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第十九話 母娘

 一刻ほどで雨は上がり、空には再び太陽の煌めきが戻ってきた。鵺とサラサは当初の予定を変更し、涼風に力を貸すために、彼が間借りしている家を目指すことになった。サラサにとっては幸いなことに、目的の家は村の外れにあり、大勢の村人の目に触れることは無さそうだ。


「お帰りなさい。いつもより遅かったね」

「ただいま、ユカリさん。帰り道で雨に降られてしまってね。お堂で雨宿りをしていたんだ」


 足音を感じ取ったのだろう。目的の家に到着すると、十歳の少女ユカリが玄関から飛び出してきた。この家には住居とは別に、麻織物を生産する作業部屋となっている母屋があり、涼風はそちらを利用させてもらっている。


「涼風さん。そっちの人達は?」


 ユカリの視線は見慣れない二人、特に長身の鵺を見上げていた。


「僕の友達だよ。お仕事を手伝ってくれることになってね」

「私の名前はサラサ。ごめんなさい。突然知らない人が来て驚かせてしまいましたよね」

「私は鵺だ」


 サラサは編笠を被ったまましゃがみ、ユカリに一礼した。本当はしっかり目を合わせて挨拶をしたかったけど、真紅眼のことは隠さなければいけない。鵺は鵺で子供の相手は苦手なのか、普段よりも言葉少なげだ。


「涼風さんのお友達なら大歓迎だよ。お家にどうぞ」


 ユカリは満面の笑顔で歓迎してくれた。日頃の涼風の信頼があってこそだ。


「涼風様のお客様だそうですね。家主のミドリと申します。このようなお姿で申し訳ございません。大したおもてなしも出来ませんが、どうぞゆっくりしていってくださいな」


 家にお邪魔すると、ユカリの母親であるミドリが布団から上体を起こしていた。切れ長の目が印象的な美人だが、病の影響で顔色が悪く、声もかすれていた。それでも急な来客に嫌な顔一つせず、歓迎してくれている。


「急に押しかけてしまい申し訳ありません。どうか楽にしていてください」


 サラサはミドリの体を優しく支えて、ゆっくりと布団に横にさせてあげた。サラサは母親のキヌエを病で亡くしている。病に苦しむミドリの姿に気が気でなかった。


「ユカリさん。お母さんにお薬を飲ませてあげたかい」

「うん。お母さんも少し気分が良くなったって」

「それは良かった。もっとよく効くお薬がもうすぐで作れるから待っていてね」

「涼風様のこと信じてるからね」


 希望に目を輝かせるユカリの頭を、涼風は優しく撫でた。


「お母さんをゆっくり休ませてあげて。僕たちは離れでお仕事の話をしてくる」


 正体を隠している都合上、ユカリとミドリの前では詳細を話すことが出来ない。涼風は鵺とサラサを連れて離れへと向かった。


「気丈に振る舞ってはいたが、かなり弱っているようだったな」

「はい。魂の色も弱くなっていました」


 医師や薬師ではない鵺とサラサの目にも、ミドリが弱っていることは明白だった。サラサの真紅眼が捉えた魂の色も、深緑色の美しさを保ちながらも範囲は小さく、今にも消え入りそうだった。涼風が言うように、時間はあまり残されていないのだ。


「あれは禍津獣の毒気にあてられた症状です。村で騒ぎは起きていませんから、直接遭遇はしていないのでしょうが、恐らくは通り道に残っていた毒気の影響を受けてしまったのでしょう。自然に毒気が排出され、一時的な体調不良で終わることも多いですが、元々の体質なのか、ミドリさんは影響を強く受けてしまったようです」


 禍津獣の毒気にあてられると、怪我や病気で無いにも関わらず、体力を消耗し肉体は徐々に衰弱してしまう。禍津獣の種類や罹患者(りかんしゃ)の体質によって場合は様々だが、ミドリは自然治癒が望めぬ段階まで重症化してしまった。


「現在は薬で症状を和らげていますが、根本的な解決にはなりません。治療のためには禍津獣の毒気を解毒することが出来る、欽慕草の力が必要なのです」


 禍津獣に遭遇したら、大抵の人間はその場で殺されてしまう。故に生きて、毒気にあてらる状況そのものが稀であり、人間の世界ではこの症状に関する知識自体が乏しい。これは禍津獣の毒気の知識を持った、妖の薬師でしか対処出来ぬ症例と言える。


「事情は分かった。事は一刻を争うのだろう。早速、合子山に向かうとしよう」

「感謝します。僕は採取の準備を」


 もうすぐで夕暮れ時を迎える。夜の山に入るのは人間であれば危険だが、二人は妖。夜目も効くし時間帯など関係なかった。


「私も同行させてください」


 サラサの申し出に驚き、涼風がカゴを用意する手を止めた。


「サラサさんはここに居た方がよいのでは? 真紅眼を持つ者が禍津獣の山に入るのは危険です」


「だからこそです。私が村に残れば、私の存在に気づいた禍津獣が村を襲撃する可能性もありますし、むしろ私が積極的に山に入った方が、私を狙おうとする禍津獣の動きも把握しやすいはずです」


「村を思ってくれることには感謝いますが、怖くはないののですか?」

「大丈夫です。鵺様のお側はこの世界で最も安全ですから。そうですよね? 鵺様」

「うむ。サラサには指一本触れさせぬ」


 自分を信頼してくれたことを嬉しく思い、鵺は力強く頷いた。もう、宿場町ウグイスの時ような不覚は取らない。雷の妖の名に懸けて、サラサのことは絶対に傷つけさせない。


「強い女性だろう。サラサは」

「覚悟はしかと受け止めました。サラサさんにも、是非とも同行をお願いします」


 サラサの覚悟と鵺の信頼を前に、涼風には断る理由なんて何も無かった。そうと決まれば善は急げだ。手短に出立の準備を整えた。


「参りましょう」



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