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黒猫令嬢の気まぐれ  作者: 鈍色満月
玉の輿のその実態
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一蓮托生<中編>

「やぁ。朝早くからわざわざ来てもらって済まないね、サラちゃん。いつも愚妹がお世話になってるよ」

「朝早くから淑女の部屋に押し掛けて何を言っているんだ、愚兄。うさんくさい顔で笑ってないでとっとと出て行け」


 自称・淑女な妹の言葉に、兄のイサクは飄々と笑う。

 兄妹の毒の吐き合いに巻き込まれたサラが、おろおろと睨み合う二人へと視線を移す。


「やぁ、エステル。今日も今日とて朝っぱらからご機嫌斜めだね。昨日の晩はあんなに素敵だったのに」

「余計な事言ってないで、さっさと退散しやがれ『黒狐』。悪いがあんたはお呼びじゃない」


 淑女としての言葉遣いもかなぐり捨てて、エステルが毛並みを逆立てた猫の様に唸り声を上げる。

 サラが見守る中、イサクは乾いた笑声を上げた。


「やれやれ。エステル、キミは昔から自分に都合が悪い事があると途端に口が悪くなる癖は変わらないよね」

「はっ! 何をうそぶく、愚兄。都合の悪い事なんかある訳ない」

「本当に?」


 イサクの目が狡猾な光を宿す。

 突き刺す様な口調に、僅かにエステルの肩が震えた。


「では聞くけど、キミは親友のサラちゃんに嘘をつくんだ?」

「え……?」

「嘘なんかついてない!!」


 先程までの気怠気な雰囲気は綺麗に消え失せ、寝台の上に起き上がったエステルが一喝する。

 豹変した親友にサラが肩をびくり、と揺らすが、一喝を浴びた方の兄はますます笑みを深めただけだ。


「そうだね。厳密にいえばキミは“嘘”はついてない。……言ってない事はあるけどね」

「どういう事、エステル?」


 押し黙ったエステルに変わって、イサクが答えた。


「『黒』が単なる成人の儀式だって? 笑わせる。友人を困らせたくなかったキミの気持ちは、まぁ……分からなくもないけど、随分と残酷な友情だ」


 母・マリアに似た、優し気な容貌が奇妙に歪む。一瞬だけ、イサクを獰猛な気配が包んだ。


「確かに『黒』は一族の成人式としての役割も持つ。でもね、サラちゃん」


 春の空の瞳を大きく見開き、声もでない少女にイサクが何処か獣めいた微笑みを向けた。


「<試練>に成功すれば、ボク達は正式にセラーレの人間として認められ、有事の際には意見を述べる事も許される様になる。人間として考えうる範囲での自由が与えられる。例えば、新しく事業を始めたり、はたまた国を出て好きな所に行って、他所の国に仕える事だって咎められはしない」


 普通の貴族であれば、生まれた王国の中で一生を過ごす事が当たり前とされ一族の人間に外へ行く事を勧めない風潮が強い中、国外へ行く事を許すセラーレ伯爵家は異端であった。


 でもね、とイサクが笑う。


「人間としての最大の自由が認められる一方で、もしも<試練>を合格出来なかったセラーレの人間はどうなると思うかい?」

「どうなるの、ですか?」

「……一切合切、人間としての自由と権利を剥奪され、セラーレの人形にされる」


 震えるサラの声に応じたのは、エステルであった。

 先程までの威勢はどこにいったのやら、寝台の上に再び寝っ転がって不貞寝していた。


「それって、過激すぎるんじゃないの? その、成人の儀式としては」

「この習わしを作った初代が、無能嫌いの苛烈な人間だったからね。自分の子孫と言えど、この程度の<試練>をくぐり抜けられない程度の人間ならいらないって事らしい」


 それを実際に実行しているボク達が言うのもなんだけどね、とイサクが苦笑する。


「<試練>は年長者から与えられる物と、<試練>を受ける者が自ら選択するタイプと二つある。そこの愚妹が『黒』を申請する際に選んだ<試練>は、サラちゃん、キミの婚約破棄だ」

「……!」


 むっすり、と不機嫌そうなエステルを見やるが、結局サラは何も言えずに押し黙る。


「王族の面子を潰さずに王族からの求婚を断るんだ。並大抵の事じゃ出来ないよね? 他人事として言わせてもらうなら、正に<試練>に相応しい課題でもあるよ」

「うるさいぞ、愚兄。余計な事ばっかり教えやがって……」


 くっくく、と愉快そうに喉の奥で笑声を立てる兄を睨みながら、エステルがふてくされる。


「そういうわけだ、サラちゃん。昨晩、エステルの申し出は一族の年長者の審議を経て、エステル・セラーレの<試練>として正式に認められた。もしキミが今後王子に心変わりしたとしても、そこの愚妹はキミと王子の婚約話を全力で壊しにかかるから安心しなよ」


 好き勝手言いながらイサクが部屋から出て行く。

 その後姿に向かってエステルが枕を投げつけるが、寸前で扉を閉められてしまった。


「全く。どこから聞いていたのやら。我が兄ながら性格の悪い……」


 寝台から抜け出して床に落ちた枕を拾う。

 その背をサラが物言いた気な視線で見つめていた。

なんかかなりシリアスになりました。

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