を前に婚約を避けるための盾として使いました! って宣言されて嬉しい乙女がいるかしら?」
さっきはあの綺麗な顔を寄せられたせいであがっちゃったけど、今度はこうはいかないわ! と決意も新たにしている親友の後姿をそっと見つめて、晴れ渡った夜空の瞳は安堵した様に大きく揺らいだのであった。
一応謝ってはいましたけど、王子の印象はサラの中ではやはり底辺にまで下がってしまいました。