小鼠達の暗躍 その一
ある意味閑話の様な話。
ニューヒロイン、登場?
『――――どういうことだ。フィオーレの家の令嬢は、お前から聞いた話と随分と違うじゃないか』
隠し切れない怒りがこもった聞き慣れた声に、王宮付きの侍女・ルツは足を止めた。
丁度、同僚から頼まれていた仕事もやり終え、上司である侍女長からは休憩に入っていいと言われていた時間であったため、こっそりと柱の影の隠れて聞き耳を立てる。
『昨夜、フィオーレの令嬢とお話しになられたのでしたね。何かございましたか?』
『そこまで知っているなら話は早いな。昨日の夜会の事だが……』
話しているのは次期国王であられる第二王子・ダニエル殿下と彼の側近の一人であるアロンで間違いない。
一人頷きながら、ルツは尚も耳をすませた。
『昨日、初めて面と向かって令嬢と話してみたが、なんなんだあれは』
『おや? 振られたのですか?』
『違う! ――が、似た様なものだろうな。フィオーレの令嬢がオレに向かってなんて言ったと思う?』
理想の王子様として国内の乙女達には絶大な人気を誇る第二王子であるが、実際の彼がかなり口の悪い人物であるとルツは知っていた。
話している内容は三日程前に王子が求婚した相手である『金の妖精姫』であるサラ・フィオーレ伯爵令嬢で間違いないだろう。
王子が彼女の事をどのように思っているのかについては、王城に務める者達の間でもかなりの関心の的であった。
『――――“お友達から始めましょう”だと』
『は?』
『なんでも、自分は今までに男と付き合った事がありませんので、是非とも“お友達”から始めたいのだそうだ』
『俄には信じ難いですね……。大事に育てられ過ぎた弊害でしょうか? いかにも恋愛小説にのめり込み過ぎたあげく、現実にもそれを要求している令嬢としか思えませんね』
『――――だろ? 夢見がちといえば聞こえがいいが……』
これは面白い事を聞いた、とルツは内心ほくそ笑む。
部屋の外で柱の陰に隠れた所で壁に張り付く様にして聞き耳を立てている者がいるとは気付かないまま、止ん事無き方々の話は続く。
『いくら見た目が美人でも、現実と架空の区別もつかぬ頭が空な女じゃ話にならん。王太子妃……いずれは王妃としてオレの隣に立つ女があんなんじゃなぁ』
『しかし、私が以前お話しした際にはそのようには見えませんでしたが……』
『だったら、昨日のあの発言をお前はどうとるんだ』
声が段々遠ざかっていく。
室内に設けられた扉を使って、他の部屋へと移るのだろう。望外の収穫に満足して、ルツは張り付いていた壁から身を離した。
「これは良い事を聞いちゃった。早速エステル様にお伝えしなきゃ」
語尾に音符でも付きそうな弾んだ声を出しながら、ここ最近お会いしていない敬愛する主人の姿を思い浮かべたルツは走り出した。
一見、どこにでもいそうな平凡な顔立ちに、この王国では珍しくもない薄い茶髪。
癖のある茶髪を三つ編みにして背中に垂らし、青い瞳を興奮で輝かせている、そばかすの散った幼い風貌の娘の名をルツと言う。
――――『黒猫令嬢』の子飼いの<鼠>の一人にして、何の因果かエステル・セラーレを主人として尊敬する、世にも稀な純朴な娘であった。
エステルの情報源、その一。
王宮に関する話題は大体が彼女の口からのものです。