王子様とダンス
男女がそれぞれ手を取り合って、広間の中央に立つ。
軽快な音楽が流れる中、女性達の着ているドレスが華と咲き誇る。
「――セラーレのご令嬢のお話は幾度か伺いましたが、貴女がサラ嬢とお知り合いでしたとは」
「意外でしたか?」
特に顔色を変える事なく、端的にエステルが問い掛けると一緒に踊っている第二王子が苦笑する。
「ええ。その様な話は私の耳に届きませんでしたから」
「そうですか」
軽やかに体を動かしながら、二人の男女は音楽に合わせてステップを踏む。
「私としても意外でしたわ」
「おや。一体何についてかお聞きしても?」
にこやかに微笑んだ王子に、無感情な夜空色の瞳が向けられる。
「その前に、どうしてサラに求婚なさったのかお訊ねしても構いませんか?」
「簡単な事です。彼女が私の望む全てを兼ね備えた女性であったからですよ」
「その理屈で言うと……」
くるり、と回ってターン。
一度反対側を向いたエステルの無表情な顔が、王子の灰色の瞳を睨む様に見据える。
「他の婚約者候補の方々は、殿下の望む物を持っていなかったって事ですね」
ひくっ、と王子の整った顔が引き攣る。
それに気付かないフリをしながら、声だけは無邪気な雰囲気を装ってエステルは続ける。
「どなたも才色兼備で謳われ、血筋も爵位もたかが一伯爵家の娘であるサラとは、まさに天と地ほどの差がございますね。その様な方々を差し置いて、それでも殿下はサラをお選びすると?」
「私が彼女に一目惚れした、とは信じないのかな?」
「――……お戯れを、殿下」
内心の動揺を隠しているのか、それともわざわざ隠す様な動揺などしていないのか。
表面的には穏やかな微笑みを浮かべたまま、王子はエステルをその灰色の瞳で見つめ返す。
エステルの動きに合わせ、身に纏うドレスの長い裾がふんわりと広がった。
「本当に貴方様があの子に心を奪われ、妻にしたいと望むのであれば、あの様な手段は取りますまい」
「――へぇ。つまるところ、君は何を言いたいのかな?」
王子の声が、一際低くなる。
優雅にダンスを踊っている人々の中で、この二人だけは剣を打ち交わしている最中の様な物騒な空気を漂わせ始めていた。
「察するに……。殿下は誰でも良かったのではありませんか?」
「どういう意味かな?」
楽団の奏者達の腕が止まる。
人々の心を震わせていた、優雅な響きの合奏が終わって踊りの終わりを告げる。
そっと、王子の手が離されたのと同時に、エステルの足が前に一歩進みでる。
――――形の良い耳元に薄桃の口紅の塗られた薄い唇が寄せられ、そっと囁きを落した。
ちょっと王子の本性がでてきた。