親友は時の人
月光を紡いだような、波打つ金の髪。
春の空をそのまま映したような、澄んだ瞳。
可憐な容姿と儚げな雰囲気も相まって、社交界の間では『金の妖精姫』として名高い美少女。
――――それがサラ・フィオーレである。
そんな彼女は一夜にして、この王国内で最も有名な乙女になっていた。
* * * *
「よかったじゃない、サラ。十年来の夢が叶って」
「十年来の夢って……。エステル、私の夢をなんだと思っているの?」
白いレースのついた手巾に皺が出来るまで、ぎゅうぎゅうに握りしめたサラが涙目のままエステルを見つめ返す。
それに、エステルは眠たげに瞼をこすりながら答えた。
「ん? だって昔“サラの夢は大きくなったら王子様と結婚する事!” って言ってたじゃない」
「いやぁぁあ! なんで、言った本人も忘れているようなことを覚えているのよーー!!」
手巾を握りしめたまま、サラが絶叫する。
その姿に儚げで可憐な妖精姫の面影はどこにも見当たらない。
「第一、なんでそう嫌がるの? 相手は王子だよ? 玉の輿じゃないの」
「エステル……。貴女、相変わらず意地悪ね」
ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませながら、サラがエステルを睨む。
「あんた、まさかとは思うけど、まだアレの事が好きなの?」
「そうよ。悪い?」
ぷん、とそっぽを向いたまま、サラは答える。
「……強いて言わせてもらうなら、あんたの男の趣味は相変わらず最悪だわ」
「うるさい!」
『金の妖精姫』と謳われる親友の、長年の片思いの相手を知っているエステルとしてはそうとしか評しようがないのだが、その答えは親友の求めるものではなかったようだ。
顔を真っ赤にして睨んでくるサラを半眼で見据えたまま、エステルは面倒臭そうに髪を掻き揚げる。
「……そこまで知ってるのなら、どうして今回の件を私が受け入れないかもわかるでしょ」
――――サラ・フィオーレは時の人。
何故なら、昨夜行われた舞踏会で王子に求婚されたから。
この国の乙女達が恋い焦がれる対象直々に求婚されて、断る娘がいるはずない。
そんな世間一般の人々の思惑に外れ、サラ本人は望まずに起きたこの出来事に、非常に困り切っていた。
「ねぇ、お願いよ。私は王子と結婚したくないの。でも、でも誰にも相談できなくて」
舞踏会での返事自体は先延ばし出来たが、王子直々の求婚をたかが伯爵令嬢が断れるはずもない。
親に相談する事も出来ず、サラが頼った場所はここだった。
――――そんな親友の哀願に、エステルは何を考えているのかわからない黒の双眸を細めただけだった。