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黒猫令嬢の気まぐれ  作者: 鈍色満月
目標は現状維持
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訪問者

 規則正しいノック音が届いた後、ドアノブが回る。

 そうして入って来たのは渦中の人物――詰まる所、第二王子であられるダニエル王子その人であった。


「で、殿下!? な、なぜこの様な所に」

「――サラ、落ち着いて」


 狼狽するサラを低い声で宥めて、エステルは膝を曲げドレスの裾を摘む形で第二王子へと礼をする。我に返ったサラが慌てて横たわっていた寝台から降りて、お辞儀しようとした所を第二王子は軽く手を上げた事で制した。


「そのままで。フィオーレ嬢、貴方は怪我人なのですから」

「し、しかし……!」

「サラ、殿下の命よ」


 親友の細い肩を軽く押して、寝台の上に戻す。毒の後遺症で弱っていた体は特に逆らう事なく、寝台の上に押し戻された。


「出来ればもう少し早くに来たかったのですが……どうにも都合が取れず、申し訳ありません」

「い、いえ。勿体無い御言葉でございます、王子殿下」


 表面上は和やかに会話している二人の会話を背景に、別に来なくても良かったのに、とエステルが内心で呟く。勿論、声に出す様な真似はしないが。


「――して、王子殿下。一体何用でございますか?」


 慇懃無礼とでも例えられそうな質問に、第二王子はにこやかな微笑みを消す事なく、ほんの僅かに柳眉を顰めてみせた。


「勿論、フィオーレ嬢の容態が心配で……」

「医師からの報告が殿下の元に向かっていると思われますが」

「自分の眼で確かめてみたかったのですよ」


 その時寝台の上で上体を起こす形で見守っていたサラは、二人の間に火花が飛び交うのを目撃した。


「多分なお心遣いに感謝しますが……何分、我が友は未だ休養を必要とする身。過分な干渉は誰のためにもならないかと」

「おや、そうなのですか?」

「い、いえ! そのような事は……!」

「――だそうですよ?」


 片方は無表情で。

 片方は笑顔で。

 にこやかでありながら、目の笑っていない笑顔を向けられたサラが慌てて両手を左右に振る。

 認めなければ王族であったとしても我が道を貫き通すと悪意を持って語られる奇人変人のセラーレの者であるエステルは兎も角、一般人を自称するサラとしてはエステルと第二王子との間で起こる言い合い(?)に内心で悲鳴を上げるしかない。


 サラの言質、とでも言うべき言葉を引っ張り出した第二王子が、どこか勝ち誇る様な光を宿した灰色の瞳でエステルの無表情な横顔を流し見る。

 それに、エステルは蔑む様な光を灯した夜空色の双眸で見つめ返してみせた。


「おかしな事を申されますわね。そもそも事はサラの容態以前の問題なのです」

「……それはどういう意味ですか?」

「エ、エステル?」


 サラの方から見える無表情な横顔があくどい笑みを浮かべるも、直ぐさま掻き消える。

 第二王子もその事に気付いたのであろう。どこか訝し気な光を灰色の双眸に浮かばせる。


「いいですか? そもそも未婚の、それも血縁関係にない女性が休んでいる部屋に男子が許可なく入るのは言語道断の振る舞いです。特に……」

「――っ!」


 何かに気付いたらしい第二王子が眼を大きく見開くが、サラはよく解らないまま首を小さく傾げる。


「……特に、淑女の寝室には足を踏み入れるなど、例え殿下であっても、いえ、殿下であられるが故に尚更問題とも言えます」

「失礼!」


 残像が残りそうな早さで退室した殿下を呆然と見送った後、サラは自分の格好を見下ろして内心で小さな悲鳴を上げる。

 第二王子と話をするにしろ、もう少し自分の体調が良くなってからだと思っていた彼女の格好は寝間着に薄い上着を羽織っただけの姿。彼女の全うな感覚からすれば下着同然とも言える。


「ひぇっ、ひぇすてる!?」

「斬新な呼び名ね」


 前もって知らせなどが伝えられていたのであればサラとて準備ができたのだが、今回の王子の訪問は全くの予想外であったために、そのような対策を行えなかった。これは完全に第二王子側のミスとも言える。


「ど、どうしましょうっ! お父様にも見られた事ないのに!」

「はいはい、落ち着いて」


 侍女や夫である人物を除けば、貴族の令嬢達は自分の寝間着姿を他人に晒す事はみっともないと教えられている。

 混乱状態パニックに陥ったサラを我に返らせたのは、目前のエステルのあくどいとしか言い様のない微笑みであった。


「……ふ。勝った」

「エステル、貴方って人は……」


 サラの零した溜め息は、直ぐさま室内の空気へと四散したのであった。

因みにエステルが奇人変人の類に括られるのは寝間着姿でうろうろする事もあります。他の貴族の女性がしたら眉をひそめられる行為でも、セラーレの人間がすれば「あの一族だから」の一言で片付けらます。

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