幕間・伯爵家の人々
「――――それでは、昨夜申請のあったエステル嬢の『黒』の<試練>はサラ・フィオーレ伯爵令嬢と王太子殿下との婚約破棄という事で確定じゃな? 異論はあるかの?」
薄暗い部屋の中、重厚な樫作りの円卓に五人の人影がある。
身なりも格好も、性別も様々な人間達であったが彼らは全員一つの共通点を持っていた。
「構いませんわ」
まず最初に言い放ったのは、官能的な響きの女の声。
「了承した」
続いたのは冷徹な印象を聞く者に与える男の声。
「ふふ。あの子がどこまでやれるのか、とっても楽しみだね」
愉快そうに呟いたのは、何処か毒のある青年の声。
「……致し方あるまい」
最後に、苦味の混じった声が渋々と同意する。
「諸卿に異存は無い様だな。では、ここに五卿の名の下に『黒』の儀式の開始を承認する」
五人の人影の中で最初に口を開いた、年老いた声が重々しく呟くと、残りの四人が一斉に頷いた。
彼らが頷いた途端、どこか重たい沈黙が室内を漂う。
「それにしても、恋愛をあんなに嫌っていたエステルちゃんがねぇ……」
そんな空気を払拭する様に、女の声が呟く。
他の四人が苦笑する雰囲気が、空気をさざめかせた。
「ボクとしても意外でしたよ、叔母上。あの怠惰で面倒くさがりやな妹がこんな事を申請するなんて」
「イサク……」
毒を孕んだ軽やかな声がそう言い放つと、苦味の混じった声が渋い声へと変わる。
「それにしても、よくもお前達が受理したものだな。何故止めなかった……?」
少しばかり不思議そうに、怜悧な声が訊ねかける。
答えたのは、女の声だった。
「あら。あたくしにしてみればさすがは我が姪御と感心こそすれ、止める様な野暮な真似は致しませんわ。殿方はお疑いでしょうけど、女の友情は脆くもありますが、強固な物は殿方に引けを取りませんのよ?」
「それは女であるお前の意見なのか? 『黒蝶』よ」
「当然でございますわ、当主様」
女の声がしっとりとした艶を増す。
「『黒狐』、お前でも十九の時に受けた『黒』の儀式であるというのにのぅ。エステル嬢は何を考えているのやら」
年老いた声が悄然と溜め息を吐く。
それを打ち破る様に『黒狐』は、からからと笑声を上げた。
「さあ。案外何も考えていないかもしれませんねぇ。なにせ、気まぐれな『黒猫令嬢』でございますから」
「やはり、早すぎたのであろうか……」
「らしくないぞ『黒獅子』。戦場でのお前はどこにいった?」
『黒狐』と違い、沈んだ空気をそのまま声に移した様な苦々しい声の独り言を冷淡な声が窘める。
「動機が何であれ、エステルは道を選んだ。『黒』の儀に成功して見事『黒』の称号を冠するのか、はたまた<試練>に破れセラーレの人形となるかは、全てあの娘の力量次第」
「ほっほ。『黒蛇』の言う通りじゃて。戦の折りは無敵を誇る『黒獅子』も、愛娘には弱いようじゃな」
年老いた声が好好爺然と笑う。
――――それを最後に、黒い目と黒い髪と言う共通点を持つセラーレの一族の人々は、沈黙したのであった。