王子様との対面
「――――サラ」
「エステル」
複数人の男女に囲まれながら、にこやかな表情で応対していたサラにエステルが声をかける。
春の空の瞳が、嬉しそうに何度も瞬いた。
「ご紹介致しますわ、皆様。私の友人のエステル・セラーレ伯爵令嬢ですわ」
「――……初めまして、皆様」
ドレスの裾を摘んで、優雅に一礼する。
非の打ち所の無い所作であったが、一礼を受けた方は全員ぎょっとした様な顔になった。
「く、黒目黒髪。それにセラーレの名と言えば……」
「『黒獅子』に『黒狐』の……」
「それにあの『血塗れ(ブラッディ)のマリア』の娘……!」
如何にも怖がっていますと言わんばかりに戦く人々に、不思議そうにサラが首を傾げる。
「どうなされました、皆様?」
「い、いえ、何でもございませんぞ、フィオーレの令嬢」
「そ、そうですわ。おほほほ」
「あ! そうだ。他にも挨拶に回らなければ――では、御機嫌よう!」
「そうですわね、では失礼をば!」
あくまでも動きは優雅に、しかしながら敵兵を前にした斥候の様な素早さでもって立ち去っていく社交界の紳士淑女の後姿を、サラがやや惚けた顔で見送る。
きょとり、と春の空の瞳が隣の黒目黒髪の令嬢を見やった。
「――……エステル、なにかしたの?」
「特に何も。強いて言うなら、我が最愛なる家族のせい?」
素知らぬ顔で口元を隠してみせたエステルに、サラが再度何かを訊ねかけようと口を開く。
だが、彼女が口を開く前に近寄って来た人物によってその問いが空気を震わす事は無かった。
「これはこれは。実に三日振りですね、フィオーレのご令嬢」
「今晩はお招き下さり、ありがとうございます。第二王子殿下」
ドレスの端を摘んで軽やかに一礼するサラに合わせて、エステルもまた礼を取る。
ちらりと見上げた先の端正な横顔に、冷ややかな視線を送った。
――次期国王たる第二王子、ダニエル。
新雪の輝きを放つ銀の髪に、利発そうな輝きを灯す灰色の瞳。
充分に鑑賞に値する整った容姿に、遠巻きにこちらをみつめてくる各家のご令嬢達が一斉に頬を赤く染める。
「ところで、こちらのご令嬢は……」
見慣れない顔に、王子がやや訝し気な声を上げる。
それに王子の背後で沈黙を保っていた従者の一人が主の問いに答えるべく口を開いた。
「――黒目黒髪の貴族は我が国にはセラーレの一族しかおりませぬ。歳の頃からしてそちらのご令嬢は……」
「セラーレの当主にして『黒獅子』アベルが息女、名をエステルと申します」
名乗りに合わせて、下げていた頭を持ち上げると、好奇心を多分に含んだ灰色の瞳と目が合った。
「ふぅん。君があのセラーレの邸の……」
王子の形のいい指先が、自身の口元に当てられる。
さすがは奇人変人の集うセラーレ伯爵家。
彼の一族の名は次期国王の耳にも届いていた。
「となると、『黒狐』は君の兄になるのかな?」
「……左様でございます」
淡々と、といえば聞こえはいいが、あまり敬っている様な態度を見せないエステルにサラがはらはらした表情を作る。
最も、一度目配せを送って注意をすれば、見事なまでに完璧な笑顔の仮面を被ってみせたが。
「……彼には昔、酷い目に合わされてね」
「そうですか」
話している内容までは聞こえているのかどうかは分からないが、周囲で様子を伺っているご令嬢達が羨ましそうな顔になっているのが見える。
代わって欲しいなら代わってやるぞ、とエステルとしては言ってやりたいし、気分的には兄に一体次期国王相手に何をしでかしたのか聞きたい気分だ。
「よろしければ、一曲いかがですか?」
「――は?」
丁度いい具合に、楽団の奏でる音楽が新しい物と切り替わっていた。