計画は現実的に
第二部に入ります。
サラ・フィオーレが王子に求婚された舞踏会から、三日目。
エステルが親族から『黒』の儀式の許可を受けてからは、二日目の日。
一蓮托生となった少女達は、エステルの生家・セラーレ伯爵家の内庭の四阿にて額を付き合わせていた。
* * * *
「ああ……。どうしよう、どうしよう。もうこれ以上、王子へのお返事を引き延ばせない……」
「うるさい。こっちは本を読んでいるから暫く黙ってて」
白亜の大理石で作られ、柱の至る所に青々とした蔓草の絡み付いた瀟洒な四阿の中。
月光を紡いだ様な波打つ金の髪に春の空と同じ色の瞳を持つ少女はブルブルと震え、その傍らの濡れ羽色の黒髪に夜空の瞳を持つ少女は淡々と本のページを捲っていた。
「う、うるさいっ、って! ひどいわ、エステル!!」
「騒ぐ暇があったら、本でも読んでなさい」
純白のテーブルの上に積まれた本の山から一冊取り出すと、サラの方へと放る。
突然放られたのにも関わらず、投げつけられたサラの方は、それを危なげなく受け止めてみせた。
「もう、エステル。私だったから良かったものの、他の貴族のお姫様達にこんな乱暴な真似をしてはダメよ」
「……ふわぁ」
つん、と桃色の唇を尖らせてサラが窘めるが、退屈そうにエステルは生欠伸する。
そうしてパラパラと捲っていた本を脇に置くと、今度は右手を伸ばして薄い冊子を引っ張り出した。
「ねぇ、エステル。これからどうするのか、教えてくれない?」
「――ん。取り敢えず、第一の目標は正式な婚約を先延ばしにする」
『結婚のススメ』と銘打たれた薄い冊子を退屈そうに捲りながら、エステルは答える。
「あんたが舞踏会の夜に返事をしなかったから、今の所あんたと王子との間に正式な婚約は結ばれていない。それは分かる?」
「う、うん」
こくこく、と必死にサラが頭を振る。
エステルは薄い冊子を横に放ると、今度は『婚約前の淑女の嗜み』というタイトルの分厚い本を開いた。
「正式に婚約が結ばれていない、という現状は私達に取って非常に有利な状況よ。周囲がいくらあんたを王太子の婚約者として扱ったとしてもね」
『正しい求婚の受け方について』と書かれた章を飛ばし、ページを更に進めるエステルの横で、サラがぎゅっと拳を握りしめていた。
「取り敢えず、第一にすべき事は何が何でも正式な婚約を結ばせない事。もし、されでもしたら、その時点で私達はかなり困った事になるからね」
「で、でも……。今だってギリギリなのに、これ以上延ばすだなんて……」
弱音を吐いたサラに、エステルは本へと落していた視線を持ち上げ、春の空の瞳と視線を合わした。
「そうだね。――――だからひとまず、あんたは王子に会いに行きなさい」
「へ?」
間抜けな顔をしてエステルを見返すサラに、エステルはあくどいとしか評しようのない笑みを浮かべてみせた。
「こういう時に使える、とっておきの台詞があるじゃない」
「は?」
何がなんだか分からないサラに、エステルは渡した本を見る様に指示する。
手の中の本のしおりが付けられた箇所を開いて、赤い線が引いてあった行を目にして、サラの瞳に理解した色が浮かんだ。
「その台詞を、王子の前で言いなさい。上手くいけば、時間を引き延ばす事が出来るわ」
――――そうして微笑むエステルの顔は、やっぱりあくどかった。