面倒な背景
この王国の次期国王にして第二王子であらせられるダニエル王子には、国内外に婚約者候補の娘達がおられる。
どの娘も見目麗しく、次期王妃に相応しいだけの教養と分別を身につけている女性達ばかりだが、彼女達の誰を娶っても彼女らの背後にいる有力者な両親達の存在もあって、いまいち決めるに決め切らぬ状態なのがつい一週間前までの現状であった。
そんな中、軒並みいる婚約者候補の娘達を無視して王子の求婚を受けられたのは、王子の婚約者候補達に引けを取らぬ美少女――つまり、サラ・フィオーレ伯爵令嬢である。
彼女は社交界の人々に『金の妖精姫』と謳われる程の美少女であり、立ち振る舞いも上位の貴族の娘達にも引けを取らず、またその月光を紡いだ様な波打つ金の髪に覆われた小さな頭部の中には、学者が舌を巻く程の頭脳が収まっていると専らの噂。
まさに身分が五等爵第三位の伯爵でさえなければ、王妃となっても可笑しくない程の少女であった故に、王子が衆人環視の中で彼女に求婚したのもむべなるかな、といった雰囲気で社交界の人々の中では受け止められていた。
なおかつ、王子にとってはかなり都合がいい事に、サラ・フィオーレは伯爵家の娘であるため、このまま王子と婚姻を結び外戚関係になったとしても、実家であるフィオーレの家は王家でさえ無視する事が叶わぬ程の権力を握る恐れは、他の婚約者候補達に比べてみるとかなり少ないのだ。
「――……と、言う訳なんです。ですから、王妃様や陛下の実母であられる王太后様はフィオーレの伯爵令嬢に一番お嫁に来てもらいたいと願っている具合で」
「それは、参ったわね……。ここまでサラが結婚相手として王家に都合のいい娘だったなんて……」
大広間を包み込む様な形で何本も立てられた巨大な円柱を背にして笑顔を浮かべている平凡な娘が、極力唇を動かさぬ様に背後に立っている相手と話していると、どれだけの人物が気付いたのであろうか。
王宮に勤める侍女の格好をした少女・ルツはセラーレの密偵の一人にして、エステルの部下だ。
内々に打ち合わせしていた通り、主人と従者は王宮内の夜会の喧噪に紛れ込む様にして落ち合っていた。
「ですけど、肝心の王子殿下の方があまりサラ様に乗り気じゃなくなったらしく、王妃様方が訝しんでいるのが現状で」
「それは重畳」
以前の先送り術が結構効いている様だ。
柱とルツの影でエステルは満足げに微笑む。
「……他の婚約者候補はどうなの?」
「エステル様も一通りご覧になられましたよね? 今晩の夜会に皆様勢揃いしている様で」
くふふ、と含み笑いを浮かべ、ルツはお下げの髪を揺らす。
「夜会の初っぱなのレーニョ侯爵令嬢の宣戦布告のおかげで皆様何も言われておりませんけど、内心腸煮えくり返っていると思いますよぅ」
「そりゃ、王子に非があるとは正面切って言えないでしょうからね」
口に出す事が許されない鬱屈や溜め込まれた怒りは、王子ではなくもう一人の当事者へと向かうだろう。
――――つまり、サラ・フィオーレへと。
「……これで、サラも王子に惚れていたら話はもっと楽だったのでしょうけど」
しかし現実は残念ながら違う。
「人の世はそんな物ですよぅ、エステル様。こうして王宮に勤めて人々の零れ話を耳にするだけで夢も希望も無くなってしまいそうですもの」
エステルよりも年下な容貌の少女がそう言うとなんともミスマッチだが、幼い風貌に反した達観した眼差しが言葉よりも雄弁に物語っていた。
はぁ、とエステルが溜め息を吐くと柱とルツの影から出て、大広間へと一歩足を踏み出す。
「――――戻られますか?」
「ええ。情報はそれなりに集まったし、候補者達の顔も拝んだし。そろそろ戻らないとね」
無感情な夜空の色の眼差しでじっと前を見据えて、エステルは春の空の瞳を持つ親友の元へと足を進めた。
さて、次くらいで王子様と対面なるか?