理想の王子様
間を空けてしまって済みません。
エステルは今、豪華絢爛なシャンデリアに照らされた夜会会場の壁に凭れ掛かる様にして、サラと二人で広間の中心を見つめている。
そわそわと落ち着きの無いサラを横目に、大広間の二つある出入り口のうち、王族専用の扉から姿を現した銀髪の青年の姿を見つけ、ほんの少しばかりエステルの眉間に皺が寄る。
次期国王にして、この王国の第二王子。
鈍い輝きの銀髪を短く切り揃え、時折鋭さが横切る灰色の双眸は招待客の間を彷徨っている。
隣のサラが王子と目が合ったのか、微かに肩を振るわせたのを感じた。
「第二王子にして、次期国王陛下のダニエル王子か。……本当に厄介」
「エステル?」
小さな囁きが耳に入ったのか、サラが心配そうに春の空の瞳を翳らせてエステルを見つめる。
それに軽く首を振る事でなんでもないと言外に示すと、安心した様に親友は微笑んだ。
均整の取れた体に、充分に整った容姿。
にこやかな笑みを浮かべ、招待客の間をすり抜けていく様は正に乙女達の理想の王子像そのもの。
現に、彼と目が合ったとか言う理由だけで立ちくらみを起こす少女達の姿もあって、あまりの馬鹿らしさにエステル的には冷たい視線を送る他無かった。
「……自分の影響力を分かっているのか、いないのか。さてどっちなのやら」
そうして立ちくらみを起こす程王子に見蕩れていた少女達が、次に負の感情をもって睨みつける対象がエステルの隣にいるサラなのだ。
その中には、公爵や侯爵といった自分達よりも遥かに上位の地位の少女達の姿もあって、エステルとしては内心で溜め息を吐くばかりだ。
ああいった気位の高そうなお嬢様達からしては、他国の王族のお姫様ですらない伯爵令嬢サラ・フィオーレが次期王太子妃と成る最有力候補である事に納得のいかない者が大部分だろう。
エステルというよく解らない人物がサラの隣に張り付いているのと、まだ夜会自体が正式に始まっていないというのもあって近付いて来ないだけで、暫くすればエステルという盾があっても、遠慮なく攻撃しにやってくる者も出て来るだろう。
――――あの銀色の髪の王子様は、そう言う事を考慮してサラに求婚したのだろうか。
あまり愉快でない考えが脳裏を巡って、不愉快な気分に成る。
遠くでどこぞの貴族が何事かを話しているようであるが、台詞は右から左へと素通りしていくだけだった。
「――……エステル、王子殿下が来られたわ」
親友の囁く様な声を受け、エステルは無感情な黒い瞳はそのままに、僅かに顎を引いて視線を正した。