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第九話 旅

「先ずは旅の日程を決めようと思う」


 歓迎会の翌日。旅に出る予定日を一ヵ月後と定め、鵺とサラサはこの日から旅の準備を始めることにした。先ずは行程の決定からだ。


「私は旅のことは素人ですので。鵺様にお任せいたします」

「そうだな。最初だし今回は私の方で行程を決めさせてもらおう」


 ここは旅慣れしている鵺に任せた方が無難だ。今後は彼者誰ノ里を拠点に何度も旅を繰り返していくことになる。旅に慣れてきた頃にはサラサの希望も積極的に取り入れていく予定だ。


「これが黎明ノ国の地図だ」

「私たちの住む国はこのような形をしていたのですね」


 鵺が床に黎明ノ国の地図を広げた。黎明ノ国は靡いた旗のような形をした島国で、国の多くが緑の多い森林地帯である。ほぼ中央に位置する王都を中心に、東西南北にそれぞれ四季の名を冠した拠点都市が存在する構成だ。近年は海外貿易も盛んに行われており、新たな文化も多く流入してきている。そして人間の地図には記載されていない、妖の隠れ里が多く存在していることもまた、黎明ノ国の大きな特徴の一つと言えるだろう。


「彼者誰ノ里はどの辺りになるのですか?」

「人間の地図には存在しない地だから分かりづらいが、東部のこのあたりだな」


 鵺が黎明ノ国東部のやや北に位置する彼者誰山と呼ばれる地域を鵺は指差した。森の社といい、以前はここにも集落があったようだが、現在では彼者誰ノ里周辺には人里はなく、滅多に人が訪れない秘境とでも呼ぶべき土地柄。だからこそこうして多くの妖たちが共同生活を送ることが出来ている。


「最初の旅だし、二週間程度かけて東部を巡るのが良いと考えている」


 無理なく最初は近場から。移動も楽だし、何かあれば直ぐに彼者誰ノ里へと戻ることも出来る。鵺は東部から王都まで伸びる惜春(せきしゅん)街道を利用した行程を指し示し、指でなぞっていく。


「彼者誰山を下りたら、惜春街道を通って先ずはウグイスという町を目指す。ここは宿場町として栄える交通の要衝で、東部では比較的大きな町だ。宿が多く、各地から集った行商人による露店も見応えがある。観光気分で楽しんでもらえたらと思う。そこからまた惜春街道を通って悠遠(ゆうえん)ノ森を抜けたら、サラサの母君が眠る寺の近くの町に出るので、お墓参りに立ち寄ろう。その後は彼者誰ノ里とも交流のある妖の里にも何件か立ち寄ろうと考えている。これでも顔は広いから、皆快く歓迎してくれるはずだ。そこからは帰路へつき、行きとは異なる道順で彼者誰ノ里へと戻って来る、約二週間程度の旅路だ。どうだろうか?」


「異論はありません。今からとても楽しみです」

「ありがとう。詳細は徐々に詰めるとして、大まかな行程はこれで良かろう」


 サラサは目に見えてソワソワしていた。旅の計画を立てることがこんなにも楽しいのだと初めて知った。まだ一カ月も先の話なのに、今からワクワクが止まらない。


「ところでサラサ。旅をする上で予め決めておきたいことがあるのだが、今の内によいか?」

「何でしょうか?」


「若い男女で旅をするというのは何かと目立つ。怪しまれないようにその……婚前旅行をしている、という体にしておかないか? もちろんこれはあくまで旅をする上での仮の名目に過ぎない。以前話したように、お互いのことを少しずつ知っていければと考えている。決して関係を急くものではない」


「もちろん構いませんよ。男女二人旅となれば、婚前旅行か新婚旅行という方が自然ですものね」

「理解してもらえて嬉しいよ」


 内心動揺する鵺とは対照的に、サラサの返答はあっさりとしていた。額面通りに言葉を受け取ったという印象だ。ともあれ、旅は婚前旅行という名目に落ち着いたのであった。


「そういえば、路銀などはどうしましょうか?」


 人間の世界では当然、通貨を使った経済活動が行われている。ある程度は自炊や野宿でやり繰りできても、人間の町にも立ち寄る以上、通貨を利用しなければならない場面も出てくるだろう。財産を持たぬサラサはその点が不安だった。


「案ずるな。これでも人間社会の通貨をそれなりの額は所持している」


 そう言って、通貨の入った巾着を床に置いた。置いた際の音でかなりの重さが感じられた。


「驚きました。人間社会の通貨は妖の世界でも流通しているのですか?」


「いや、妖の世界には人間社会とは異なる経済の仕組みが存在していて、妖同士が人間の通貨でやり取りをすることはない。これは妖としての素性を隠し、人間側と商品の売買や取引を行うために所持しているものだ。私も旅を続ける中で必要な物資等は人間の町や行商で調達している。妖というのは存外と金持ちが多くてな。危険すぎて人間では立ち入ることが出来ない秘境のような場所でも、妖は貴重な資源を調達することが出来る。それを人間社会で換金すれば一儲け出来るというわけだ。妖である我々は人間ほど金銭という物には執着していないがな」


 中にはその手法で資金を元手に人間の姿で事業を起こし、大成功を収めた妖も存在する。人間社会は妖を排斥する風潮が強まっているが、人間社会の経済を回す一翼が妖であることに気づいてはいない。ある意味で皮肉な話しである。


「少々話しが脱線してしまったが、路銀の心配は不要だ。サラサも何か欲しい物があれば遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます。ですが最低限のお食事や宿泊が出来れば私はそれで満足ですよ」


 物欲がサラサにはほとんどない。突然欲しい物があれば遠慮なく言ってくれと言われても反応に困ってしまう。


「そうか? まあ、見て気に入る物もあるだろうからな。当日の楽しみということにしておこう」


 旅の中で色々な物を見ればまた購買意欲も湧いてくるかもしれない。深くは考えず今はそれで良しとした。



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