茶髪の侍女?
一瞬でその顔を真っ赤に染めたサラ・フィオーレ。
二度目の求婚となる言葉は始めの時と違い、込められた意思も思いも段違いであり、彼女を赤く染めるのには充分すぎた。
「わ、私は、私は……!」
真っ赤になって慌てふためくサラの姿を、正面に座る王子は楽しそうに、王子の背後に控える侍従は微笑ましそうに見つめている。
しかしながら、王子の灰色の眼差しには彼女が自分の求婚を断らないであろうと言う確信の光が灯っており、事実、今回の求婚は思わず相手を勢いだけで頷かせてしまいそうに成る程、力の込められた代物でもあった。
「わ、わた、私は……! その、殿下、その……」
近距離で王子の整った顔を見つめる事になるサラとしては、言葉にならない呟きを何度も繰り返すしか出来ない。
彼女の意思が陥落しかけるのも時間の問題……となった、その時。
「……しっかりなさって下さいませ、お嬢様」
今までうんともすんとも言わないで背後に控えていた侍女がどこか淡々とした声で囁きながら、サラの側へと駆け寄った。
ありふれた茶髪と地味な化粧の侍女に、ほんの僅かに王子が訝し気な表情を浮かべる。
何かに勘付いたのか、王子が何事かを口にしようとした瞬間――王子の目の前でサラの姿が崩れ落ちた。
「サラ嬢!?」
「まぁ。しっかりなさって下さいませ、お嬢様」
言葉面は心配し切っている侍女そのものなのだが、どうにもそういった類の感情が読み取れない程淡々とした声が、侍女の口から零れ落ちる。
異常に気づいて駆け寄って来た近衛兵の一人を軽く手を差し伸べて制し、茶髪の侍女は声を発した。
「どうぞ、お気になさらず。軽い立ちくらみのようですわ」
「では、私が部屋にお連れします」
「まあ! この様な事で王子殿下を煩わせたとなると私が伯爵様とお嬢様に叱られます。お嬢様が目をお覚ましになられます時まで、この四阿を使わせて頂くだけで結構ですわ」
それこそ侍女として人に使える身でありながらも、先の王子の宣言同様に人に拒絶させない強い意思の込められた響き。
尚も何かを述べようとしていた第二王子であったが、背後に控える侍従の耳打ちと、決然とした侍女の態度に渋々と頷いた。
「――――判りました。では、警護の者を数人配置しておきますね」
「ありがたき御言葉にございます」
それこそ教本に載っていそうな程見事な一礼を、茶髪の侍女は返したのであった。
* * * *
釈然としない雰囲気でありながらも王子と侍従が近衛兵を連れて立ち去った後、気絶した令嬢に付けられていた数名の近衛兵は、茶髪の侍女の「もしもお嬢様が目覚められた時に知らない殿方の好奇の目がありましたら、再びお嬢様は卒倒されるにちがいありません。なので下がっていてほしいのですか」との一言で、何かあった時は駆け寄る事の出来る位置を保ってはいるものの、庭中の四阿から離れた所で待機していた。
「……よし。誰も見てはいないわね」
慎まし気に気絶したサラ・フィオーレの側で控えていた茶髪の侍女が、不意にそれまでの侍女としての雰囲気をかなぐり捨てて物騒な呟きを零す。
そうしてから、地味な色をした侍女服のポケットから白い手巾を取り出して、袖口から無色の液体の入った小瓶を抜き取った。
小瓶から数滴だけ手巾に振りかけると、手巾をサラの鼻もとで数回振る。
強い刺激的な香りが、ほんの僅かな間辺りを漂った。
「――……っは!?」
「目を覚ましたようね、サラ」
茶髪の冷淡な声音を持つ侍女が、それまで伏し目がちであったその瞳を僅かに見開く。
王国の中では珍しい、晴れ渡った夜空の瞳が春の空の双眸と交錯した。
「エ、エステル……。私、何がどうなったの?」
「王子があんたに二度目の求婚。王族ならではのカリスマに当てられたあんたはその場で慌てる。見ていられないから気を失ってもらったわ」
「……意識がなくなる前に感じた痛みはエステルのせいだったのね」
首の後ろを擦りながら、横たわっていた長椅子から身を起こそうとする親友にエステルが軽く手を差し伸べる。
傍目には献身的な侍女と麗しいご令嬢の姿ではあるが、見目とは裏腹に二人の間で交わされる会話は穏やかならざるものであった。
「……どうすんのさ。王子の言ってる事を鵜呑みにするのであれば、あんた、本当に惚れられちゃったみたいじゃない」
「ほ、惚れ!? なんて下世話な言い方をするの、エステル」
頬を紅く染めて非難の眼差しで見つめてくる親友に、エステルは軽く溜め息を吐く。
「嫌な予感がしたから侍女に化けて来たけど……付いて来て本当に良かったわね。もしもあんたが場の勢いだけで頷きでもしてたら、私の人生お先真っ暗になってたわ」
「あ、あぅぅ……。本当にごめんなさいね、エステル」
先程の自身の醜態を思い出したのか、正しく花が萎れる様にサラが項垂れる。
その姿にエステルは夜空の瞳を物騒に煌めかせた。
「――ま。もしもそんな事態になっていたら、それはそれで手の討ちようはなきにしもあらず、だったんだけどね」
「どうするの?」
その言葉に今は黒髪を茶色に染め地味な化粧と侍女服で自身を飾っているエステルは、その口端を奇妙に歪めてみせた。
気絶させたのは、サラに駆け寄った時です。一瞬の早業。




