確認
まるで凱歌の様に高らかに靴音が鳴り響く。
悠然と人の波を切る様にしてこちらへと歩み寄る親友に、サラは不安な表情を浮かべた。
「エステル……。殿下になんと言ったの?」
「大した事じゃないわ」
そう言って神秘的な微笑を浮かべる親友に、サラは胡乱気な視線を送る。
それを知ってか知らずか、第二王子と一曲踊って来たエステルは泰然とした態度のままだ。
「――……あら。そろそろ次の曲の時間じゃなくて? 今を逃せば、王子殿下と踊れる機会は滅多になくてよ?」
さり気なくエステルがそう呟くと、周囲で聞き耳を立てていたらしい令嬢達が見事な動きで第二王子の側へと近付く。
女性は男性からダンスを申し込まれるのを待つ、という暗黙の約束事が結ばれているため、彼女達は我先にと第二王子の元へと上品に駆け寄って、声がかけられるのを待つ体制に入る。
王子の方も女性の波を掻き分けてまでサラに近付く気はなかったらしく、適当なご令嬢の手を取ると流れてくる音楽に身を任せて踊り始めた。
「――ふ。ちょろいわね」
「エステル、エステル。お願いだから猫を被って」
あくどい笑みを浮かべる親友の姿を何とかして周囲から隠そうとしながら、サラが引き攣った微笑みを浮かべた。
「それは、失礼。ところで、サラ」
「なあに、エステル?」
「ちょっと、来てくれる?」
親友の細い腕を引っ張って、会場の外、一流の庭師の手で整備された中庭の見えるバルコニーへと二人は足を運ぶ。
開かれていた硝子戸の先へと一歩進んだだけで、会場内に流れる優雅な楽曲や人々のざわめき声が一気に遠くなった。
「――――朗報よ、聞きたい?」
「焦らさないで、エステル」
淡い桃色の斑紋の浮かぶ大理石のテラスに、二人佇む。
やや冷たい夜風が、知らず知らずのうちに火照っていた体を冷ます。
「第二王子があんたに求婚した理由を覚えている?」
「……私が殿下の好みにピッタリだったっていう事よね」
「ええ。その際、本当に王子があんたの事を恋愛対象として意識していたらどうしようか、と思っていたのだけど、杞憂にすんだわ」
「?」
にんまり、と獲物を捕えた猫の様にエステルが笑う。
そうしてから、ルツに告げられた事に王宮での噂といった物や自身の独自の見解も付け加えて、口早に説明する。
「殿下はあんたの事をそういう意味では意識してないみたい。このままなら、簡単に逃げられるでしょうね」
「それは、心底複雑な気分ね……」
あっさりと言い切ったエステルの言葉に、サラは眉を顰める。
自分に求婚して来た相手の理由の大部分が“都合が良かったから”なんて聞いて、嬉しくなる女はいないだろう。
「大方、次から次に持ち込まれる結婚話と熱心な求婚者達のアプローチに嫌気が差したんでしょうけど、次期国王ともあろう者がこのような軽率な事をしでかすものじゃないわね」
「……エステル、言いすぎよ」
聞いていた者はいないだろうが、ここは生き馬の目を射抜く様な王宮だ。
滅多な事は口にしない方がいいだろう。
「いい事、エステル? 王宮の中では今の様に軽はずみにそのような事を口にするものでは……」
「――――失礼、少々よろしいですか、フィオーレのご令嬢?」
会場の方に背を向けたまま、エステルに向かってお説教をしようとしていたサラの背に、つい先程まで話題になっていた人物の声がかけられる。
サラの後ろにいた王子は気付かなかったであろうが、正面に立っていたエステルからは親友の整った顔立ちに嫌悪の色が一瞬だけ過ったのを確かに目撃したのであった。
王子の扱いがひどい……様な気がするのは気のせいか?