先延ばし作戦の結果
「やった、やったわ、エステル! 上手く行ったわっ!!」
朝遅くまで惰眠を貪っていたエステルは、親友のはしゃぎにはしゃいだ声によって叩き起こされた。
寝ぼけ眼に、月光を紡いだ様な波打つ金の髪とキラキラと輝く春の空の色の瞳が映る。
「…………サラ?」
「そうよ! 聞いて、エステル! 言われた通りにやってみたの、そしたらねっ!!」
興奮を隠せない親友の姿を尻目に、再度エステルは夜空の瞳を閉じた。
「五十分後に起こして……」
「ちょっと、エステル! 二度寝なんかしないでよ!」
もそもそ、と再び寝具にくるまったエステルから、サラが乱暴に寝具を引き剥がした。
* * * *
――昨夜の夜会に招かれたサラは、親友であるエステルに教えられた言葉を胸に王城の門をくぐった。
「夜会が始まって、暫くしたらダンスが始まっちゃって少し焦ったけど……」
エステルの寝台の上に、図々しくも腰を下ろしたサラがニコニコとした表情のまま、昨日の出来事を振り返る。
その横ではどこかぼーっとした虚ろな表情のエステルが、枕を抱きしめた格好で座り込んでいた。
「いつもと違って、誰も誘ってくれなかったから焦ったけど音楽が始まった途端、第二王子が来られてね。そのまま、三曲くらい一緒に踊ったかな?」
「それで? ダンスが終わった後に、バルコニーにでも誘われた?」
「うん。エステルが予想していた通りだったよ。私としては他所のお部屋に招かれるよりも助かったけど」
内密の話をする場合は他人の邪魔が入らぬ場所で、というのはどこの世界でも鉄則だ。
内庭に張り出した王宮内のバルコニーか、普段はあまり使用されていない夜会の会場に近い一室のどちらかで王太子がサラとの会話を望む事は予測がついていた。
「――――で? また求婚されたんでしょ?」
「“前回は色よいお返事がいただけませんでしたので、今回こそは……”とか言ってらしたわ。まあ、あの日の舞踏会で何も言えずに逃げ出したのは確かだったし」
しゅん、とサラの顔が曇る。
「でも、まぁ……ふわぁ。今回はあんたのその間の抜けた行動が役に立った訳だ。男に慣れていない初心な伯爵家の妖精姫というイメージが王子の中で固定されたのは間違いないだろうしね」
「ええ。だから言ってあげたわ」
サラの脳裏に、昨夜のバルコニーでの一件が描き出される。
――――自分よりも背の高い王子の方を向いて、意識して好きでもない相手に上目遣いになって……
「“私、殿方とのお付き合いは初めてですの。ですからお友達から始めませんか?”って、ね! あああ! 自分でやった事ながら、物凄く鳥肌が立つぅうっ!!」
「――――グッジョブ、サラ」
ぐい、と無表情でエステルが親指を立てるが、サラは鳥肌のたった二の腕を擦り続けた。
「私の事ながら、なんなのあの甘ったるい媚を含んだ声! あああ、あんなの私じゃないのにぃぃいっ!」
「ちゃんと言った様に、ココアの中にシロップと砂糖と蜂蜜を足した様な声で言ってのけたのね。偉いわ、サラ。このぶんだとついでに、上目遣いとスカートの裾を左手で掴んで右手は胸の前、っていうポーズも無事にやれたみたいね」
「あ、穴に埋まってしまいたい……。もうやだ、あんなぶりっ子みたいなのは…………」
「それで上手くいったから良かったじゃない」
ふわぁ、と眠たそうな吐息を吐きながらエステルが目を擦る。
昨晩の自分の演技に鳥肌を立てながら、サラは頭を抱えた。
「さすがの王子も一瞬だけ固まってたわ。すぐににこやかな顔に戻られたけど」
「まあ、どこの夢見がちな乙女だよ、って突っ込みたくなるような事をしてのけたからね」
少し頭の足りない子、と思われたのは確実だろう。
しかし、それこそがエステルの狙いだった。
「これで、あの王子殿下があんたに抱く関心が少し減ったのは間違いないわ。その証拠に“お友達”から始める事になったんでしょ?」
「あうぅぅ。そうだよ」
幾ら社交界ので評判がよくとも、頭の足りない娘は王太子妃ひいては王妃に据えるには役者不足ではないかと印象を抱いたのであろう。
でなくば、大勢の前での求婚といった、荒っぽい手段をとった第二王子の事だ。無理にでもサラを正式な婚約者とするべく行動を起こしたであろう。
――――取り敢えず、最初の危機を二人は脱したのであった。
自分で後々砂を吐く位、甘ったるい声をサラ嬢は見事に出してみせました。




