次なる一手の前の小休止
『――――失礼致します、お嬢様。王宮より招待状が届いております』
「……許す。入れ」
未だ興奮冷めやらぬサラを自室に招き入れたまま、エステルは室外からの控えめな声に気怠気な声を返し、化粧台の前に座ったエステルの髪を弄っていたサラもまた、扉の方へと振り返る。
「こちらになります」
「ん。ご苦労」
銀盤の上に載せられた紅い鑞が押印された封筒を手に取り、エステルが尊大に頷く。
一礼して、侍女が下がると好奇心を隠せぬ声でサラが問い掛けて来た。
「それって、王宮からの招待状じゃない。私も第二王子……王太子から頂いたわ」
「まあね。さすがの叔母様ね……。頼んだのは昨日だったのに……」
「叔母様って……。エバ叔母様? 『黒蝶』って謳われて、今でも社交界の殿方の視線を一心に集めておられる?」
「うん」
『金の妖精姫』であるサラとは、また違った意味で一目を集める叔母の姿を脳裏に思い浮かべながら、エステルは頷く。
サラ・フィオーレが清楚で儚い雰囲気のおとぎ話の妖精の様な少女であるならば、エステルの叔母であるエバ・セラーレは、妖艶かつ豪華絢爛な魅力を放つ美女である。
セラーレ伯爵家の特徴である艶めく黒髪を結わずに垂らし、ふっくらとした真紅の唇を持つ彼の美女に、一度甘い声で囁かれれば、落ちない男はいないと専らの噂だ。
この王国のみならず、他国の王族、貴族、果ては遠い西の皇国の皇族までも虜にしてみせたと言う彼女が結婚した時は、この国だけでなく隣国の男達までもが悔しさで枕元を濡らしたとか。
そんな彼女に甘い声で頼まれてみろ。
王国の役人であっても、瞬く間に彼女の意に従うべく、滅多に社交界に姿を現さないエステルのために招待状を拵えてくれるだろう。
「そっか……。エバ様は私達に協力してくださるの?」
「うん。個人的に、あの人はサラに同情していたからね」
真っ赤な唇と妖艶な雰囲気のせいで何処か近よりにくい印象を受けるあの叔母は、実はかなりの子供好きだ。
実際、サラも社交界に出入りし始めた頃には何度か世話になった事があったため、エバにはかなり懐いていた。
「あの人、男を誑すのも得意だけど、女を誑し込むのも上手だからね」
一部の貴族令嬢からは「お姉様」と言われて慕われているとかいないとか。
そのせいで彼女の夫には男だけではなく、女からの嫉妬も向かうらしい。
義理の叔父ながら気の毒な事だ。
「これから先、どんな手を打つにしろ、必要なのは情報だからね。私の計画が上手くいくかどうかも……」
「エステル……。本当になんて言ったら良いのか……」
「気にしないで、サラ。それより、計画も大事だけど、肝心のあんたの演技が下手だったら意味ないからね。次の夜会が開かれるまでの三日間、ばっちり練習しときましょうか?」
「わ、私にあの甘ったるい声をまた出せと……!」
ぞわわ……、と鳥肌を立てたサラに、エステルが綺麗な笑みを浮かべる。
見る者の頬を赤らめさせてしまいそうな、そんな魅力的な微笑みであったが、サラの目には鼠をいたぶって遊ぶ時の猫の姿にしか見えなかったのであった。
エバ・セラーレ
エステルの叔母で、<伯爵家の人々>に出て来た『黒蝶』は彼女です。