親友は戦場
――その晩、痺れを切らしたらしい王宮より、サラ・フィオーレ嬢宛に招待状が届いた。
普段よりも念入りに化粧を施こさせ、波打つ月光を紡いだ様な金髪をきっちりと結い上げたサラを見送ったエステルは、生欠伸を噛み殺した。
どこか間の抜けている親友を一人だけで夜会に送り出すのは正直不安だったが、エステル宛に招待状が届いた訳ではないので致し方あるまい。
まあ、一応策は授けておいたし、正直猫を被っている状態のサラはそこらの貴族の娘を束にしたところで敵う様な柔な娘でもないので、今回は見送るに留めた。
しかし、これから先もあの親友の側に付いておけないのは困るので、今後王宮からの招待状が届く様にと手を打っておいた。
流石にこの時ばかりは、今までの自分のずぼらさを恨んだが、元来自分はサラと違ってああいった華やかな席は好きではない。
あんな夜遅くまである不健康まっしぐらなパーティに出席するよりは、邸の素晴らしい寝台の上で夢の世界に旅立つ方がよっぽど有意義だ、と常々エステルは思っている。
――――しかし、『黒』の儀を受けた今となってはそうもいかない。
いつもだったらとっくに眠りに就いている時間であったが、今夜のエステルは柔らかな寝台の上ではなく、固い椅子の上に座って書物のページを捲っていた。
『結婚のススメ』『正しい求婚の受け方』『夫婦円満の百の秘訣』『古より伝わる礼儀作法=結婚編=』などなど、邸内の蔵書室から持って来た本を読みふける。
……持って来た書物の中には『これで貴方も立派な悪女 パート1』など、何処か間違った題の物もあったが。
「そろそろ、サラが帰ってくる時間かな……」
書物に没頭していたエステルが不意に頭を持ち上げ、部屋の隅の柱時計を眺める。
夜遅くまで続けられる夜会であるが、未成年であるサラはこの時間には基本的に退出する。
ちらり、と手元の書物に視線を落す。
身分違いの愛に苦しみながらも、お互いに手と手を取り合って家を飛び出した男女の恋愛を扱った、どこの国にもありそうな恋愛小説だ。
以前、この本を読んだサラが「とっても素敵な話なの!」と言ってみたから読んでみたのだが、正直言ってつまらなかった。
使用人の娘に恋をして娘と駆け落ちした貴族の青年の心も、貴族の青年との許されぬ恋の葛藤に悩み続けた娘の心情も、全くと言っていい程理解出来ない。
娘を一生の伴侶として迎えたいと思う程相手の事を欲するのであれば、そのために努力でも策略でも行えばいいのだ。
青年への思いが断ち切れないと思うのであれば、さっさと別の仕事に就くなどして離れればいいのではないか。
勿論、エステルの考えついた手段とて生半可な道ではなかろう。
しかし、駆け落ちをして全てを放り出すよりも、容易い手段であるのは間違いない。
――――眠たい頭でそんなことを思い、側に置いてあった蝋燭の火を吹き消した。
ある意味、健康優良児エステル。