事故物件の呪いを【力学的】に粉砕したら、怨霊が概念レベルで怯えだした件
約束より遅れてごめんちゃい
2059年4月9日。木造アパート「月影荘」202号室。
時計の針が重なった瞬間、部屋の重力が狂った。
「……オ……オォォ……」
畳の隙間から溢れ出した黒い髪が、生き物のようにのたうち回る。現れたのは、悍ましい姿の女の霊。彼女の放つ「死の気配」は絶対だ。触れただけで精神を汚染し、見るだけで眼球を腐らせる。2059年になっても、この「純粋な悪意」だけは人類不変の恐怖だった。
幽霊は、獲物をじっくりと絶望させるため、ゆっくりと指を伸ばした。
だが、僕は何も持たない素手のまま、幽霊の「顔面」を正面から掴んだ。
「……え……?」
幽霊が呆然と声を漏らす。物理を無視して空中に浮いていたはずの彼女の頭部が、五指によってミシミシと音を立てて握り潰されていく。
「何が『オォォ』だ。深夜だぞ。騒音のデシベル数考えろ」
「……え、待っ、な……んで、掴める……?」
「掴めるだろ。そこに質量があるんだから」
そのまま幽霊を床に叩きつけると、髪を掴んで引きずり回し、マウントポジションを取った。彼女の顔面に、一切の加減なしの拳を叩き込む。
「……えっ、あ、痛っ!? 痛い! 待って、私、幽霊! 物理無効のはず……あがっ!?」
「無効なのはお前の『常識』だろ。成仏する前に、まず物理法則に土下座しろ!」
幽霊の目は、今や恐怖に染まっていた。彼女がこれまで数多の人間を死に追いやった「呪い」が、この男には全く通用しない。ただの肉体的な暴力によって、彼女の霊体としての組成が破壊されていく。
「……ひ、ひぃっ……! 助けて、誰か……!」
「お前が呪い殺した連中も、こうやって絶望してたんだろ? 今、俺がお前に与えてるのは、ただの『等価交換』だ。因果応報を物理で代行してやってんだよ」
2059年、デジタル化が進み「痛み」を忘れた世界で、ただ一人、痛みの本質を肉体で突き詰めてきた男の瞳には、怪異よりも深い暗黒が宿っていた。
「……あ……あの……消えます、今すぐ消えますから……」
「消える? 勝手なこと言うな。お前のその霊的エネルギー、まだ残ってるだろ」
僕は、ガタガタと震える幽霊の首根っこを掴んで台所へ引きずっていくと、無理やり古い給湯器の配管に彼女の霊体を押し込んだ。
「いいか、全力で怒れ。お前の呪いの熱量で、この中の水を今すぐ沸騰させろ」
「……え……あ、アガガ……(沸いた……沸きましたあぁ!)」
給湯器がガタガタと震え、シュンシュンと猛烈な蒸気が吹き出す。幽霊は思っただろう。これで熱湯を浴び
せられ、聖水代わりに除霊されるのだと。
だが、僕は蛇口をひねらなかった。
僕は沸騰して真っ赤になった給湯器の重厚な鉄製タンクごと、壁から力任せに引き剥がした。
「……え、えええ!?」
「お湯をかける? 効率が悪いだろ。……こうするんだよ!」
僕は沸騰し、超高温の熱を帯びた給湯器そのものを鈍器として振りかぶり、床に這いつくばる幽霊の脳門にフルスイングで叩きつけた。
ドォォォォォン!!
「ぎゃあああああああ(熱いし重いぃぃぃ!!)」
「よし、いい打撃音だ! 沸騰した鉄の塊は、質量と熱エネルギーのダブルパンチで霊体へのダメージが三倍になるんだよ。これぞ2059年式の『熱力学除霊』だ!」
「……え……あ……(もう嫌だ……)」
翌朝
幽霊を給湯器(物理)で叩きのめした昨晩。
202号室には、かつての陰惨な呪いの気配は微塵もなかった。代わりに響くのは、規則正しい金属音と、どこか必死な女性の震え声だ。
「ア、アガ……適温……42度、キープしますっ……!」
給湯器の配管から這い出した幽霊(通称:お湯子)は、今や僕がシャワーを浴びるたび、霊的エネルギーを熱変換して供給する「人柱ならぬ霊柱」となっていた。
「温度が1度でも下がったら、次はあの『沸騰タンク攻撃』だからな。わかってるな?」
僕が浴室から声をかけると、配管がガタガタと恐怖で鳴動する。
「ひぃっ、わかってます! 恨む暇があったら沸かします! でも、あの、たまには『聖水(高濃度洗浄液)』の噴射も勘弁してください、あれ地味に効くんで……」
彼女は気づいたのだ。下手に呪って抵抗するより、大人しく熱源として「労働」している方が、物理的にボコられるより遥かに生存確率(存在確率)が高いということに。
2059年。人は幽霊さえも物理で調教し、インフラとして再利用する。
僕は湯気の中で、新しい筋肉のキレを確認しながら、彼女の「献身的な熱意」を少しだけ評価してやることにした。
最後までお読みいただきありがとうございました!
幽霊も2059年になれば、給湯器の一部として社会貢献(?)する時代が来るのかもしれません。
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