いざ、戦場へ
おかしいな。これでも恋愛小説の端くれなのに、ちっとも甘酸っぱさがない。
王宮から届いた夜会の招待状。
第二王子のお妃候補として衆目を集めるサラ・フィオーレはその晩、もう一人の娘とともに王宮の門をくぐった。
「……本当に大丈夫かな?」
「それ、もう五回目。いい加減別のことを言って」
ガタゴトと、規則的な音を立てながら馬車が進む。
フィオーレの家紋が押された馬車の中にいる娘の数は、二人。
「もう、エステルはいつも冷たいんだから。少しは心配してよ」
「心配するくらいなら、馬車の中で寝た方がマシ」
そっけなく宣言され、サラが頬を膨らます。
幼い仕草も彼女がすれば普段とはまた別の魅力を引き出した。
「だって……、これからすることは王家の方々を謀ることでしょ? 不安にならない方がおかしいわ」
「……その王家の方々直々の求婚を嫌がっているあんただけには、言われたくないわ」
馬車の分厚い扉を透かして、遠くに聳え立つ王城をエステルが睨むように目を細める。
うなじに一房だけかかった髪がさらり、と揺れた。
「それにしても、エステルは綺麗ね。こうしてちゃんとした格好をしているところをみたら、エバ叔母様そっくりだわ」
「お世辞として受け取っておくわ」
普段のだらけた格好を一変させて、艶やかな黒髪を結い上げ、髪飾りを差し、美々しい衣装に身を包めば、エステルも麗しい娘へと変身する。
ただ、いつもはぐうたらし過ぎでちゃんとした格好を整えていないだけで。
「もしかしたら、どこぞの殿方に見初められるかもよ。そしたらどうする、エステル?」
きゃあ、と可愛らしい悲鳴を上げたサラにじっとりとした視線を送る。
少しして恥ずかしそうにサラが座席の上で小さくなった。
「…………すみませんでした」
「よろしい」
ふん、と偉そうに鼻を鳴らし、エステルが腕を組む。
石畳の上を走っていた馬車の速度が徐々に落ちて、停車する。
御者台の方から声がすることから、王宮の門についたのだろう。
何度目かのやり取りののち、再び馬車が走り出した。
「――――サラ」
「わかってる」
短く告げたエステルに、サラが小さく頷いた。
――――少女たちの自由を賭けた、第二戦の始まりだ。